ボクは『彷徨える死者(ワンダリング)』に遭遇する
彷徨える死者――
この御羽火島のゾンビの中でも、決まった拠点を持たずに彷徨う者達の名称だ。
島の様々な場所に兆候なく現れるそのゾンビ達は、『鬼』やチェンソーザメなどとは違った強さを持つ。圧倒的な体力と破壊力。そして何よりも他のゾンビには見られない固有能力。
それは『AoD』で言う所の運営キャラだ。意味もなく現れ、ハンター達を襲っては帰っていく。まさしく運営の遊びにも似た破壊。天災と言ってもいいぐらいの出鱈目さだ。
『人斬剣聖』ツカハラ――
『混沌肉汁』カオススライム――
『亡霊戦車』パンツァーゴースト――
『帝王生物』ボーンザウルス――
『鮮血花弁』サンゼンベニザクラ――
『死ノ偶像』AYAME――
そして『流星天道』ナナホシ――
これら七体の 彷徨える死者と呼ばれる存在。それはハンター達にとって、生きた――ゾンビなんで死んでるんだけど――災害だった。
「冗談だろ……!? くそ、逃げるぞ!」
状況を判断した【ヴァンキッシュ】の一人が、撤退命令をクランメンバーに下す。他のメンバーも事態を理解しているのか、村の入り口に向かって走り出していた。
だが、その足はすぐに止まることとなる。
「ヤバイぞ、ナナホシの本体が入り口に陣取ってる!?」
戌岩村入り口には大きさにすれば三メートルもある巨大なテントウムシがいた。返り血を思わせる赤い羽根。夜のような黒い体と、闇から生えたような節足。なにかを探るような触覚の動き。そして、
<ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ……!>
言語にするならそんな音。人間の口ではけして発音することが叶わない鳴き声。そんな叫びとともに羽を開き、
「打ち出された!」
「総員、ナナホシの『子供』がくるぞ!」
拳大のテントウムシが射出される。その数は百を下らないだろう。『子供』は天から降り注ぎ、落下の衝撃で多くのハンターを傷つけていく。そして驚異はそれだけに収まらない。
「ゾンビを食ってる……!」
「脳を食って……ゾンビを乗っ取った!?」
ある場所では戌岩村の犬ゾンビを喰らい、
「くそ、こっちに来るな!」
「馬鹿!? 迂闊に攻撃すると――!」
「よっしゃ! ……なんだ、この匂い……うぐぅ……」
ある場所では死亡時に猛毒をまき散らし、周囲のハンターを道連れにしたり、
「ゾンビを乗っ取って、攻撃してくるデスカ!?」
福子ちゃんの手を引いて走りながら、ミッチーさんに説明する洋子。とにかく今は情報共有が大事だ。
「うん。ナナホシの打ち出した……便宜上『子供』って呼ばれるのは、近くに居るゾンビの脳を喰ってそのゾンビを乗っ取るんだ。
攻撃パターンも何もかもが『子供』に変わるんで、用意していた戦術が全部無駄になるんだよ!」
弾丸として打ち出された『子供』は空から降り注ぎ、こちらの気勢を削ぐ。そしてフィールドに居るゾンビの脳を喰らって、行動するのだ。
「でも、物理で撃ち殺せばOKじゃないデスカ? バス停の君なら、バス停でクリティカルすレバ勝ち確ジャネ?」
「問題はその行動パターンなんだよ! 乗っ取った体内に様々な毒素を注入して、特攻して爆裂四散。こちらが攻撃すれば破裂。そうやって体内の毒素をまき散らすんだ。
簡単に言うと、自爆特攻してくるんだよ!」
ナナホシの『子供』は攻撃されることを前提としているのだ。そして攻撃を受けると爆発して、周囲に毒素を振りまく。
毒素と言ったが『AoD』で言えばバッドステータスだ。毒、睡眠、麻痺、沈黙、混乱、恐怖、暗闇。触れれば七つのうちどれか一つを発現する体液を、周囲にぶちまけるのである。範囲内に居れば回避不可ときたもんだ。
こいつがいると分かっているのなら、バッドステータス対策をふんだんに持ち込むのだが、いかんせんコイツの出没はランダムなのだ。いやらしいな、運営!
「攻撃したら毒素の体液をばらまく。攻撃しなかったら自爆されるか、普通にゾンビに殺されるってこと! 毒素も20mは飛ぶから、普通の銃と射程は変わらないんだよ!」
「オウマイガス! 打つ手なしデスネ、ソレ!」
「なるたけ子供を倒さないようにして『本体』のナナホシを叩くしかないんだけど……!」
打開策は二つ。『子供』を生み続けているナナホシ本体を倒すことである。が、当然それも楽ではないのだ。ナナホシも七種の毒素を有しており自爆ゾンビの取り巻きがいる。対策がなければバステ地獄になるのは確定だ。ついでに強さも並のボスゾンビとは段違い。
で、打開策その二はと言うと、
「詰みデスネー! 日本のことわざで言う所のオワターってやつヨ」
「もう一つの打開策は、逃げ切る事かな。ある程度暴れたら帰っていくし」
「ワオ、希望が見えたね! で、どの程度逃げればイイノネ?」
『AoD』でも 彷徨える死者は一定時間が経つとフィールドから去って行く。ただその時間はと言うと……。
「……夜が明けるまで」
「その頃にはワタシ達どころかこの村に居るハンター、全員ゾンビになってるヨ!」
「そのゾンビも『子供』に乗っ取られてるだろうけどね!」
言いながら、近くにあった廃屋に飛び込む。人が住まなくなってかなりの時間が経っているのか、ホコリ臭い。だけど今はそこに文句を言う余裕はない。
「落下後の『子供』はエコー……音の反射でヒトの居場所を探るから、壁に囲まれた場所の中だと、見つけられないんだ」
「なら、ここで朝まで寝るのはアリアリのアリ?」
「残念だけど、防音施設でもない家屋だと気休め程度にしかならないよ」
精々が仕切り直す時間が出来るか否か、だ。
だが、その時間はこの状況では貴重だ。何せ、こうしてまともに会話できるのは洋子とミッチーさんしかいない。
「うああああああ……!」
福子ちゃんはたくさんのテントウムシそのものに対する生理嫌悪で震えていた。自分を抱くようにして何とか正気を保っている。
「わわわわんだりんぐ!? どどどどどどどうするんだ!? これは夢だ! 夢でなければおかしいじゃないか。あははははは」
そして十条は未曽有の危機に混乱していた。現実逃避し、笑うことで現状から目を逸らしていた。
「ウーン、虫嫌いなコウモリの君はともかく、十条チャンはダメダメネー」
「まー、でもこれが一般的な反応かな」
『AoD』だと彷徨える死者はその存在が感知されたらそのフィールドに居るキャラクター全員は、精神的動揺を受けて激情チェックを行う。失敗すると、性格によるデメリット行動をとることになるのだ。<お調子者>の洋子だと、すくんで動けなくなるというやつだ。
そしてうまく連携が取れない状態で戦えば、仲間や同クランメンバーの死を見て動揺し、さらに激情判定となる。これが死の連鎖反応。このループにはまったら、もう立て直すことも難しい
なのでそうなる前に、仕切り直す必要があった。あそこで『本体』に挑むのは無理だ。恐怖で足並みそろわず、瓦解する未来が見える。
(こういう時、ミッチーさんが<おおらか>で助かった)
精神的に動揺する率が低い<おおらか>なミッチーさんは、この状況でもあっけらかんとしていた。とはいえ、事態を理解していないわけではない。危機は感じているが、いつもと変わらないと言う感じだ。
「オッケー。それでバス停の君は落ち着いたら勝ち目あると思うデス?
聞けば聞くほどデッドエンドなんデスけど。日本のことわざで言う所のクソゲーじゃね、これ?」
事実クソゲーだけどね『AoD』。それはまあ口に出さずに、洋子はミッチーさんを指差した。
「ミッチーさんが頑張れば勝てるよ」
「ホワッツ!? ワタシですカ?」
洋子の言葉に、ミッチーさんは自分を指差してナナホシが出てきた時以上の驚きの表情を浮かべていた。
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