秋になって
秋になって、そろそろゼミを決めなければならない時期がやってきた。
結局、私は卒論のテーマをサマセット・モームに決めた
「人間の絆の中に 「生きることは何か」のヒント位は見つけれるかもしれない。
そして、短編で読んだ南の島に移りすんだ一人の男の姿、
その島の夕日に心を奪われ、いつまでもそれをを見ていたいと一切を捨てて、島に移り住んだ主人公の生き方に強い衝撃を受けていた。
(私に、そんな生き方はできそうもないけれど。)
秋が深まるころ、ゼミが最終的に決まった。
今年の履修科目が全て取れると、来年はだいぶ楽ができそうだ。
(そうなれば、就職活動もゆとりをもってすることができるだろう)
そう考えていた。
出来るだけ、いろいろな会社を見てみたい。
一体どんな仕事をやっているのだろうか?
そういえば、郁美はどうしているだろう
郁美の方が就職や会社のことに関しては一日の長があるように思われる。
郁美に会っていろいろなことを聞いてみたかった。
それから、浩司君は?
どうしているのだろうか。
出来れば浩司君にも会って出版会社の話も聞きたいと思った。
しかし、キャンパスで郁美と出会う機会はなかなかめぐってこなかった。
新しい年が明けた。
もうすぐ四年になる。
授業の合間に時々はゼミの部屋へも顔を出した。
一月の中ごろ、ゼミをのぞいてみようかな、と思いながら、校内を歩いていると郁美の声に呼び止められた。
「遥、待って」
振り向いた遥の目に息せき切って駆け寄る郁美の姿が飛び込んできた。
「郁美、とても会いたかったのよ」
「私も。それにしても、遥、肥ったんじゃない?
「お正月肥りよ。いやーねぇ。私、気にしてるのに」
「ごめん、ごめん、ま、私も同じようなものだから。
遥、今時間ある?}
「うん、大丈夫よ。ちょうど時間が空いたからゼミを覗いてみようかなと思ってたところだから」
二人は連れ立って「J」へ向かった。
郁美は今も紀尾井町の会社へアルバイトに通っていた。
今はアルバイトというよりも完全な戦力になっているのだと言った。
郁美が良ければ、卒業後は正社員として勤務しても良いとも言われているそうだ。
「それじゃ、郁美は就職活動しなくて良いの?」
「それがね『郁美さんがいらしてくれるのなら大歓迎ですけれど、郁美さんはまだ若いのだからもっと大きな会社に入って、広い視野で社会を見た方が良いのではありませんか』と、社長から言われたの。だから、それでは滑り止めということで、全部受からなかったら、採用してくれますか?って聞いたら、『もちろん、良いですよ。その時は喜んで』って言ってくれたのよ」
「良いな。郁美は。羨ましい」
「そんなことないわよ。遥だってきっと良い会社に入れるわよ。
そうだ、一緒に会社訪問しましょうよ。出来るだけ。」
「絶対ね。お願い。私一人では不安ですもの」
「ところで、今年も遥のお誕生日パーティしない?」
「今まで全然、考えていなかったけれど」
「この間、句会の新年会があったの。そこで本当に久しぶりに浩司君に会ったのよ」
「浩司君に? 浩司君、今、どうしているの?」
「あまり、話す時間が無かったから、良く分からないのよ」
「郁美にも?」
「だって、去年のお誕生日パーティから一度も句会に出てこなかったのよ。浩司君」
「あれから、ずーっと?」
「あんな気まずい思いをしたから、なんとなく連絡できないままになったのよ。
向こうからももちろん、連絡はなかったし。
だから、あれからはじめて会ったのが句会の新年会だったの。
人が多いからあまり話すことはできなかったけれど
『今年も遥さんのお誕生日パーティには僕も忘れずに呼んでくださいね。きっとですよ』って言ったのよ。だから・・・」
「そうなの。それでは、今年もお誕生日パーティをやっていたいただきますか。郁美に。
でも、今年は浩司君にドンペリを持ってきてなんて言わないでね。」
「分かっていますとも。私だって、あの時、本当に浩司君に悪いことしたと思ってるんですから。
言ってはいけないと一人の私がとめているのに、もう一人の私が言ってしまったのよ。
自分自身で驚いてたくらいなの。
どうして、あんなにとめどもなくなってしまったのか、私っておかしいのかしら」
「おかしいなんてことないわよ。私だってそういうことあるわよ。
特に親と話しているときなんか、
親の言うことが正しいってことが分かっているのに素直に認められなくて、
変に口答えしたりするから、
今度は「口答えするんじゃありません」なんて言われて、
また、怒りが違う方向から噴出して、
何処でその矛先を収めたら良いのか分からなくなったりするの」
「遥が? 信じられないけど。 遥でもそんなことあるんだ。 良かった。」




