ボクと吸血妃、再び
いろいろあって次の日の夕方。
「やってきました橘花駅! サクッと稼いじゃうぞー!」
学園前を一気に走り抜け、橘花駅にやってくる。おそいかかってくるゾンビ犬を最低限だけ相手して、駅構内に張り込んだ。
ここはいわゆる駅ビル。四階建ての構想となっている。ざっくり言えば、一階は少量品売り場。二階にスポーツ用品売り場がある。
そして三階エリアには『鬼』が待っている。『鬼』が倒したとされる複数のゾンビ(面倒なことに事実倒された生徒ゾンビもいる)と、廃材や柱を使って殴り掛かってくる。重装備防具でも油断するとすぐに死んでしまうほどである。
「ま、洋子の装備だと『鬼』に殴られたら一撃死だね」
言ってケラケラと笑う。
洋子の装備は橘花学園制服だ。若干ゾンビ戦の為に斬撃防御が増えたが、所詮は学生服なのだ。『鬼』のパワーの前にはひとたまりもない。
そうなったら本当に死んでしまうだろう。ここはゲーム世界だけど、洋子はゲームではなく現実の存在だ。そこを疑うつもりはもうない。
そんな状況でも笑えるのは、僕は『鬼』の攻撃を喰らうとは思えないからだ。油断するつもりもないし、自惚れているつもりもない。僕の経験則に裏付けられた断言だ。
「ま、ヤバかったら逃げるだけ。気楽に行こー!」
一階部分を突き進む洋子。序盤の稼ぎ場所と名高い各学園近くの駅内。ここもそれに漏れずに適度な割合でゾンビが湧いてくる。
「この程度の数でボクに挑もうなんてね!」
十歩歩けば三体のゾンビに囲まれる。そんな場所だ。洋子も例外なくゾンビに襲われ、そしてバス停を振るってゾンビを薙いでいく。目視と同時に相手の懐に向かって走り、首を狙って刃を振るう。振るわれた腕をバス停で受け止め、返す刀‥…じゃなくバス停で切り返す。
囲まれてどうしようもない時は、足を狙って動きを封じてから仕切り直す。
「今のは危なかったかな? ま、ボクにかかればピンチでもないけどね!」
足を止めることなく洋子は動き、そしてゾンビを倒していく。
「肩慣らしはこんなものかな」
一階から二階に続く階段。そこから上に昇りながら呟く洋子。ダメージらしいダメージはない。バス停についた汚れを布でふき取り、二階部分にたどり着く。
「こっちが改札で、スポーツ用品売り場はあっちか」
橘花駅二階。右手側に駅ホームのエントランス。左手側に駅ビルの入り口。
この電車は他学園の駅と繋がっている。ここから他学園の駅に移動可能だ。その為、他PC達との待ち合わせ場所に使われる場所でもある。
運営側の配慮か、自動改札機を通り抜けれないという設定なのか。駅の中まで入ってくるゾンビはいない。洋子ら生徒は生徒がもらえるカードで行き来できるけどね。
「んー……。他の学校に行ってもなぁ」
『AoD』内には六つの学園がある。
軍人系の生徒を養成する氷華学園。
高学力を持つ者が集まる苺華学園。
遺伝子操作による獣人な光華学園。
超能力開発を行っている柊華学園。
様々な宗教家が集まった櫻華学園。
そして、普通の生徒が集まる橘華学園。
「こー、見下されそうなんだよなぁ。他の学園から」
『AoD』は銃ゲームだ。銃以外の武器は役立たずとまで言われたバランスのおかげで、学園はランク付けがされていた。
ハンターの強さランキングは銃に関するスキルが多い氷華学園が突出する。武器を作ったり修理したりする苺華学園が次点。ケモノパワーな光華学園、超能力の柊華学園、対死者武装もちの櫻華学園がほぼ同列で、ダントツ最下位に橘華学園がランク付けされていた。
「『橘花はキャラ作りなおせ!』とか言われかねないもんなぁ」
『AoD』ゲームスレッドでさんざん言われた言葉だ。それぐらい『普通』である橘花学園はスキル的に不遇であった。
なお僕が橘花学園を選んだ理由はクリティカル率上昇スキルの<ラッキーアイテム>が目当てだった言う事と、制服が可愛いというその二点だった。
「ま、橘花駅探索でいっか。『鬼』目指してレッツゴー!」
そのままスポーツ用品売り場の扉を開ける。薄暗いデパートの中、そこに居るゾンビたちが蠢いていた。扉の開閉音と洋子の匂いを察知したのか、視認できるゾンビ達がこちらを振り向く。
「バットにゴルフクラブにラケットか」
ここに居るゾンビ達は、全てスポーツ用品で売られている武器を手にしている。それを使って殴ってくるのだが、同時にそれらを使って銃弾を受け流したりもするのだ。
その為、素人の拳銃使いには鬼門となっている。攻撃が受け流されている間に別のゾンビに近づかれ、死亡するパターンだ。受け流しは三回までしかできないが、その分弾丸を使ったりするので弾倉の少ない拳銃使いには時間がとられる。
「ま、ボクみたいな近接攻撃使いには何の関係もないけどね!」
だが受け流しは銃弾のみ。洋子のような近接武器使いには通用しない。ただ大ぶりな攻撃でしかないのだ。
「大ぶりならボクの方が上だよ!」
ゴルフクラブやバットは所詮スポーツ用品。バス停にかなうはずがないんだよ!
ゾンビの持つゴルフクラブが振り上げられる。ソンビウィルスの感染こそないが、叩きつけられれば地に伏して、そのまま悶絶状態になる一撃だ。そうならなくとも、痛みでパニックを起こしかねない。
「そんなの、食らわないよ!」
だけどそんな大振りは洋子にとっては隙だらけ。バス停の時刻表示版で受け止め、振りかぶった隙を逃さずバス停を叩きつける。そのまま吹き飛び、崩れ落ちるぞゴルフクラブゾンビ。
完全停止を横目で目視しながら、次のゾンビに向かう。野球のバットを持ったゾンビだ。野球を知っているのか、横にブンブン振るっている。
「次は足ゲット!」
そのバットの軌跡を避けるように前転し、バットゾンビの真後ろに回り込む。起き上がると同時に背骨を軸に体ごと回転し、胴を裂くようにバス停を振るった。肉を裂く感覚がバス停を掴む手から伝わってくる。
まだ動く。ゾンビの気配を察して、洋子は右足を軸にしてもう一度体を回転させる。洋子の動きに少し遅れる形で、鋼線が仕込まれたマフラーが回転した。刃の帯がゾンビの延髄を裂く。脳から命令を下すことが出来なくなり、ゾンビはそのままふらついて倒れ落ちる。
「絶好調! 制服の攻撃速度増加、メチャイイじゃん!」
笑みを浮かべる洋子。勿論僕もだ。目に見えて動きが速くなったわけではないが、それでも強化がなければ攻撃が遅れ、一撃ぐらいは喰らっていたかもしれない。
とにかく、この調子で次を――
「始原の白、終末の黒。わが手に集いて真理を示せ。究極の裁きをここに!」
ん? この声は? そしてこのいろいろこじらせた台詞は?
「フェアボーテネ・リーベ!」
「うわわわ!?」
十近くのコウモリが高速で場を飛び交う。とっさに柱に隠れた洋子以外は、皆一気にコウモリに襲われていた。武器の受け流しも、飛行するコウモリには意味がない。
「貴方には美しさが足りないわ。闇が生む芸術に見惚れなさい」
現れたのは、一人の少女だ。
黒と基調としたゴシックドレス。流れるような銀髪。背中に生えたコウモリの翼。その周りを集う防御用のコウモリたち。それはまさに吸血鬼を想起させる。顔の下半身と片目を覆うマスクで顔の全容は見えないが。言動と行動には覚えがあった。
「えと、コウモリちゃん?」
「『吸血妃』とよびなさい!」
うわぁ、絶賛中二病発動中だ。
橘花駅前で出会った中二病のコウモリ使いの獣人、吸血妃(本名しらない)だった。
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