ボクのカラダ
「うん。僕の思うままに動く」
瞳を閉じる。口を開く。唇を舐める。肩を動かし、腕を振るう。
ベットから落ちて、軽くジャンプする。右に一回転。次は左に一回転。
「すっごーい。体が軽い!」
僕は思わず感動する。前の僕がどういう人間だったかはまるで思い出せないが、洋子の身体よりも運動不足でなまっていたのは確かなようだ。洋子の動きがすごく心地良い。
「こんなことを思うってことは僕はかなり年取っていたのかな? 少なくとも、JKの身体を若いって思うぐらいには」
ぴょんぴょんぴょーんとジャンプを繰り返しながら、そんなことを思う僕。アクションゲームのキャラだからそうなのかもしれないが、洋子の動きは軽い。ゾンビ相手に近接攻撃をするのに十分なモノだろう。
それでいて、バス停を振るうだけのパワーもあるのだ。こんな細い腕でそれが可能というのは現実的じゃないけど、そこはまあゲームキャラだし。
……さっきは不意を突かれて負けそうになったけど、逆に言えば不意さえつかれなければ問題はない。洋子は知らないけど、僕はこの『AoD』の知識と技術はふんだんに持っている。学園近くのゾンビに後れを取る事なんて、まずない。
「2ndとかが使っていたアイテムを引き継げたりは……しないみたい」
ゲームだと同じアカウント同士でアイテムの融通がきいたりする。僕のアカウントに居た3名のキャラ。そのキャラが持っている装備や資産は何処にも見られなかった。ゲームだと部屋にあるクローゼットの中に入っているんだけど、そこには何も入っていなかった。
「2ndが稼いだ収集品とか加工品があれば楽にハンターランクとか装備レベルがあげられたんだけど……この辺りはゲームとは違うのか」
この『AoD』にレベルという概念はない。
ゾンビを倒してその『血』や『身体部位』を回収し、生徒会に提出することで『ハンターランク』と呼ばれるランクが上がる。このランクが上がれば強い装備品がもらえたり、今まで行けなかった地域に行くことが出来るのだ。
「洋子のランクは1だから……行けるのは学園周辺と橘花駅ぐらいか。さっき倒したゾンビの収集品は回収し損ねたしなぁ」
パニックを起こして回収する前に逃げてしまったのだから仕方ない。
「まあハンターランクはいっか。別にゲームクリアとか目指してるわけじゃないし!」
先も言ったけど、この『AoD』は既に運営が終了したゲームだ。その時の最大ランク50まであげても、島の半分ぐらいしか行くことが出来なかった。そこから先は生徒会曰く『新種のゾンビウィルスのようですぅ。解析がすむまで行くのは待ってくださぁい!』との事。それより先は誰も知らない領域だ。
何が言いたいかというと、ハンターランクを急いであげる必要はない。僕は何があるか知っているし、洋子ものんびりまったりなネタ構成スタイルだ。どちらかと言えば――
「加工品がないはちょっと痛いかな」
繰り返すけど、このゲームにレベルの概念はない。そしてキャラクターの生死(厳密にはゾンビになるか否か)は、ゾンビ感染率と言う数値に依存し、この最大値は固定だ。他のゲームでいえば、HPは成長せず全キャラ固定なのだ。
じゃあキャラをどうやって強くするかというと、プレイヤースキルをあげるか加工品を使って装備品のレベルをあげるかしかない。
装備には『対ゾンビウィルス(傷口感染)』『対ゾンビウィルス(空気感染)』といった感染率を下げるもの。『攻撃力(殴)』『攻撃力(斬)』といった攻撃力を示すパラメータがある。
それらは装備品によって固定だが、『加工品』を使うことでその数値をあげることが出来るのである。そしてその加工品はレアで、ゾンビを百体倒して出るかどうかというドロップ率が激烈に低いのである。
ざっくり言えば、この『AoD』は装備品を強化するのがレベルアップに相当する。プレイヤースキルを上げずに強くなるには、装備を強化する加工品がいるのだ。
「ま、いっか」
僕はあっさり割り切った。ないものはない。となると、今ある装備でどうにかするしかない。
「バス停に、ブレードマフラー。制服に隠密スニーカー」
洋子が持っているのは、これだけだ。
先ずはバス停。洋子の身長を超えるほどの武器で、駅名表示板で攻撃することで斬撃と打撃ダメージを与えることが出来る。また時刻表の部分で相手の攻撃を防ぐこともできる。見た目はネタ武器だが、攻防共にこなせる高性能な武器だ。
ちなみに駅名表示は『御羽火港前』。この島の入り口である港前のバス停だとか。
ゲーム的には、重量系武器だ。素の攻撃力はそれなりに高く、その分攻撃速度とクリティカル率は低い。
相手に近接する分、ゾンビから攻撃を受けたりウィルス感染が早まったりということで『AoDクズ武器ランキング』の上位に常に乗っていた。
でも見た目がイイ! シュールでカワイイ洋子に似合ってる!
そしてブレードマフラー。赤いマフラーに針金と小さなナイフを仕込み、動くたびに遠心力でふるわれて仕込まれた部位で切り刻む。口元を覆うことでウィルスの空気感染を塞いだりもしてくれる。
現実の物理法則とかガン無視のロマン武器で『AoD現実ではありえない武器ランキング』『AoDクズ武器ランキング』の上位を占め、こちらも誰も使わない武器筆頭だ。
でもマフラーで切り刻むとかロマン! たなびくマフラーはカッコイイ!
橘花学戦制服。言葉通り、この橘花学園の制服だ。白を基調とした黄色いスカーフのセーラー服。橘の花をイメージして作られたもので、軽くて攻撃速度を阻害しない代わりにゾンビからの攻撃はほぼ素通しだ。
動いたりジャンプしたりするたびにおへそが見えたり、スカートがふわっとしたり。そんな装備。スゴカワイイ!
そして隠密スニーカー。ゾンビがこちらを認識する『音』と『匂い』のうち、移動中の『音』を軽減してくれる足装備だ。白いスニーカーに青のライン。能力増加とかはないけど、軽くて静かな一品だ。
近接補助が多い足装備品だけど、近接攻撃は死に構成と言われているこのゲーム。それに伴って足装備は趣味かおまけと言われている。このスニーカーもその類だ。カッコカワイイ!
僕の趣味全部ブッコんだ3rdキャラだ。いろいろキモくてごめん。
「でもゲームのキャラって自分の欲望とか願望とか乗っけるよね? ね!? 心の投影とか隠された自分自身とか、そういうのが出ちゃうよね!? っていうか自分のキャラが好きじゃないゲーマーはいないはず! 皆自キャラ最高! って思ってるはずだよね!」
…………落ち着け、僕。ひとしきり叫んだ後に、深呼吸する。
ともあれゲーム的なスペックは確認できた。数回プレイした程度の世紀末ゲームの3rdキャラ。そんな存在に僕はなってしまったのだ。
バス停とブレードマフラーのボクっ娘キャラ。ゾンビをぶっ叩いて切り刻む女子校生ゾンビハンターに。
(女子校生……女子……)
僕は視線を自分の身体に降ろした。橘花学園のセーラー服。そこに包まれた自分の体。適度に膨らんだ胸と、スカートから伸びる足。すべすべの手と指。柔らかいほほ。
僕は……前の僕は男で、洋子の身体は女だ。
オンナノコの身体。それに興味を持たないオトコノコがいるだろうかいやいない。
ゆっくりと僕は洋子の身体に手を伸ばす。制服を脱いでスカートのホックを外す。そのままベッドに座り込み、下着を脱いだ。下着に抑えられていた胸が解放されたかのように、揺れる。
(うわ。全部脱げるんだ。ゲームだと脱げなかったのに)
たゆん、と膨らんだ胸。そこに先端ある小さな突起。きゃしゃな体。そして太ももの付け根にある乙女の領域。一糸まとわぬ洋子のカラダ。
つばを飲み込み、僕はゆっくりと洋子に触れていく――