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夏休み

夏休みがやってきた

旅行へ行くもの、帰省するもの、アルバイトのために残留するもの

様々だった。


遥はやはり下関へ帰ることにした。

旅行に行くよりもあの日和山の風景をゆっくりと見たかったからだ。

来年は就職活動で帰省どころではないだろう。

そして、就職後にはおそらくそんなに長期間家へ帰ってのんびりと過ごすことなどとてもできない相談だろう。

それに、父がまた転勤する可能性だってある。

そうなってしまったら、それこそ下関でゆっくりと過ごす機会はなくなるだろう。



下関へ戻った。


週末になると私たち一家は以前のようにドライブへ出かけた。

西長門や比較的最近本州と橋で結ばれた角島、油谷湾と楊貴妃の里、金子みすずの出身地である仙崎と青海島、そして、萩。


それぞれが異なった景勝を競っているようであった。

こんなに美しく空気のきれいなところに住めれば良いのにな。

遥は心からそう思っていた。


両親も楽しそうだった。


「遥ちゃんがいないと二人でドライブしても面白くないものね」


と、父が言うと、母は、


「そんなこと言ったって、遥ちゃんがお嫁さんに行ってしまえば嫌でも二人っきりになるのよ」と、応酬する。


遥から見て両親は結構仲の良い夫婦に思われる。

もちろん、時々喧嘩もするけれど、すぐに仲直りしている。

だから、夫婦喧嘩は犬も喰わないというのだろう。


それにも関わらず、両親に言わせると、遥がいない時には家の中が火が消えたようになるのだという。

ホントかな?

まあ、そんなものなのかもしれない。


父は無口な人だった

遥が知る限り、小さい頃は残業から戻る父を起きて待つことはできず、先に休むのがいつものことだった。

従って、母とは随分おしゃべりをしたけれど、父と話した記憶はあまりない。

父の仕事がない週末のドライブの時にも話しているのは殆ど母と遥とで、父はたまに相槌を打つくらいだ。

だから、いままで父と正面から向き合って話し合ったことなどなかった。

この機会をとらえて、遥は父の意見を聞いてみようと思った。


「私、就職のこと、まだ何にも決めてないんだけれど、どうしたら良いと思う?」


一瞬の沈黙の後で、父が口を開いた。


「どうしたら良いか、それは自分で決めなさい。

自分の人生に関わることなのだから」


「でも、私、本当にどうしたら良いのか分からないのよ。

早く決めたいとあせってはいるんだけど・・・

高校の時から本当に良く分からなかったの。

どちらへ進めば良いのか、文系か理系かさえ決められなかった。

それで、とにかく大学へ行けば何か分かるかもしれない。

自分の進むべき道が見つかるかもしれない。

そう思ったの。

でもダメ。少しも前へ進んでいないのよ」


「大学へ行ったら何かが分かるとか、極められるとか、世の中はそんなに甘いものではないし、底が浅いものでもないのじゃないのかな。

遥は具体的には大学で何を学ぼうとしたわけ?}


「もちろん、外国文学を勉強したかったの」


「それで?」


「うん。文学にはこういうものも、こういうものも、あれもこれもありますよ。っていう、まあ、概論のようなものがいくらか分かったらしい、というところかな」


「それなら、成果はあったのじゃないか。

その中から本当に自分が勉強したい、研究したいというものを大学を卒業してからもやっていったら良いのじゃないか。

本当の勉強とか研究とかいうものは、たぶん、一生をかけてやるものと思うよ。」


「お父さんの言うこと、理屈としては分かるわ。

そして、大学を卒業してからも続けていきたい研究科目を見つけることはできると思うのよ。

でも、就職先を決めているお友達を見るとやっぱり焦ってしまう。

早く決めなくてはって。」


「英会話が出来たり、ビジネス英語が書けるようになったりして就職に有利になることはあるでしょう。

しかし、それはあくまでも副産物というかオマケみたいなものじゃないのかな。

就職を有利にするために大学へ行ったり、研究したりするわけではないと思うし、そんな風に考えるのだとしたら、本来の目的とは少し外れているのじゃないかな」


「うん。そうかもしれない。でも後で、後悔したくないのよ」


「後悔して傷つきたくないのか?」


「だって、今なら間に合うと思うのよ。後悔しない道を選んで進むことができると思うのよ」


父はしばらく沈黙したあと、言葉を継いだ。


「多分、後悔しない道などはないのではないかな。

どんなに幸せそうで、恵まれているように見える人でも、からず一つや二つ後悔していることがあるのじゃないか?

他人に羨まれるような生活をしている人が自分では不幸だと思っていることもあるし、

その反対に、はたからは大変そうだなと思われても、

やりがいを感じていたり、幸せを感じていたり・・・ 

また、自分でなければできないからと思っていたり、

積極的に幸せと呼ぶことはできなくとも、

自分の生き方や仕事に満足している人たちだって大勢いると思うよ。

そして、今の遥にとって幸せだと思えることが将来の遥の幸福と同じとは限らないかもしれない。

遥はそれを必ず喜ぶだろうか?

嫌だと思うかもしれないじゃないか。

日々、遥は成長しているわけだし、

毎日、毎週、毎月、毎年、遥自身が変わっていくだろう。

十年先の遥がどうなっていて、何を思い、何を感じているのか?

何が好きで何が嫌いなのか、お父さんやお母さんだって分からない。

おそらく、遥自身にだって分からないのではないか? 

それなのに、いつか分からない、自分がどうなっているか分からない未来に

後悔したくないと言ったところでそれは我儘だと思うけれど・・・」


「それは分かっているわよ」


分かっていた。私にも。いや、分かっているような気がした。

けれど、素直にそれを認めたくはなかった。


「じゃ、どうしたら良いの?」


そう言いながら、自分が幼稚園児に変身し、駄々をこねながら思いっきり親に甘えているようだと感じた。

それは気恥ずかしくもあったけれど、ひなぼっこをしながら、まどろみかけた子猫にでもなったような気分でもあった。


「お友達はどんな会社を目指しているの?」


「いろいろ。金融関係だったり、商社だったり、マスコミだったり・・・」


「選んだ理由は知ってるの?」


「それもいろいろよ。高収入だからっていうのもあるし、やりがいがありそうだというのもあるし、子供の頃からの夢だったから、とか」


「みんなそれぞれもっともな理由だね。

高収入で経済的に豊かになるのも良いことだし、やりがいのある仕事をするということも、自分の長年の夢を実現するということも、みんな良いよね。

それで、問題はやりがいがあると思われる仕事、自分の夢を現実にする仕事に高収入が期待できない時にどうするかということ。どちらかをあきらめるか、ある程度の所で折り合いをつけて行くか。

それは、それぞれ自分で考えて、決めなければならない。

だって、どちらをあきらめられるか、どこまであきらめるか、自分以外の誰も分からないことだもの。

そうやって、折り合いをつけたとして、今度は社会が受け入れてくれるかどうか。

また、別の問題があるよね。

こちらの問題の方がもっと難しいことかもしれない。

希望した会社へ入れるとは決まっていないわけだから。

むしろ入れない場合の方が多いのじゃないかな。

でも、生活のためには何か仕事をしなければならない。

生活のために何でも良いから仕事をしたいという人だっているわけでしょう?

いや、そういう人たちの方がずっと多いでしょう。

その人たちから思えば、遥のようなのはずいぶん甘くて贅沢に見えるのじゃないかな」


「そうだ。海外青年協力隊に入りたいっていう子もいたわよ。

もし、私がそう言ったらお父さんどうする?」


「なぜ、遥が海外青年協力隊へ行きたいか、それが問題だな。

なんとなく、とか、お友達が行くからとか、外国へ行ってみたいとか、そんな理由であれば、もちろん「やめなさい」というさ。

けれど、きちんとした目的があって、それが海外青年協力隊の趣旨に副うもので、なおかつ遥が「青い鳥」を捕まえられるというのであれば良いんじゃないか」


「青い鳥、か・・・」


「自分の憧れの会社に入って、いざ、仕事をしてみると案外面白くなかったり、自分に合わないと分かったり、逆に仕方がなく入った会社で働き始めてみたら、これぞ、天職だと思われるものに出合う人もいる。

また、長年やっているうちに次第にその仕事が好きになっていく人もいるみたいだしね。

とにかく、自分が好きなこと、そして遥にさせていただけることをやるんだな。

もちろん、法律に触れては困るけれど。

そして頑張って働く。

それが例え、小さなことでも精一杯努力する。真面目に取り組めば道はきっと開けると思うよ。

だから、まず、自分の好きなことにがむしゃらに進んで行ったら良いよ。

遥は何年か経ったら自分自身で分か分かったりそれが良い選択だったのかどうか。

すこし違うなと感じたら少しずつ軌道修正していけば良いし、

全く間違っていたと思ったら、その時にはもう一度心機一転出直せば良いじゃないか。

ベストを尽くして失敗したのだったら、きっと後悔はしないだろう。

そして、その失敗の経験はきっと次の飛躍へのステップになると思われるけれどね。

何にもしないのはダメだ。

それが一番ダメだ。そう思うよ」


クリスマスパーティでお目にかかった秘書の山田良子さんと安西澄子さんの話が思い起こされた。


「遥だったら、きっとうまく行くわよ。幸せになるわよ。きっと!」


今まで黙っていた母の声だった。

遥は黙って頷いた。


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