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物書きの端くれ 短編集  作者: 物書きの端くれ
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ろくでなし

 友人が代わりに尋ねてくれた彼女の僕に対するイメージは、小説を書いている人だった。

 確かにそのイメージは間違っていないし、小説という単語が出てきただけで僕にとっては嬉しかった。

 だけど、それは僕が望んでいた答えとは違う。僕が彼女に望んでいた答えは……。

 口にはしたくない、僕には似合わなさ過ぎる、自分らしくない、そんなもんだった。

 小説だって、構想は常に頭で作成しながらも、文章に起こせてきたのは、この三年でほんの一部だ。僕の生み出してきたモノは決して物にはならず、誰の心にも響かず、残らない。そして近い未来には消えてしまう。だけども、何年もかけてやっとここまで書けるようになったのだから、そう簡単には捨てられないものだった。

 この間、久しぶりに映画ROCKYⅣを観た。大好きな映画のはずだったのに、何かが引っかかった。序盤にロッキーと元チャンピオンのアポロが会話をしている場面がある。アポロは「俺たちは変われない、変わることの出来ない、闘争本心って奴を持って生まれてきたボクサーなんだ」とロッキーに熱く語る。

 だけど、映画の最後の場面、試合に勝った後にロッキーが観客に伝えた言葉が「人は変われるのです!」だった。これはロッキーが亡きアポロの考えを否定している、ということなのか。

 大好きな二人だったからこそ、何度も観てきた映画だったからこそ、余計な所に気づきたくなかった。そんなことには何一つ気づかず、ロッキーは不屈の精神でアポロの仇を取った、それだけで十分なはずだったのに。


 小説を書いていると、物語の構成にばかり目が行ってしまう。矛盾した会話、おもしろい構成、ここはあの作品を真似ているな。なんでこんなのが売れるんだ?

 何も考えず、ストーリーだけを純粋に楽しむなんてことが出来なくなった。おもしろいならば、何で僕は考えつかなかったのだろうと、自分を呪い。こんなのが何で売れているのだろう、と思えば、その作者を妬む。

 その繰り返しだった。

 大学の友人と論文を読んでいた時に彼女は現れた。これまでにも何度も会話はしてきたが、僕が彼女を異性として見たことはあんまり無かった。

「ねえ、ここの文章って心理にも関係しているよね。論者が何を言いたいのか、わかったりする?」 僕は自分がわからなかった箇所を彼女に尋ねた。

 彼女は論文を読んで、しばらく考えた後に口を開いた。

「この部分は、読者を指していると思うよ。それでね……」 彼女の読解は素晴らしいものだった。それでも彼女の読解を信じたくなかった僕は教授にその箇所を聞きに行った。結果、彼女の分析は確かなもので、考察も合っていた。


 そのことがきっかけで僕は彼女に惹かれ始める。

 実に二年ぶりの感情だった。くだらないし、情けない。ハイボールでも浴びたい気分だった。

 他専攻の彼女は小説をこれまでにも結構読んできたようで、本の話をするにはうってつけの相手だった。ちなみに好きな小説家は中村文則らしい。

 僕は彼女に近づきたいと思いつつ、空回りばかりだった。何しろタイミングが悪すぎる。話しかけようと思い立った時には、彼女の周りに人が大勢いて尻込みをしてしまい、いざ、二人きりだと思えばバイト先から電話がかかって来る。食事に誘った時だってあった。その機会は記念すべき六回目のコロナの猛威によって潰れた。そもそも、彼女に惹かれたタイミングが悪すぎた。なにも、このくそ忙しい時期に惹かれなくてもいいじゃないか。もっと早くに彼女に惹かれていたかった。


 この感情が実ることが無いだろうというのは、わかりきっている。大丈夫、慣れたもんだ。元々孤独が好きな僕なのだから。最初から何も無かったのに瞬時の気の迷いのせいで、何かを得た気になっていただけ、なのだから。

 ただ、久しぶりに書いてみたくなった。小説を書く時には書きたくて書きたくて仕方が無くなってしまう。書き終わった後には達成感みたいなのがしばらくあって、読み返せば一気にそれは色褪せる。

また、こんなモノを書いて、時間の無駄だと思わないのか?

―わかってる。だけど、また書きたくなる時がきっと来るのを僕はわかっている。


両親に黙って友人と映画を観に行って芋焼酎のロックを飲んだ時間が申し訳ない、と思いつつ、またいつかこんな時間の使い方をしてみたいと、思っている時によく似ている。


 吞みながら書いたモノなんてたかが知れている、と言った忌野清志郎の言葉を僕は信じ、モノを書いている時に僕は決して呑まない。ただ、心配なのは大衆文学ではなく純文学と僕が思うモノを書いた時。

 僕が内情をぶちまけたモノを読む人が読むと、その人を傷つけてしまう。昔、そういうことがあったんだ。その人は僕に二度と書かないでと言い、悲しく傷ついた瞳で僕を見た。僕はその時初めて知った、文章で人を傷つけてしまうことがあるのだと。腕っぷしではもうとても勝てない弟にも、勝てる自信がある。ハンニバル・レクターやジョン・クレイマー、ジョン・ドゥ、マックス・キャディにはなれないにしてもね。

 そういえば僕が傷つけてしまった人がちょっと前に言っていた。

「なんで君は、もっと楽しめないの? 普通の人ならそういう感情を抱いた時にはもっとドキドキして、ソワソワして、楽しむはずなのに……」

 さあ、何でだろう? 僕は人間じゃないのかもね。何たって、惹かれた彼女に送ったメッセージの返信を待ちながらこんなモノを書いている僕なんだからさ。もちろん、加筆はある。

さて、会える時間は短い、明日はおだまきでも買っていこうか。

 ろくでなし、だよ、まったく……。


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