【バス停・オブ・ザ・デッド】(ボクたち)VSカオススライム
「福子ちゃんから、離れろ!」
福子ちゃんを包み込もうとするカオススライムを払うように、洋子はバス停を振るった。
泥をスコップで掘って捨てるような感覚。その後で福子ちゃんに手を伸ばし、手を掴んで引っ張り上げる。
「全く、助けに来るのでしたらもう少し早く来ていただけません。服がドロドロです。
もしかして、助けるのにベストのタイミングを待っていた……なんてことはありませんわよね? あまりにも劇的すぎます」
「福子ちゃんこそ、相手がボクの姿だからって油断しすぎたんじゃない?」
「あら。あんな不細工なお方と自分を一緒にするなんて。もしかしてこちらの先輩もニセモノかしら?」
「ボクのカッコよさを見抜けないなんて、福子ちゃんこそニセモノかもね」
そんな会話の後に、洋子と福子ちゃんは同時に笑みを浮かべた。
うん。本物の福子ちゃんだ。福子ちゃんも洋子を本物と判断してくれたのか、手を握ってくる。
「繰り返しますけど、助けに来るのが遅すぎです」
「ま、そこはここから挽回させてもらうよ。何せボクはキミのりばーれだからね!」
「好敵手、ですわ」
「イチャイチャするのは後にするネ。アレ、まだ生きてるヨ」
「イチャイチャなんてしていません! そ、その、互いの実力を認め合っているだけで――」
「でもまあ、今の攻撃で生きてるってことは今までみたいなニセモノじゃなく――」
ミッチーさんが指差すのは、カオススライムだ。前のカオススライムはあの一撃で崩れ去ったが、どうやらこいつは違うらしい。ということは――
「キミがカオススライムの本体か」
「そうだ。俺は『彷徨える死体』のカオススライム。その名は貴様ら人間如きが軽々しく口にできるものじゃねぇ。恐怖と共に告げられるものだ!
俺を恐れろ! 俺の生み出した世界で疑心暗鬼に苦しめ! 俺の手のひらで踊り続けて死ね!」
「手、ないじゃん。キミ」
言うと同時に洋子はカオススライムに向かって跳躍する。落下の勢いを生かしたバス停の振り下ろし。大振りの攻撃を軟体の身体を生かして避けるカオススライム。そのまま泥は人間の上半身を象った。表情のないのっぺりとした泥の上半身と、泥状の下半身。
これが僕が知るカオススライム本体の姿だ。
「死ね死ね死ね!」
カオススライムはそのまま両手を槍のように鋭くし、腕を伸ばして突き刺してくる。言葉通り、腕が10mぐらい伸びたのだ。固い槍と、しなる鞭のような腕の動き。それを洋子はバス停で受け止め、時には切り払う。そして動くたびにはためくブレードマフラーがスライムを裂いていく。
「あいつはボクが相手する! その間に皆は――!」
通信を使って指示を出す洋子。その指示に合わせて【バス停・オブ・ザ・デッド】は動き出す!
洋子がカオススライムに迫り、福子ちゃんが少し離れてその背後に立つ。眷属十匹のうち、三匹を攻撃に回す防御寄りの動き。
「福子ちゃん!」
「ええ。彼方より来る夜の帳。永遠の闇から這いずるモノよ。滅びの契約を果たし給え――疾風をここに!」
背後に控えていた福子ちゃんがコウモリを放つ。三匹のコウモリが僅かにカーブを描いてカオススライムに襲い掛かる。同時に洋子はバス停を振るい、胴を薙ぐ。
カオススライムの腕をいなしながら、じわじわとカオススライムにダメージを積み重ねていく。
「ははん、『彷徨える死体』って言っても大したことないね。そんな単調な攻撃でこのボクに当てるつもりなのかな。
ま、このボクが強くて凄くて可愛いから仕方ないんだけどね!」
「いい気になるのも今のうちだぜ。すぐにそのツラを苦痛で歪めてやるからな」
「因みにあっちの通路に潜んでいたキミの分身は、ミッチーさんの毒ガスと福子ちゃんのコウモリで処分したから」
「っ!? なぜ、分かった……!」
動揺するカオススライム。
洋子が指差す先には、親指立てたミッチーさんがいる。彼女の毒ガス噴射で崩れ落ちるスライム。
更には福子ちゃんのコウモリが角から顔を出したカオススライムの分身を襲っているのも横目で確認できた。
洋子が戦っている隙を狙って、背後から襲撃するつもりだったのだろう。その先手を打って、二人には動いてもらっていたのだ。
「キミが分身を複数持っているのは解っているからね。しかもこんな避けやすい攻撃だ。何か裏があるって思うのは当然じゃないか」
「避けやすい、だと!?」
「あれ、もしかして本気の攻撃だった? あはは、ごめーん」
わざとらしく謝る洋子。まあ避けられるのは前世のゲーム知識のおかげなんだけどね。
「あの攻撃を近距離で軽々避けるのは、ヨーコ先輩だけです。私はこの距離で眷属を防御に使って、何とかしのげるぐらいですよ」
「慣れればいけるって。ま、二度目はないかな。ここで倒させてもらうんで!」
「ふざけっ、この俺を誰だと思ってる!」
「ボク一人倒せないマネマネもどきだろ? 次は何をするのかな? ボクに化けて攻撃してくる? ボクより上手くバス停使えれば勝てるかもね!」
「………ッ!」
そう。カオススライムの攻撃パターンはその程度なのだ。
腕を伸ばした近距離&遠距離攻撃。分身を使っての攻撃。そしてコピー能力。
誰かに化けることに全能力を振っており、化けた人間の能力や装備も真似ることが出来る。なので周囲に居るハンターが強い装備を持っていればこの状況でも一発逆転は可能なのだろう。
だけど、
「ふざけんな! バス停にDクラス眷属に毒ガスだと! そんな装備でこの俺様に挑むなんざ舐めてんのか!」
「そのバス停と眷属と毒ガスに追い込まれているキミは何様なのかな?
キミはハンター技術はコピーできても、実力まではコピーできないからね」
「く、そ……ネタ武器に追い込まれるだと! ナナホシじゃあるまいし……!」
洋子の装備をコピーしても意味がない。近接武器をコピーしてもそれを上手く使うだけの実力がカオススライムにはない。
いや、下水道にいる誰に変身しても同じことだ。洋子らに勝てる相手はいない。
「まだナナホシの方が上手く戦ったよ。もう打つ手なしの状況でも奇策を撃ってきたからね。キミはそれもできないみたいだ」
「俺があいつよりも弱いだと……! この、殺すッ! ギタギタにしてやる!」
「それが出来ないから、怒ってるんだろ? ほら、ボクはここだよ!」
とことんカオススライムを煽る洋子。
相手はAIで動くゾンビじゃない。ナナホシと同じ『彷徨える死体』なら、動かしているのは僕と同じ人間だ。
となれば、感情がある。煽れば怒って、こちらを向いてくれる。
その核心に至ったのは、ミッチーさんの話だ。だます思考を持っている人間であることはミッチーさんの話で理解できた。
そして煽る為の情報は福子ちゃんから教えてもらった。相手は自分のスキルに絶対の自信を持つ人間。それが役に立たないと煽って洋子に攻撃を集中させる。
何よりもこの状況までもってこれたのは、音子ちゃんの<オラクル>あってだ。音子ちゃんがいなかったら、カオススライムがいるかいないかの判断すらつかずに悩んでいただろう。
洋子一人ならここまでたどり着けなかった。たどり着けたとしても、分身の不意打ちを喰らっていただろう。
「後悔するんだね、この【バス停・オブ・ザ・デッド】を相手したことを!」
だからこの勝利はクランの勝利だ。【バス停・オブ・ザ・デッド】全員の勝利だ!
「そんなふざけた名前のクランに負けられるかぁ!」
「はぁ? 口だけじゃなく行動で示してみなよ。なんとかスライムさん」
「くそ……! なんで当たらない! なんで避ける! 分身も何故予測される!?」
少しずつ相手を追い込んでいく【バス停・オブ・ザ・デッド】。重火器による高火力の圧倒感はないが、一体ずつ分身を倒して本体にじわじわとダメージを積み重ねていく。
カオススライムにやられて困ることは、洋子を無視して福子ちゃんとミッチーさんを狙う事だ。そうすれば勝てはしなくても、二人を道連れに出来る。
だけどこいつはそれはできない。洋子の挑発もあるが、自分のプライドに凝り固まっているカオススライムは洋子を無視できない。ネタ武器に負けるなんて認められない。
だから、こいつは洋子を倒そうとする。だけどこの状況でそれは難しい。
ならどうするか――
「……ちっ! 一旦仕切り直しだ!」
「あ、逃げる気か!」
――今コイツに打てる最善手は、逃げることだ。いったん場を離れ、状況をリセットする。そして有利な状況で襲いかかる。分断し、各個撃破されればどうしうもない。
一度逃げられれば、追うことは難しい。音子ちゃんの<オラクル>の回数がなくなれば、追跡手段はなくなる。だからこっちは挑発して、足止めしたのだ。
「こうすればお前達は困るんだろう? ならそうさせてもらうぜ!」
泥状になったカオススライムはその体を生かして瓦礫の隙間にもぐりこみ、隣の通路に逃げ込んだ。隙間は人間ではとても通ることはできず、追うことは不可能だ。追いかけるには、回り道するしかない。
回り道をしている間に、カオススライムは逃げてしまうだろう。
「人間には追ってこれまい。いったん距離を離して傷を癒してから――」
だけどそこに足止めする人がいれば、その限りではない。
「すごいです。洋子おねーさん。本当にやってきました」
壁の向こうから聞こえてきたのは、そんな感嘆の言葉。そして数発の銃声。
壁の隙間から現れたカオススライム。そこに待ち構えていた音子ちゃんが拳銃を撃ったのだ。
「バ、カな……! なぜ、ここに居る……?
オレがこの裏に逃げると分かっていたのか!? いや、そうと分かっていても、俺の分身十八体全員が、その動きに気付かなかった……だと!」
うん。気付かなかったのだ。
音子ちゃんのステレス能力が、最後の一手だった。
音子ちゃんには戦いを開始した時から身を隠し、こっそりと壁の向こう側に回ってもらっていたのだ。追い込まれたカオススライムが瓦礫の隙間から逃げることを想定して。
単独移動中にカオススライムの分身に見つかれば、攻撃されて吸収されてしまっていたかもしれない。そうなればカオススライムと戦っている洋子達は助けにいくことはできない。ある意味、一番危険なポジションだ。
「音子、頑張ります」
それを理解しながら、音子ちゃんは頷いてくれた。
「コソコソして卑怯とか、戦闘の役に立たないとか言われた音子が、おねーさん達の役に立つんですよね?」
音子ちゃんが受けた差別を洋子は知らない。その傷を知らない。どれだけ追い込まれ、馬鹿にされたかを知らない。ネガティブな考えが染みつくぐらいに自信を失い、諦めることが当然の生き方をしてきて。
それでも彼女は、洋子についてきてくれたのだ。
「だったら、やります」
そして、頷いてくれたのだ。最も危険な、孤独なミッションを。
三人はGOサインを出して、送り出した。ついでにやる気も出た。こんな子が勇気を出してるんだ。負けてられるかってーの!
壁の向こう側に回り込んだ洋子達が、音子ちゃんに足止めされたカオススライムを囲む。もはや逃げる術はない。
「言ったろ? この【バス停・オブ・ザ・デッド】を相手したことを後悔するんだね、って!」
洋子はカオススライムに向けて、バス停を振り下ろした――!
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