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呪いの赤いダイヤモンド1

華麗なる怪盗チックこと陽世子のお話です。

ここでのいちごはまだ幽霊になる前で、盛んに夜幾郎に『愛』を要求してきます。


 日曜日の朝だった。

 天界で言うところの安息日あんそくにちである。ああ、人間界でもそうだった。しかし、魔界では日曜日をそんな呼び方はしなかった。悪魔は基本、アンチ神様だから、神様が決めた『休みの日』なんてモノに従う者はいないのだ。日曜日に仕事を休む悪魔なんていない。悪魔は年中無休の二十四時間ONなのだ。

——とは言っても、悪魔だって疲れたりしたら休むけど……。


「ヤイクロ? ヤイクロは私の家が分かったら私をそこに返しちゃうの?」

 のんびり目に起きてきたいちごがカウチの上でとんび座りして髪の毛を梳かしながら僕に訊く。上げた両腕の下でふるふると揺れる、細い体にしては大ぶりなおっぱいを覆のはオフホワイトでゆるゆるのキャミソール。下は黒くてゆるくて薄手のレーヨンのショートパンツといった姿である。ひらひらした素材と、その下から伸びる色白で薄ピンクが差した脚が眩しい。

「ええ、まあ、その予定で動いてますけど——」

 PCで海外の人探しサイトを検索していた僕が答える。

「私、ヤイクロとずっと一緒にいたい」いちごはブラシを下ろし、両手を膝に置いて僕に真剣な目線を送る。その目線に籠もったいちごの想いをひしひしと感じる僕はいちごと目を合わせられなかった。

「いや、そう言っても——」人間界での禊の第一号が未完なままで、しかも長期戦を予想させる状態なのだ。それでは『けじめ』がつかないではないか。——やや意固地な面もある僕だった。

「私がヤイクロの役に立てば一緒にいる価値あるよね?」

 そう訴えるいちご。

「いや、世の中、役に立たないと一緒にいられないっていうこともないですけど」——あれ? これって、つまり一緒にいてもいいって言ってしまった? あまりよく考えずに反論モードに入ってると、こうなりがちである。僕はPCの作業をそこで切り上げた。

「でも、役に立てば大切にされるでしょう? 私、大切にされたいの。ヤイクロの大切な人になりたい」

「いちごのことは大切に思っていますよ」

 そう言いながら、本当にそうなのかちょっと考えてしまった。でも、あのおばはん事件では必死になっていちごを助けてしまったし——自分で自分が分らなくなっている元悪魔の僕だった。

「大切な人を悲しませちゃダメなんでしょ? 私、ヤイクロと離れ離れになると悲しいもん」

「いや、いくら悲しんでもそれがその人にとって本当によいことになるなら、悲しませることも必要になるんですよ」ドヤッ。こんなこと言えるって、なかなか大人の気分である。

「私にとって本当にイイことって、ヤイクロには分かるの?」

「グッ……」正論っぽいことを言ったら、もっと正論で返されてしまった。ドヤッた自分がちょっとハズカシイ。しかし、いちごは勝ち誇ったような素振りも全く見せずに、たたみこむように続ける。

「やっぱり、仕事だからなの? 仕事だから私を返しちゃうの?」

 なんか、いちごの言葉は心から出てくる言葉な気がする。それに比べて……

「いちごを家に返してあげることはとても大事な仕事でもあります。だから解決して完結することが大事なんです」薄っぺらだ。実は自分勝手な都合だし——僕は思った。

「仕事がそんなに大事なら、私、ヤイクロの仕事を手伝うよ。ジョシューになる」

——女囚? あ、助手——

「いちごの家を探す仕事も手伝ってくれるのですか?」——いちごがそれを嫌がっているのは分かっているが——。これはちょっと意地が悪かったか?

「私は他の仕事したいけど、ヤイクロはそれをしてもいいよ。それで私の家が見つかったらそのときに私を返すか返さないか考えて」

 うーむ。なかなかよいディールにも聞こえる——。僕にも次第にそう思えてきた。二人ですれば仕事の効率も上がるだろうし、そうすればより早く本のページも埋まって行くだろう。

 そしてこのいちごの天然な性格は実は天使にも通じるところがあるのだ。いちごで慣らしておけば天使になったときにまごつかずに済むかもしれないし——とか、

 ここまで言うとなんか、本当は単純に『欲しい』だけなのに『たられば』で正当っぽい理由を付けて、必要もない物を買う人間の気持ちが分かる気がする僕だった。例えて言うなら、天変地異のときに必要になるとか言って、ただ単に欲しかった高価な四輪駆動の車を買っちゃうみたいな——。いや、そうじゃない。これはそれとは違う。

 僕はそれ以上考えないことにした。


「ヤイクロの大事な仕事は私にも大事な仕事ってことになれば、二人で一緒に大事な仕事をするってことになるじゃん」よく聞くとなんか、わけが分らない理論だがその熱意は伝わってくる。

 僕は思い出した——この娘は愛されたいのだ。愛されるために役に立ちたいのだ。愛される為なら何でもすると言う、正真正銘、重度の『愛してちゃん』なのであった。


「——分かりました。いちごを僕の助手としましょう。契約書を用意します」

「ありがとう! ヤイクロ大好き!」

 いちごはカウチから飛び上がって大バンザイをしながら僕に駆け寄り、勢い良く抱きついた。


   ★


「ねえ、ヤイクロ? 私何かすることある?」よく朝『助手』のいちごが訊いてきた。

「えっと、そうですね……今のところ、特にないです」

 何か彼女にしてもらえることはないかと、周囲を見渡してみたが、なにも思いつかなかった。そのへんの雑用でも与えようとしてるのが丸わかりだった。しかし、雑用もなければ、それほど忙しいわけでもなかった。

「私、役に立ちたいの。それじゃ肩もんであげようか」

 髪の毛を横にかけあげて、顔の横で両手をモミモミポーズするいちご。ちょっと顔がいたずらっぽい。

「いえ、いいです。僕はくすぐったがりですから」

 僕のそっけない返事に一瞬、凹んだように首をすくめたが、すぐに顔が輝く、いちご。

「なにか物取ってくる?」

「犬ですか?」

「棒投げて」

「ダメですよ。そんなの。いちごは犬じゃありません」

「犬だって役に立つこといっぱいあるじゃん?」

 ——それって、自分を犬と比べているわけ?

「僕は犬が苦手なのです」

 そうなのだ。犬が苦手な悪魔は結構多い。隠れていても吠えられるのだ。

「犬っぽいのはダメなの? じゃあ、私がヤイクロのまくらになってあげる。まくらは苦手じゃないよね?」

「まくらは苦手じゃないけど、まだ眠くないですから」

「いつ眠くなるの?」

「あと十六時間ぐらいしたらでしょうか?」時計をチラ見して僕が言う。

「それまで私、何すればいいの?」口を尖らせて文句を言う。

「いやだから、まくらにならないでいいです」十六時間も待ってまくらになるつもりなのか? この娘は。

「ねえ、犬の他に苦手なモノってある?」

 僕の好みを消去法で探っているのだろうか? 本当は聖水とか、焼いた魚とか、苦手なものはあるのだが……。

「そうですね、昔は運動が苦手でしたが——」

「じゃあ、私、ヤイクロの代わりに運動してあげる」いちごは真剣な顔で言った。

「ベタなギャグですね。大丈夫ですよ。もう克服しましたから——」

「え? ギャグ? ちがうよ。運動が必要なときってあるじゃん?」どういうときのことを言っているのだろうか? 僕はちょっと真面目に考えてしまった。

「ヤイクロは嫌いな人いないの?」

 ナストの顔が思い浮かんだ僕だった。

「どうするんですか? そんなこと訊いて……」

「別に、どうも、しない——」棒読みだ——目線が泳いでいる。——どうも、しなく……なさそうである。


 『——ゼッタイニ ユルサナイ——』


 いちごの稲妻のような回し蹴りを思い出す。

 いや、悪魔のナストを蹴ろうとしても、いくらなんでも、それはむちゃだ。


「気になりますよ。そんなこと訊かれたら」いやマジで——ナストを怒らせたらどうなるのだろう? 想像がつかない——。

「私のこと嫌いじゃない? って気になったの」いちごの目が真剣である。いや、真剣を通り越しているかもしれない。——僕はまた心配になった。それでも「心配しないで大丈夫ですよ」いちごにはそう言う。言いながらうっかり目線をそらしてしまった僕。

「それって、嫌いじゃないってこと?」感情が上がっているのか、いちごの言葉に妙に力がこもっている。目をそらしたからかな?

「嫌いじゃありません」僕は今度は正面からいちごの目を見てそう断言した。もう、そうせざる負えなかった。

「それって、好きってこと?」いちごが近づいてくる。頬がうっすら紅潮して目が潤んでいる。

 まずいパターンである。僕はこのピンチをどう切り抜けるか、必死に考えたが思いつかなかった。


「どおん!」外で大きな爆発音がした。人々が騒ぐ声が遠くに聞こえる。

「え? ほら、今何か聞こえませんでしたか?」迫りくるいちごの注意を逸らそうとして僕が言う。いちごはしかし、その程度では止まらなかった。徐々に僕との距離を詰めていよいよ眼前にせまる。

――ヤられる―― 僕は気が動転した。


 そのとき、事務所の外の廊下をぱかぱかとピンヒールが激しく叩く音が近づいて来た。

「どさり!」事務所の扉に何かがぶつかる音がする。

「な、なんですか?」ぎょっとする僕。

「んもぉ――」僕にもう一歩だったいちごはそう言いながら拍子抜けした顔で立ち止まり、扉を振り返って首をかしげた。

――とりあえず難は逃れたようだ。しかし――

「がさごそ……」何かが弱々しく扉を引っ掻いている。

「だ、誰か来たんでしょうか?」僕はひるんでしまった。しかしいちごは緊張も何もなさそうにスタスタと玄関まで歩いて扉を開けた。いい所を邪魔されたので怒っているのだろうか?

「あ! カワイイ!」いちごが感嘆符つきで声をあげた。


 そこには真っ赤なミニドレスを着た赤毛の女が倒れていた。

いちごが見つけたその赤毛の女は名前を古四季陽世子こしきひよこと言った。

 陽世子ひよこの赤毛のその髪型は、いたずらっぽいオン眉の前髪にリップラインのフレンチボブ。髪が多いのか小さな顔との対比がそう見せるのか、その髪はやたらとボリュームがあって、くるりとカールした両頬にかかる横髪がおしゃれなアクセントになっていた。

 ファッションショーから抜け出したようなスタイルのフリフリのミニドレスをいちごは大いに気に入ってしまったようだ。


「この数日、偶然にも多くの出来事が私の命を脅かしている。『偶然』にもだ。聞いてほしい」


 その顔も声もファッションも、細身だが鍛えられた体も、おそろしくフェミニンなのに、彼女の話し方は男のようだった。


「まず初めは……そう、私はイイ気分で道を歩いていた。ちょっとした『やり遂げた感』に浸っていたのだ。天気も良かったしね。そのとき、よそ見した運転手のトラックが向こうから私に向かって突っ込んできた。たまたま、私のほうが先にトラックに気づいたからよかったもの、そうでなかったら私は跳ね飛ばされていただろう。そのトラックをギリギリ避けて命拾いしたと思いながらまた歩いていると、今度はビルの工事現場の上から鉄骨が降ってきたのだ。ギリギリ避けた。そう、またギリギリだった。鉄骨はアスファルトに深々と突き刺さった。あれを避けなければ私に深々と突き刺さっただろう。イイ気分が一気にイヤな気分に変わった。イヤな事が立て続けに起きれば誰だってそうなるだろう? その日は自分へのご褒美で新しいドレスを買いに行くつもりだったのだ。そう、靴も揃えようと思っていたのに、そんなお祝い気分が台無しだったのだ。

 私はそうそうに家に引き返した。その日はもう外には出たくなかった。家でリラックスしてたら、玄関のチャイムが鳴った。何か届け物だろうと思ってうかつにもそのままドアを開けたら、刃物を構えた知らない男が立っていた。私はとっさにそいつの股間を蹴り上げてドアを締めた。そいつはしばらくドアの外でのたうち回っていたようだが、やがてどこかに消えてくれた。

 私はふて寝を決めた。そんなときは寝るに限る。そうだろう? そうして翌日、私は気分を改めて街に様子を見に出かけた。今度は思い切り用心深くね——。欲しいドレスもあったし。ブティックへ行くのには地下鉄が便利だった。私は地下鉄の駅に続く階段を降り始めた。うしろから女子高生らしい女の子達がはしゃぐ声が聞こえた。可愛いもんだ。私にもそんな時代があったな。二年程昔の大昔だ——そんなことを思っていたら、その子達の明るい声が叫び声に変わった。振り向いて見れば急な階段を制服の女子校生が私めがけて転げ落ちてくるではないか。足を踏み外したらしい。私はとっさに階段の手すりの上で倒立さかだちした。女子高生は私の立っていた場所から数メートル下った所で止まった。周囲の者たちは目を丸くして私と女子高生を見ていた。私もその子も下着をまる見えにさらしていたのだ。悔しいやら恥ずかしいやら——。私はその女子高生を助け起こして先を急いだ。どうしても例のドレスが欲しくなったのだ。靴もね。時として、邪魔者や抵抗力は目的遂行の心を大いに燃え上がらせてくれるものだ。そうだろう? つまり、私の勝利はお目当てのドレスと靴をゲットして無事に家に帰り着くこととなったのだ。しかし、私の行く手を阻む不吉な偶然はそれで終わらなかった。車が衝突して電柱が私のほうに倒れてきたり、引っ越しで吊り下げたグランドピアノが私の上に落ちてきたり——ああ、もう! あまりにそんな偶然がたびかさなって、後は以下同文いかどーぶんでいい。何しろ、そんななのだ。それでも私は勝たなければならないのだ。助けてほしい。いや、助けろ」

 陽世子はそこまで言ってやっと息を吸った。おどろくべき肺活量だった。話を聞いていた僕は自分も呼吸を止めていたのに気がついて深々と息を吸った。


——かなり強めにクラっと来た。


 しかし、やたらと『偶然』を強調するな——僕は思った。


「さっきもここに来る途中で偶然、タンクローリーが突っ込んできたのだ」陽世子は話を追加して言った。

「偶然タンクローリーですか?」さっきの爆発音はそれだったのか——。そりゃ豪気なことだ。

「あれも危ないところだった」陽世子はいちごが持ってきたお茶の湯呑を持ち上げてクッと一口飲んだ。そしてからハッとした表情になって、いちごを見て言った。

「まさか、これに毒が入っているとか、ないだろうな?」

いちごはクスリと笑って言った。

「ないよ。そんなことしないよ。ひよこちゃん、カワイイし……」

「そうか、疑って悪かった。どうやらきみは私の味方のようだな」いちごの言葉をアッサリと受け入れる陽世子だった。

「ち、ちょっと待ってください! 『カワイイ』と言うのが、味方である確証になるのですか?」

「ふふふ、私の中ではそうなのだ。特に相手がこのならね」

 顔を見合わせて微笑み合ういちごと陽世子。

 なんか、もう心が通った風な二人だった。


 陽世子はよく喋った。ひよこのようにぴよぴよ喋り続けた。それも男言葉で——。


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