ボクのステータス
ゾンビと戦った者は、一旦保健室の隣に設置された検疫室に行くことになる。
そこで体内のゾンビウィルスが完全に抜けるまで隔離され、その後に保健室で検査を行う。いろいろ時間はかかるけど、ゾンビウィルスを学園内に感染させない為には大事な措置なのだ。
そっか。Now Lordingと、ステータス回復はそう描写されるのか。
「犬塚さん。もういいわよ」
「はーい」
保険担当の伊谷さんの声。呼ばれるままに僕は扉を開ける。
そこには『AoD』公式NPCの伊谷がいた。
「それじゃ、血液検査と心拍数を測るわね」
白衣に眼鏡。そんな姿だけど彼女もこの橘花学園の生徒だ。
伊谷。通称伊谷氏。各学園の保健室NPCだ。六つ子設定で全員フジコなんだけど漢字が違う。橘花学園は確か富士子だったかな?
ゾンビが島中にあふれ出したと思ったら、突然先生たちを始めとした大人の人達は姿を消していた。最初は混乱したけど、伊谷さんみたいなNPC生徒達がその代わりを務めてくれたおかげで、何とか今が保てている。……という設定だ。
伊谷さんは慣れた手つきで採血し、見たことのない医療器具を腕に巻く。その間に応急処置でふさがった傷を見て、包帯を巻きなおす。なんだかほんわかする匂い。ゲームでは絶対に感じられない甘い感覚。
うん。妙に現実的。
この世界は間違いなく『AoD』の世界だ。僕の記憶はあいまいだけど、それは間違いない。
だけどこれがゲームだとは思えない。さっきの匂いもそうだけど、視点も採血された時の痛みも、床を踏みしめる感覚も。間違いなく現実だ。
……となると、やっぱりアレなのだろうか。ラノベとかである転生とかそういうの。とても信じがたいけど、信じざるを得ない理由があった。
この世界がゲームだと理解した瞬間に、いつでも見れるようになったものがある。『AoD』のインターフェイス。要するにステータスだ。
『Status
◆
名前:犬塚・洋子
ハンターランク:1 (次のランク上昇まで、56ポイント)
所属学園:橘花学園 選択スキル:<ラッキーアイテム>
性格:<お調子者>
特殊能力:<両手武器習熟>
◆
ゾンビウィルス感染率:0%
激情値:75%
◆
装備 <現在重量/総重量 355/1000>
頭装備:ブレードマフラー(重量 20)
右手装備:バス停(重量 300)
左手装備:
胴体装備:橘花学園制服(重量 15)
足装備:隠密スニーカー(重量 20)
回収バック:なし(重量 0) 』
ざっくり説明すると、この『AoD』のキャラは三つの固有スキルがある。所属学園、性格、特殊能力だ。
所属学園は自分が所属する学校特有のスキル。橘花学園の場合は、『普通』の学生が持ってそうな者ばかりだ。一応それなりに効果はある。
性格は、メリットデメリットあるスキルだ。激情値が高ければ効果が高まるが、デメリットも比例して高くなる。
特殊能力は全学園のキャラが取れるスキル。いわゆる汎用スキルだ。
これら三つを組み合わせて自由なキャラを作る……んだけど、前にも言った通り生き残るためにはほぼ銃構成の一択である。
洋子の構成はそれとは大きく外れたネタ構成。<ラッキーアイテム>はクリティカル率上昇。<お調子者>は受けたダメージが浅い時は攻撃速度とクリティカル率が上がり、大きなダメージを受けると尻込みする。<両手武器習熟>は両手の近接武器の攻撃力をあげるスキルだ。
総じて、バス停を振るってクリティカルでガンガン進むスタイルだ。
なおログアウトとかキャラ変更とかそういった要素は何処にも見つからない。それらがある項目は空欄になっている。
バリバリ重火気仕様の2ndキャラになれるかと思ったが、そうもいかないようだ。
「犬塚さん、大丈夫?」
「ほえぇ!? ダイジョブだよ! 元気元気!」
心配するような伊谷さんの言葉に僕は言ってガッツポーズをとる。
洋子ならこうRPするっていう動作が、自然と出てきた。自分でもびっくりだ。
「ならいいけど……やっぱりマフラーだけでゾンビのいる地域に行くのは危険じゃない? きちんとしたマスクをつけないと」
伊谷さんが心配しているのは、ゾンビウィルス感染の話だ。
ゾンビがいる地域は、ゾンビが呼吸することでゾンビウィルスが散布されている。何もしなくても、呼吸をするだけでゾンビウィルスの感染率が上がっていくのだ。ゲーム的には時間経過ごとに感染率の数値が上がり、ダッシュすると上昇速度が増す。ゾンビに攻撃されれば、かなり増加される。
僕のマフラーはその感染速度を幾分か減少してくれる。だけどあくまで『幾分か』程度だ。ガスマスクなどをすれば『ほとんど』増える事はない。
いうなれば、洋子の装備はゾンビウィルスに感染しやすいのだ。ゾンビに直接攻撃を受ける可能性のある近接装備ならなおのこと。彼女はそれを心配してくれている。
だけど、
「ヤだよ。マフラーはボクのトレードマークなんだ!」
言ってポーズを決める洋子。これも思うより先に体が動いてしまった。うーん、キャラに引っ張られるっていうのだろうか。
でも嫌な気分じゃない。むしろ気持ちいい。身体が勝手に動くような不便さはあるけど、それを超えるぐらいに開放感があった。前世の僕も、ゲームをしていた時はそんな感じで洋子を演じて喋っていたのかもしれない。
「分かったわ。でも無理はしないでね」
「はーい」
軽く手をあげて、保健室を去る。そのまま学園内を進み、学生寮にある自分の部屋に向かう。ゲームでいう『マイルーム』。いわゆる拠点的な場所だ。そこなら落ち着いて物が考えられるだろう。
バス停を重石に挿し、固定する。そしてブレードマフラーをクローゼットにかけてベットに横になった。その瞬間に睡魔が襲い掛かってくる。このまま寝ちゃうと楽なんだろうなぁ、と思いながらまだ寝ちゃダメだと頭を振って半身を起こす。
とにかくここは『AoD』の世界で、僕はそこに転生してきたのは間違いない。
その前提を認めたうえで、いろいろ疑問はわいてくる。
「あ、ああ、あー。ボ、ボ、ボ、ボクの名前は犬塚洋子。うん、それは間違いない」
何度も記憶を再確認するように、自分の名前を呟く。
前世の僕の名前やどんな人間だったかは、全然浮かび上がってこない。『AoD』をやっていたことは確かだけど、それだって昔の話。サービス終了してからは別の事をやっているはずだ。
なぜ『AoD』なのか? なぜ3rdキャラの洋子なのか? そもそもなぜゲーム世界に転生したのか? ラノベだったらここで女神様とかゲーム開発者とかが説明してくれる場面なんだろうけど……そんな様子もない。
疑問に答えてくれる存在はない。自分で解決しようにも、その取っ掛かりも分からない。
…………。
「ま、いっか」
洋子はあっさりと思考を放棄した。考えても分からない者は分からない。そう割り切った。僕もそんなものかと受け入れた。
となると、次は現状把握だ。
犬塚洋子がどういう状況なのか。それを把握しなくては。
「数値的な面はステシ通り……なんだけど、実際の所どーなんだろう?」
ゲーム内のステータス。それはゲームの感覚で理解できる。
だけど現実……未だに現実と受け入れ切れていない僕だけど、洋子はどういう肉体なのかを感覚として理解しなくてはいけない。なにで僕と洋子の事なのだから。
精神的には僕と洋子の精神は融合しているみたいだ。むしろ記憶や生活習慣は洋子の方が強い。この世界でどう生きていけばいいか、どういう生活をしていたか。それは洋子が覚えている。
僕は洋子で、洋子は僕だ。
それこそゲーム的に例えるなら、操作するコントローラーを持っているのは僕になる。だけど、キャラクターとしての洋子は僕自身でもある。肉体面や記憶面は洋子だけど、精神は僕。
……砕いていうと、洋子というキャラクターをロールプレイしている僕がいるわけだ。この『AoD』の世界で10数年間生きてきた洋子と言うキャラを僕が『演じる』している。
とにかく、いろいろ試してみよう。