ボクはアーデルちゃんの名前を聞く
『鬼』とカミラゾンビが倒れ、危機は去る。何名かの生徒ゾンビが残っていたがその掃討にはそれほど時間はかからなかった。
あとはゾンビを解体し、戦利品を獲るまでがハンターの務めなのだが……。
「つーかーれーたぁ……。ボク、一歩も動けない」
気を張った反動で、洋子の体は動けそうにない。カミラゾンビに切られたりしたことともあって、疲労はMAXだった。
「アーデルちゃん、ドロップ品全部あげる」
「……そういうわけにはいきませんわ。報酬は公平でなくてはいけませんもの」
あ、ドイツ語に戻ってる。そして喋り方も貴族っぽいヤツに戻っていた。
通常、ゾンビを倒して得られるモノは、ゾンビを倒すのに貢献したハンターに所有権がある。この場合『鬼』の戦利品は洋子に。カミラのアイテムはアーデルちゃんにだ。
パーティを組んでいたらその所有権がパーティメンバー全員にあるのだけど……。
「ほら。私と組もうなどとするからこうなるのよ。貴方に見合った方と群れる事をお勧めするわ」
「あー。うん。アーデルちゃんは貴族だもんね。仕方ないかー」
あははー。と笑う洋子。彼女の性格上、パーティを組むのが難しいのは仕方ない。
「………………ですわ」
「ん?」
「福子、です。小守・福子! 私の名前です! 二度は言いませんわよ」
「へー。福子ちゃんか。いい名前だね」
「っ!? ええ、ええ! カミラお姉様を倒す手伝いをしたお礼です! 貴方には、その名前で私を呼ぶことを許可しますわ!」
言って背を向ける福子ちゃん。コウモリの翼がピコピコ上下に揺れていた。……嬉しいのかな? まあ、無事目的も果たせたしね。
「ありがと、福子ちゃん。無事に回収できたんでしょ、お姉さんの武器とか」
「ええ。お姉様の遺品、確かに受け取りました……」
遺品――ゲーム的には1STキャラの装備だ。カミラゾンビが使っていた剣と、近接戦闘用の防具諸々。中遠距離タイプの眷属使役な福子ちゃんからすれば、あまり使わない装備類だろう。
――と言うのは野暮なんだろうね。彼女にとって、これはそう言う事じゃないんだし。
効率を考えれば、カミラゾンビとの戦いは無駄な戦いだ。お金の概念がないこの『AoD』において、使えない武器は倉庫の肥し。売ったり装備強化の材料にもできないのだから。
だけど価値はある。少なくとも福子ちゃんにとっては。喜びの涙が、それを如実に語っていた。
「うん。それがボクにとっての最大の報酬だ」
そのまま洋子は肩の力を抜いて――
………………………………。
気が付くと、見慣れた天井だった。
「……あれ?」
「目を覚ましたようね、犬塚さん」
橘花学園保健室。そのベッドの上。声をかけるのは保健室の主、伊谷さん。
体の要所に包帯を巻かれた状態で、洋子はベットに横たわっていた。おお、なんか重病人みたいだ。
「銃創五ヶ所。刺傷二ヶ所。ゾンビウィルスもかなり侵食していたわ。五日ほど寝込んでたけど、もう少し安静にした方がいいわね。
『鬼』の出る場所で気を失った貴方を、彼女が運んでくれたのよ」
伊谷さんが指差す先には、ベッドで眠る福子ちゃん。彼女もカミラゾンビに剣で切られて、その場所に包帯を巻いている。
あー……あの後で気を失ったのか。そして福子ちゃんに保健室に運ばれた、と。
「後でお礼言っとかないとね」
「そうね。『鬼』のドロップは彼女がしてくれたんだから。あの子がいないと、貴方タダ働き……という言葉が正しいのかわからないけど、くたびれ儲けだったわよ」
あー……そうか。
あの後気を失ったんだから、福子ちゃんしか『鬼』を解体できなかったんだよな。
「って、福子ちゃんは?」
「こっちで寝てるわよ」
ベットから半身を起し、問いかける洋子。まだ傷が痛むけど、体を起こせる程度には復活できたようだ。
伊谷さんが指差したのは、洋子の隣のベッド。そこに一人の少女がうつぶせになって寝ていた。特徴的なコウモリの羽根と、流れるような銀髪。
「感謝しなさいよ。彼女が貴方をここに連れてきたんだから。その後も必死に看病してくれて」
「やっぱり福子ちゃんは優しい子だね! 感謝感謝!」
「うるさいです……もう少し寝させてください、お姉様」
もぞもぞと動く福子ちゃん。頭を押さえながら、福子ちゃんが起き上がる。マスクを外している顔は初めて見るが、端正の取れた可愛い顔だ。牙の革マスクとは真逆の、人形のような顔。まどろみながら、数度瞬きした。
「…………ん、あれ?」
「おはよう福子ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「え…‥? そう……。おはようございます……。っ!?
ふ、感謝するのね。この『吸血妃』がいなければ、貴方は今頃――」
「うんうん。感謝してる!」
「……卑怯です、犬塚さん。そんな笑顔で言うなんて」
? よくわからないけど布団をかぶって顔を隠す福子ちゃん。なんか悪いことしたかな、洋子?
「あらあらまあまあ。いつの間に光華学園の子とそんな仲になったのかしら?」
「狩りの途中で知り合ったんだ。で、そこで『鬼』とその取巻きを倒そうって話になって!
お礼に『鬼』のドロップアイテムは全部あげるから」
福子ちゃんにお礼を言う洋子。彼女もかなりダメージを受けていたはずだが、それを押してでも看病してくれたのだ。しかも他の学園なのに、保健室に寝泊まりまでして。
「そんなわけには――ふ、施しはいりません。貴族たるもの、法を破るわけにはいかないのよ」
厨二モードに入って、報酬を拒否する福子ちゃん。
「そもそも貴方を看病したのは報酬をきっちり分配するためですわ。そうでなければこの私がこのような所に寝泊まりなどするわけがありません」
「そっか。ボクが治るまで傍にいてくれたんだね」
「そういうわけでは……っ! それでは私が……いいえ、何でもありませんわ!」
言ってそっぽを向く福子ちゃん。何か悪いことでも言ったかな?
こちらに目を合わせずに、メモを差し出す福子ちゃん。そこには少し丸みを帯びた文字でゾンビの素材がまとめられていた。真ん中で線を引いて、左右に洋子の名前と福子ちゃんの名前が書いてある。それぞれの分配なのだろう。
「とにかく、分配は此方に記載してあります! すでにこの学園の生徒会には話を通してありますので、後は犬塚さんが書類にサインすれば終わりです!
あと、レアアイテムと加工品に関しては保留してありますので――」
「あれ? ボクの分配が多くない?」
胡乱な頭でメモを見るけど、洋子の分配の方が多い。七割近くが洋子のドロップアイテムと言うことになっている。
「当然ですわ。与えたダメージや戦闘貢献度を考慮すればそれが妥当です」
「そんなことないよ! 一緒に戦ったんだから、報酬も平等じゃないと」
「そんな……そもそも、私は足手まといだったようですし……。むしろ迷惑だったんじゃないですか?」
「まさか! 一緒に戦えて楽しかったよ。出来るならこれからも一緒に戦えると嬉しいな!」
言って洋子は手を差し出す。
だけどその手は、握られなかった。
「…………犬塚さん、ホント馬鹿。私の決意が鈍ってしまいそうですわ」
「決意?」
「ええ、決意です。私、『吸血妃』こと小守福子は、犬塚洋子を好敵手として認定しますわ!
ゾンビハンターとして貴方を超えると、ここに宣言させていただきます!」
洋子の方を指差して、福子ちゃんはそう言い放った。
「りばぁーれ?」
「好敵手! かつて同じ川の水をめぐって戦ったとされる関係から生まれた言葉。いわば競争相手。いわば宿敵!」
「あー、えーと……要するに、何?」
「貴方に勝つまで、勝負を挑ませてもらいます!」
びしぃ、っと指差されてどうしたものかなー、って思いながらため息をつく。
「ところでお食事ですが、今は胃がまだ弱っていますからスープ類がよろしいですわね。固形物は様子を見ながらお作りしますので、しばらくは安静になさってくださいね!」
それはそれとして、洋子に献身的な福子ちゃんなのでした。
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