クリスマスパーティーに誘われる
あれは全くの偶然だった。郁美とキャンパス前の喫茶店「J」で出会ったのは。
この数日、師走というのに暖かい日が続いていた。
もうすぐ、大学の講義も終わる。
(12月になったらすぐにクリスマスカードを出そう)
かなり以前からそう決めていた。
この秋、ジョージア大学へ留学した裕子宛のものだ。
(早く出さなければーーこればかりは遅れたら意味がなくなってしまうもの。)
そうだ。講義の空き時間に喫茶店で書こう。そう思って遥はキャンパス前の喫茶店へ向かったのだった。
12月のせいか、いつもは混みあっている「J」にその日は空席が目立っていた。
(ラッキー)
そう思いながら遥は前の通りを見渡せる大きなガラスが埋め込まれた座席に陣取った。
こうして暖かい室内から外を行き交う人々を眺めるのも悪くはない。
ついこの間まで、見事な黄葉で目を楽しませてくれた銀杏も欅もすでに葉を落とし、
冷たく晴れ渡った空に黒いオブジェの様な枝をのばしている。
(どこかすがすがしくて凛としていて、こんな風景も良いかもしれない)
そんなことを思いながら、裕子へのカードを書き始めて数分経った頃、突然、郁美の声が聞こえた。
「遥! お久しぶり。 元気?」
「あぁ、驚いた。郁美じゃない。もちろん元気。郁美も? ずっと会わなかったけど、どうしてたの?」
「バイトで忙しかったんだ。」
「え? バイトで?
郁美って、バイトが続いたためしは無いって言ってたじゃない。」
「それがね。夏休みから始めたバイトにはまちゃったらしいの。」
「郁美が?」
「そうよ。」
「どんなお仕事なの?」
「普通の事務。 兼 雑用」
「なーに? それ?」
「要するに、コンピューターに入力したり、チェックしたり、ファイリングしたり、メールを出したり、お茶入れたり…… まぁ、そんなとこ」
「へぇ、郁美にそんなこと出来るの?」
「出来ますとも。もちろん! 今じゃ、ド・プ・ロ! ワードだってエクセルだって、何だって。
実は、40歳くらいの秘書の人がいるんだけど、その人がすっごく良い人で、
みんな教えてくれたの。
それで、なんでも出来るようになったのよ。
ホントに優しくて、良い人なんだ。その人。」
「なんだ。それじゃ、お仕事を教えてもらって、お給料ももらっているっていうわけ?」
「そう、なるかな。」
「そんなの、ズルイ、ズルイ。
お仕事教えてもらって、面倒を見てもらってるんだったら、
保育料ぐらい郁美の方が払わなきゃ。」
「保育料?」
思わず、2人は顔を見合わせて笑った。
郁美のアルバイト先では20日にクリスマスパーティを開くのだという。
郁美もお呼ばれしているということだった。
「そうだ! 遥も来ない? クリスマスパーティ。
『お友達を誘ってもいいですよ』って言われてるんだ」
「え? わたし? だって、何の関係もないのに悪くない?」
「大丈夫。 大丈夫。 小さくて、社長と秘書と二人だけの会社だから、折角のクリスマスパーティには大勢の人に来てもらって、賑やかな集まりにしたいらしいんだ。
社長さんも秘書の人も優しくてとっても良い人たちだし、
それに、紀尾井町のすっごく綺麗なオフィスなんだから・・・。
オフィスだけでも、必見の価値あり。
ねぇ、 遥、 何か予定でも入ってるの?」
「予定なんてないけど。良いのかなあ? ほんとに。」
「じゃ、決まり。 明日、会社へ行ったら話しておきますからね。一名追加って。」
「郁美ったら、本当にせっかちなんだから。
そして、何でも勝手にきめちゃうんだから・・・」
「でも、今まで、私が決めたことで嫌だったことってありますか?
無いでしょう?
ほら、私の勝」
確かに、狭い下宿で一人淋しく過ごすより、それは、ずっと楽しいに違いない。
そう思われた。




