ボクらは御羽火島北区に向かう
北区警察署。
その名の通り、この御羽火島北区にある警察署だ。ゾンビウィルスによるパンデミックが起きて以降は沈黙を保っていたのだが、突如警察ゾンビが急増。そしてそれを統率する『ユースティティア』が全人類撲滅を宣言。同時に北区にある施設を占拠したと言う。
「『ユースティティア』……タロットの『正義』の女神様です。英語の呼び名は『ジャスティス』」
福子ちゃんがそんな情報を追加する。
「そのこともあって裁判所にはユースティティアの女神像があります。
ローマ神話の正義の女神で、ギリシア神話のアストライアと同一視されているとか」
「音子も授業で聞いたことがあります。剣と天秤を持つ正義の女神で『剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力』とかそんな意味だそうです」
「ゾンビの群れっていう暴力で解決してるんだけどね、その女神様」
「正義なんてそんなもんデスね」
洋子達【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーは北区に向かう送迎車の中でそんな会話をしていた。既にハンター装備に着替え、装備も整えた状態だ。
洋子はバス停にブレードマフラー。橘花学園の制服に隠密スニーカー。見た目の装備自体は何も変わらないけど、下水道で拾ったものを使って若干速度を上げている。そしてカバンの中にはぬいぐるみと新装備のシャドウワンがある。
福子ちゃんはいつものドレスに片目を隠した革マスク。そして新装備の浮遊ブーツ。具体的な使い方と新戦術は伝えている。頭のいい福子ちゃんのことだから、要点は理解してくれるだろう。
ミッチーさんは新装備のEFBを背負っている。全身を包む<ドクフセーグ>といい純粋な装備の強さで言えばこのクラン内で一番なんじゃないかな? 装備に頼ったイノシシではなく、むしろ冷静な立ち回りをしてくれるのがとても助かる。
不安げに震える音子ちゃんは、新装備のデリンジャーを手にして心を落ち着かせようとしている。恐怖を押さえようと深呼吸を繰り返し、そして再び銃を握る。それでも戦うと言ってついて来てくれたのだ。
「…………それで、どうしてこの私が貴方達に同行しなくてはいけないんですか?」
不満げに声をあげたのは、金髪の女性。かつて【聖女フローレンス騎士団】のクランリーダーだったフローレンス・エインズワースだ。不満げな表情を隠そうともせず、文句を言ってくる。
かつて下水道でカオススライムによる襲撃に巻き込まれ、クラン単位で人間関係を乱された。その結果クランは崩壊したと言う所までは知っていたけど……。
「どうしてキミが、というのはボクも問いたいんだけど。
ボク等はクランスキルで<快癒>をハンター委員会に要求したら、キミが派遣されたってだけだし」
ため息を交えてそう告げる。
今回、警察ゾンビの数が多く持久戦になることは必至だったためゾンビウィルスを治癒する手段があるに越したことはない。そんな判断でクランスキルはクランメンバーのゾンビウィルス感染率を下げる<快癒>を選択したのだ。保険というよりは継戦能力を高める意味で。
ハンター委員会にそう打診したら『ちょうどいい人材がいるよ、犬本君』という返事の後に、彼女が派遣されたのだ。最初は無言だった彼女だが、不満は鬱積していたのだろう。
「かつてクラン規模3000越えしていたこの私が、クラン規模100に満たないクランの補佐に宛がわれるなんて……!」
「イヤならどこかのクランに入ったらよかったんじゃない? <聖歌>使いなんてどこでも引手数多だよ」
「何を言うのですか! 頭脳明晰容姿端麗純情可憐にして八面六臂の才を持つこのフローレンス・エインズワースが誰かの下につくなんてありえません!
ええ、今回はあまりにひもじい貴方達に同情し、その補佐をするだけです。感謝するのですね!」
…………おう、これはまた。
「昔の福子ちゃんをちょっとだけ思い出したね」
「酷いですヨーコ先輩! ……いえ、その、そう言う面がなかったわけではないのですけど今は違いますから!」
ぼそっと告げた言葉に、目に涙を浮かべて否定してくる福子ちゃん。
「まーまー。どうあれ仕事してくれるのなら万々歳デスよ」
「あわわ、聖女様、無理しないでいいですよ。音子が頑張りますから」
なだめるように会話に加わるミッチーさん。そしてかつてのクランリーダーをねぎらう音子ちゃん。
「……しかし本当に大丈夫なのですか? たった四名で、しかも銃器の類は何もない。リーダーに至っては粗末な武器。
聞けば北区は今警察ゾンビの一軍が支配する激戦区。そんな所にこの聖女の守りがあるとはいえ向かうのは無謀ではないのですか?」
しばしの沈黙の後に、そんな事を聞いてくる聖女様。
「大丈夫大丈夫。ボクにかかれば警察ゾンビの一〇や二〇ぐらい余裕余裕!
って、キミはボクのバス停さばきを見たことあるじゃん」
「『バス停さばき』なんて言葉、聞いたこともありませんわ」
「普通に受け入れてましたけど、確かにその日本語はどうかと」
「福子ちゃんまで! とにかく、心配いらないよ。こう見えてもボクらは硬い絆で結ばれた最強ハンターなんだから!」
「ハンターランクが30に満たない弱小クランのリーダーが偉そうなことを」
「ハンターランクの大小は戦力の決定的な差じゃないよ」
洋子の言葉に肩をすくめてため息をつくフローレンスさん。まあ、簡単に信じられないのは仕方ないだろう。
「その辺りはボク等の動きを見て判断してほしいね。
幸い判断する機会は、かなり多そうだからね」
バスが臨時で作られたハンター達の拠点にたどり着く。簡易テントとそこに居るハンター達。既に戦いは始まっているのか、怪我人も何名か見られる。
さあ、イベント開始だ! 洋子は意気揚々とバスから降りた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
硝煙と血の匂い。そして消毒で使うエタノールの香り。
バスを降りた洋子が感じた感覚はそれ。そして走り回る保健委員と担架で運ばれるハンター。命令を伝達するために走り回る委員会達。
どうやら北区の戦いは既に始まっているようだ。その激戦を示すかのような拠点の慌しさ。
「少し出遅れたかな?」
「いいえ。少し先走ったクランがいるだけです」
バスを降りて受付に回された【バス停・オブ・ザ・デッド】。対応したのはキツ目の秘書っぽい委員会の人だった。確か副会長の……。
「お久しぶりです、犬塚様。井口です」
「うん。会長さんも来ているのかな?」
「会長は業務などもあるので待機です。伝達事項などは私が行います」
まあトップが危険地域にホイホイ出てくるのも問題か。
「登録完了しました。クラン【バス停・オブ・ザ・デッド】の活躍に期待しています。
簡単にですが、説明を」
事務的な挨拶を告げた後に、井口さんは説明を開始する。
「基本的にはクラン単位、あるいは個人単位での行動となります。先ずは『大橋』を開放し、街へのルートを確保しなくてはいけません。
戦力比はこのようになっています」
デバイスからスマホに転送された情報を確認する洋子達。それぞれの戦場に居るゾンビとハンターの数が記されている。
戦力差は圧倒的だ。一人頭ゾンビ五〇体から七〇体倒す計算になっている。これからハンターも増えてくるだろうけど、すぐに比率が変わると言う事はないだろう。
「『大橋』を制圧できれば『デパート』『港』『市役所』、そして『警察署』に向かうことが出来ます。
逆に夜までに『大橋』を押さえられなかった場合、ゾンビが一定数こちらの基地に雪崩れ込んでくることが予想されます。昼に『大橋』を攻めた方は、連戦による疲労を避けるために防衛戦へ出ることは認められません」
要するに、『攻める』ターンと『守る』ターン――『昼』ターンと『夜』ターンがあると言う事か。
『昼』に攻めた人間は、『夜』はおやすみ。逆に『夜』に守りたければ、『昼』は休んでおけと言う事である。
……ゾンビは夜に動き出す、とか言う『設定』は豪快に無視である。イベントボスの特殊能力とかそんな理由だ。よくあることよくあること!
「ふ、夜はこの『吸血妃』の時間。昼夜共に動いてもいいのですが……。
あえて足並みをそろえましょう」
中二病に『入った』福子ちゃんがそう告げる。やる気満々だね。
「拠点もある程度の防衛力を有しています。
『大橋』のゾンビを減らす意味でも、夜にゾンビに攻めさせて様子を見る作戦が【ナンバーズ】の方針のようです」
「あ、連中来てるんだ」
「はい。全員ではありませんが、クランから四〇名ほどが参戦しています。
二割を偵察と牽制に『大橋』に向かわし、残りは防衛のようです」
守勢に回って数を減らしてから突撃。相手が攻めてくることが分かっているのなら、有効な作戦だ。
「で、どうするネ。リーダー判断に任せるヨ」
ミッチーさんの言葉に視線が集まるのを感じる。皆が洋子の判断を待っているのだ。
洋子は迷うことなく、判断を下した。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
気にいっていただけたのなら、評価をいただければ幸いです。
評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、面白かったという方はポチっていただけると作者のモチベがものすごく上がります。よろしくお願いします!




