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クリスマスパーティ

クリスマスパーティの当日がやってきた。


遥は、はじめて郁美と紀尾井町にある小さなコンサルタント会社へ向かった。

紀尾井町の交差点から歩いて20メートルほどの所、26階建てのビルの21階に目指すオフィスはあった。


ビルに近付くと植え込み一面に施された豆電球のイルミネーションが夜空の星が降り立ったように瞬いて二人を迎えてくれる。 

近くにあるホテルニューオータニとプリンスホテルの光の搭に守られるようにそのビルは聳え立ち、輝いていた。


「え? こんなにすごい所なの? 郁美の会社って。」


「ここよ。ステキでしょ。」


「社員数人の会社だというから、もっとこじんまりしたとした所かと思っていたのに。」


「私だって、最初はそう思ったの。面接の時。 

で、ね。 

採用されて、勤め始めたら、すっかり気に入ってしまったというわけ。 

とっても気分良いんだもの。」


「なんだか、足がすくみそう。」


「ぜんぜん平気よ。 

この私が毎日のように仕事しに来てるんだから。」


 私達はビルへ入って行った。


正確にいうと、そのビルは事務所・住居棟であり、19階までは事務所棟で、

21階から26階までが住居棟となっていた。

今、二人が目指す会社は、住居棟にあり、社長の住居、兼、事務所になっていた。


エントランスを入ると正面には300平米程もありそうな広いロビーが広がっている。

アイボリーと白の大理石の床と壁、数か所に敷かれた毛足の長いシャギーのカーペットの上にはコルビジェの黒い革張りの応接セットがゆったりと配置されていた。

たくさんの花や木が投げ入れられている中央の大きな花瓶というよりは花壺という雰囲気のオブジェの両サイドには、マッキントッシュのハイバックの椅子が添えられている。


それは、ホテルのロビーよりシックで落ち着いていながら、ゴージャスであった。

二人を21階へ導くエレベーターには色とりどりの大理石で彩られた美しい幾何学模様が描かれていた。


会社入り口のドアを開けると大理石の壁にかかったカシニョール描くパリ郊外の風景が目に入った。

木立を背景に馬に乗った男性と犬を連れた二人の女性とが描かれている。

思わず、遥がその絵に見とれていると、秘書の山田さんが出迎えてくれた。

郁美の言う通り、落ち着いた洗練された身のこなしと、マナーを身に纏っているようだ。

本来はリビングルームであり、通常はオフィスとして使用されている、今日のパーティ会場へと誘われる。


60平米程の広い部屋の中央には天井に届きそうなホワイトクリスマスツリーが飾られていた。

ホワイトクリスマスツリーは、色とりどりのオーナメントや豆電球でデコレーションされ、見事に輝いていた。


部屋は、クリスマスパーティらしく、飾りつけられていた。

壁によせて並べられた事務机は、白いテーブルクロスで覆われ、その上には立食形式にアレンジされたクリスマス料理が並べられていた。


部屋の照明は落とされていたが、すでに、数人の先客が所々に置かれた椅子に腰かけて談笑していた。

先客たちは、郁美が所属する俳句の会のメンバーだった。 

郁美に誘われて、遥も一度だけ参加したことがある句会で見かけた人たちのようだった。


「遥、覚えている? この前、句会で一緒だった人たち。 

松岡さんと、高橋さんと、それから、脇坂浩司君。」


郁美が紹介すると、脇坂浩司君と紹介されたネギ坊主のような男性からクレームがついた。


「なんで、僕だけ、「クン」なんだよ。 

まるで、差別じゃないか。 

年齢だって、松岡さんや、高橋さんと殆ど変らないんだから。」


郁美も負けてはいない。


「だって、浩司君はまだ大学生でしょ。 

松岡さんも高橋さんも社会人で自分でちゃーんと生活してる訳だから。 

浩司君みたいに親の脛をかじっているのとは違いますよ。」


そこへ社長、秘書の山田さん、社長と山田さんとの共通の友人であるという二人の女性、そして山田さんの妹さんの陽子さんが登場した。


「やあ、みなさん今日はお寒い中を大変でしたね。 

でも、おかげで、賑やかな集まりになりそうで、嬉しいですよ。 

山田さんと二人だけでは、盛り上がらないものね」と、山田さんを振り返る。


社長は60歳くらい170センチを優に超すと思われる長身にダークグレイのダブルのスーツが決まっていた。 

(いやぁ、少し年取ったあしながおじさんみたい) 遥にはそう思われた。


次に、山田さんが二人の友人と妹さんを紹介した。


「こちらは安西寿美子さん。 国際法律事務所で秘書をなさってらっしゃるのよ」


「今日は、お招きにあずかって本当に有難うございます。 

私は法律事務所の中のことしか分からないんですけれど、間もなく定年なので、少しは外の世界も見た方が良いと、山田さんに勧められて、こちらへお邪魔したんですの。 

よろしくお願いしますね。」


「私は、東野恭子です。 

今は新宿にある語学学校の事務を担当しています。 

以前から山田さんに素敵なオフィスだから一度は遊びにいらっしゃいと言われていたのですけれど、なかなかチャンスがなくて。 

お邪魔するの、今日が初めてなんです。

本当に素敵な所で驚いています。 

どうぞ、みなさんよろしくお願いします。」


東野恭子は30歳くらいのきびきびとした女性だった。 

山田さんの妹さんも東野恭子と同年代らしく、今は外資系の銀行で秘書として働いているということだった。

秘書の山田さんは、かなり恰幅が良いのに、妹さんはスレンダーで背も高く、顔立も丸顔と細面であまり似ていない。 

それなのに、声は驚くほど似ている。

どちらがどちらか全く分からないほどだ。 

(やっぱり、姉妹なんだ。)


 一通りの紹介が終わり、いよいよパーティ開始。


「まずは、乾杯して、その後はみなさんご自由にやって下さい。 

簡単ですけれど、テーブルに用意してありますので、ビュッフェ形式ということで、適当にやってください。」という社長の言葉。 

それに続いて乾杯のシャンパンがフルート型のグラスに注がれた。


 シャンパンはドンペリニヨンのロゼということだった。

グラスの底から繊細で透明な桜色の泡があとからあとから立ち上ってくる。

そして、さわやかな甘さを含んだ芳醇な香り。 

それは、人魚姫の泡のように思われた。


「それでは、メリークリスマス!」


その声に合わせて、シャンパンを口にする。

それは、遥が今まで味わったことのないものであった。 

(美味しい!)


それから、賑やかなパーティが始まった。 

それぞれ、飲んだたり、食べたり。

そして、もちろん、お喋りも。


社長が隣にやってきたので、遥はあらためて、今日のご招待のお礼を述べた。


「特別なことは出来ませんが、どうぞ、楽しんでください。

郁美さんには何時も頑張ってもらっていますから・・・」


「郁美もとても喜んでいます。 こんなに綺麗なオフィスで働けて。」


社長は笑いながら、


「オフィスをおほめ頂いて、嬉しいですね。 

もちろん、働く場所の環境は大事だと思いますよ。 

でも、それ以前に、仕事そのものの方が重要だとおもうのですがね。 

仕事に興味があるとか、気に入っているとか、又は、自分のキャリアになるとか。 

アルバイト料をもらうために時間を売っているというような感覚ではなくて。」


「ああ、郁美、そのことも話していました。こちらのお仕事がとても自分のためになっているって言ってました。」


「そうですか。 それなら良かった。 

ところで、遥さんは、何年生になられました?」


「2年です。」


「ああ、そう。良いですね。お若くて。無限の可能性がありますよね。

卒論のテーマは決まりましたか?」


「いいえ。 まだ、はっきりとは・・・」


「4年になったら、就職活動もしなければならないでしょうから、そろそろ考えておかないとね。」


「ええ。 そうなんですけれど、色々と迷ってしまって。」


「それじゃ、今日はちょうど良いかもしれない。

私のような年を老った人間より、若い先輩たちがたくさんいますから、

みなさんに意見をきいてみたら?」


そう言って、近くにいた安西寿美子と秘書の山田芳子を振り返った。


「はい。そうしてみます。」遥は社長に軽く会釈をしてから、二人に近づいた。


「遥さん、と、お呼びしていいのかしら。 いつも郁美さんがそう言ってますから」

山田芳子が言う。


「ええ。どうぞ。」


「お若い方は良いわね。輝いていて。夢も希望もいっぱいでしょ?」


寿美子が笑顔でたずねる。


「いえ、そんなことないんです。 

今も社長さんとお話していたのですけれど、

どうしてよいか分からないことが多くて、迷うことばかり・・・・・・」


「何をそんなに迷っているの?」


「具体的には、ゼミを何にしたらよいのかとか、どういう方面に就職したら良いのかとかですけれど、その根本にあるのは、やっぱり、どうしたら幸せになれるかということかもしれません。」


そう答えて、遥自身が驚いていた。

(今まで、こんなこと、誰にも話したことなどなかったのに。

ことによったら、あのシャンパンのせいかもしれない。)


「そうなの。 そうかもしれないわね。 私も遥さんの年頃には悩むことが多かったみたい。

だから、私は自分の20代を『激動の20代』と呼んでいるの」


芳子が言った。


「『激動の20代』?ですか?

 その頃のお話、伺ってもいいですか?」


思わず遥が聞いた。


「ええ。良いわよ」

かすかな微笑をたたえながらも、芳子の表情は遠くを見るようなまなざしに変わっていた。


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