お誕生日祝い
2月2日がやってきた。
それまでの数日とは打って変わって、晴れ渡り、空には白い和紙をちぎったような雲が浮かんでいる。
もうすぐ立春だからなのだろうか。
思わず、”Spring has come!” と、叫びたいような日差しが嬉しかった。
そうだ。 そろそろ、沈丁花の蕾もふくらみはじめたようだ。
ドームの作品のような夕焼けが空を彩る頃、
遥の誕生日祝いは始まった。
参加者は遥の同級生を中心に10名ほどであった。
郁美をはじめ、みんな気の置けない仲間たちだ。
やがて、浩司がやってきた。
早速、郁美が浩司を出迎える。
「浩司、持ってきてくれた?」
「うん」
「早く冷やさなくっちゃ、ね。」
郁美は嬉しそうに浩司から包みを受け取ると慌ててキッチンへ向かった。
シャンパンンを冷やすために、すでに洗い桶が用意されている。
先ほど買ってきたばかりの氷を冷蔵庫から取り出し、洗い桶に満たす。
その時、殆ど悲鳴に近い郁美の声が響いた。
「何? これ。 ヴーヴクリコ?・・・ ドンペリじゃない!・・・
浩司! これ、ドンペリじゃないわよ」
「ごめん。買えなかったんだ・・・」心から申し訳なさそうな浩司の声がつづいた。
「え? うっそう!?
なーんだ。 ドンペリ持ってきてくれると思って楽しみにしていたのに。
絶対にドンペリを持ってくるって威張っていたじゃない!?」
「だって、あんなに高いと思わなかったんだもの。
でも、これだって結構良いシャンパンなんだって。
デパートの店員さんに相談したら、
このヴーヴクリコのオレンジラベルなどは如何ですかって薦められたんだもの。
『シャンパンの貴婦人』とかって言われているらしいよ。 だから・・・」
「やだ、やだ、 折角楽しみにしていたのに・・・」
「良いじゃない。 ドンペリじゃなくたって。
折角、浩司君が持ってきてくれたんだから。
ね、 みんなで楽しくやろう」
遥が助け舟を出す。
しかし、郁美の気持はなかなか収まらない。
遂に、浩司が言った。
「ようし! 来年は必ずドンペリを持ってきてやるからな。」
郁美も引きさがりはしなかった。
「またぁ。 そんな大きなこと言っちゃって、大丈夫?」
「当たり前だよ。大丈夫に決まってるだろ!」浩司はそういうと、遥を振り返った。
「遥さん、ゴメン! 僕、今日はこれで帰るけれど、みんなで楽しくやってくれよ。頼むから。
来年のことをいうと鬼が笑うっていうけれど、来年は必ず、ドンペリ持って出直してくるから。」
遥が引き留める間もなく浩司は出て行った。
次の日、郁美からお詫びのメールが届いた。
「遥、ゴメンね。折角のお誕生日祝いを台無しにしてしまって。
ホントにそんなつもりではなかったの。
精一杯、遥のお誕生日をお祝いしようと思っていただけなの。
だからこそ、あんなにドンペリにこだわったのだけれど、かえって反対の結果になってしまって本当に申し訳ないと思っています。
いつか、きっと、罪滅ぼしをしますから怒らないでね。
お願いです。
愚かな郁美より」
遥にはわかっていた。浩司も郁美も自分のお誕生日を心から祝おうとしていてくれたことを。
それにもかかわらず、遥の心の中に芽生えた小さな鉛のようなものが消えることはなかった。