呪いの赤いダイヤモンド8
「悪魔でないとしたら、あなたは何なのですか?」あれだけの威力の仕事が可能なこの気弱そうなサラが悪魔じゃないと言うのなら、いったい何なのだろう? 本当は悪魔なのに自覚がないだけじゃないか?
「私は、私は……。私は、多分、幽霊です」サラは自信なさそうに言った。
「多分——幽霊?」
「私は死んでいるはずです。だからこうしてここに居る私は幽霊と思います」記憶をたどるように眉をよせたサラは、自分で確かめるような調子で言う。
「と言うことは、あなたは人間?」
「はい、私はイングリット王女の侍女でした」——世間ではダイヤに憑いた霊は王女の霊だと言われていたが、そうではなかったようだ。
それよりなにより、僕の知る限り、人間の幽霊にあんな強力な仕事ができるはずはなかった。——もしかしたら、サラは新種の幽霊か? だとしたら悪魔もビックリの大変な悪霊っぷりだ。
「私は小さな子供の頃から王女に遊び相手としてお仕えしていました。私は王女の一つ上の歳で、王女にはお姉さんの立場でお世話をするのが仕事でした」
「そのサラさんが今はこのダイヤに憑いているのはどのようなわけがあるのでしょうか?」
「このダイヤモンドは……このダイヤモンドには……」
「とても辛い思いがこもっているのです」ダイヤを見つめた悲しげな表情で、一人つぶやくサラ。遠い記憶をたどっているようだ。ダイヤが周囲に撒き散らす赤い光のかけらはサラの希薄な姿を貫いて、その向こうの壁にきらめいている。
「話してもらえませんか?」
「話したくありません」サラは目を伏せて下を向いた。嫌な思い出を蘇らせたくないのだろうか—— それでも話を聞き出さなければならない僕だった。
「それであんなに人を死なせてきたのですか?」いかに幽霊、いや悪霊であれ、もとは人間だ。少しは罪悪感が残っているのではないだろうか? そこを突っついてみる——。
「そうせずにはいられないのです」
「その衝動はどこから?」
「私の王女をあんな目に遭わせた人達に復讐をするためです」
「『私の王女』?」 私の、私の、私の、——僕は心の中で反芻した。重要なキーワードが得られた気がした僕だった。
「おかわいそうな王女のために復讐をしたいのです。根絶やしにしてやるのです。あの一族を」
いままでのサラの気弱そうな顔が怒りの表情に変わった。——結構、コワイ——。
「一人として生き残らせませんわ」サラが心の彼方に追いやっていた怒りの記憶がまさにマグマのように地表に吹き出してきた瞬間だ。
どうやらサラの誰かれかまわない無差別な復讐も、もともとはどこかの一族が標的だったようだ。
「王女はどんな目に遭わされたのですか?」僕がサラに訊く。
「王女は優しくて美しくて、本当に天使のようなお方でした」サラの怒りの表情は悲しそうな表情と混ざりあった。なんと言うか、日本の般若のお面っぽい。やっぱり結構、コワイ。
「——天使ですか——」チクリと嫉妬の感情が僕の心を突っつく。そして肝心な『どんな酷い目にあったのか』と言う部分をはぐらかされた。もともと幽霊は理知的ではないし、感情がその存在の柱なのでこうなっても仕方がないのだが——。
それでも、こっちがあまりシツコク一点に食いつくとへそを曲げたり、逃げられたりするので扱いが難しい。
「そうですか——そんな酷いことを——一体、誰がそんな酷いことをしたのですか」僕はちょっとトリックを使った。
サラはまだ王女が何をされたか口にしていないので僕には内容不明だが、彼女の記憶にはその酷いことの内容がすでにあるのだ。僕がそれを『酷いこと』だと同調しているような錯覚を起こせばサラは心を開くと踏んだ僕だった。なにせ、相手は幽霊である。良くも悪くも同調すれば関わりは深まる。うまく促して、話の順番はどうあれ、気分を乗せて話させれば全体で何が起きたのか、何が肝なのか分かってくるものだ。『何をされたか?』がダメなら、『誰がやったか?』でどうだ?