1話
初夏の風が爽やかな若葉や花々の香りを運ぶ。
王都シルバーウォールに一番華やかな時期が巡ってきた。
その名の通り、王都の陽を浴びた姿はまるで銀色に輝く美しい城塞都市。外観からもその荘厳さと壮大さは圧巻だ。見方によれば殺風景にも見える城塞の中に入れば、目を見張るものが溢れている。食、芸術、服飾、経済、軍事力…。多方面でこの国は力を注ぐことを惜しまなかった。小国を束ねる大国故、威厳を保つ意味でも遅れを取るわけにはいかない。
今日シルバーウォールではカネル憲兵団の入団式に合わせ、パレードが行われる。毎年恒例の行事に王都の住人達は心躍らせていた。
王家不在の中、10年前に新しくカネル憲兵団が編成された。その理由は、小国連合が反乱を起こした事から始まった。王家の人間、血縁者と臣下達が捕らえられ、次々に処刑された。大国軍は反乱鎮圧に成功したが、唯一処刑されていない姫君が一人行方不明のままとなり、玉座に座る者は不在となった。王家を支持してきた神官と貴族達は姫君の帰りを信じて彼女のために玉座を残した。玉座の監視に併せ帰還した後も姫君を守護するべく、彼女のためだけの憲兵団が結成された。姫君に相応しくあるべき憲兵団という意味を込め、彼女の名を取り『カネル憲兵団』と名付けられた。
憲兵団の入団条件は非常に厳しく、騎士にとって花形の職業であり、憲兵団への所属は大変栄誉あることでもある。
条件の一つに、団員は皆良い顔立ちと壮健な体躯が備わってなければならないというものがある。見た目が美しい人を集めて、どこの国にも劣らない王家の華麗さを強調するという狙いがあるのだ。
そういったことから、王都の女達は年一回の憲兵団のパレードを見物しては、自分好みの騎士がいれば言い寄っていく機会を得ようとするのだ。
新人団員は全員参加となっており、先頭と最後尾につく団員は前年に大きな働きをした人物が2人ずつ選ばれる。
この年のパレード先頭者の1人にクロードが選ばれた。
日が登る前に起床し、顔をエルダーフラワー水で清め、長い髪を梳かす。陽の光が絹糸となったかのように輝くゴールドヘアが、するすると指通りが滑らかだ。ほとんど髭の無いきめ細かい肌は、白粉を薄く伸ばし整える。血色を与えるために唇に軽く引いた紅が、優しい薔薇色となった。
身支度を終えると、宮殿へと馬を走らせた。モノトーンに金で統一された憲兵団の制服が、馬に跨がるクロードを逞しい青年騎士へと変貌させていた。
待機場所となっている宮殿の一角に着くと、共に先頭者となった同期のジャンが、手を振りながら歩み寄ってきた。アメジストの輝きを思わせる眼には高揚した感情が伺えた。
「いよいよだな、クロード。」
「ああ。昨夜は緊張であまり眠れなかったよ。」
「俺はこの上ない歓びで目が冴えっぱなしだったぞ。我がジョンブル家に名誉を授ける重要な行事に参加させて頂けるなんて、想像もしなかったからな。」
「その通りだね。気の引き締まる思いだよ。」
控室に誘導され、そこで制服に付ける飾り、軍帽とマントが支給された。クロードとジャンは互いの服装と頭髪の乱れが無いか確認した。しばらく待機していると、憲兵大隊長が控室にやってきた。団員達は皆直立不動となって大隊長に視線を集中させた。新人達の方が顔が強張っていたが、大隊長はほのかに目を細め彼らを安心させようとした。
「シルバーウォールの民に、新たに歴史を刻む人材を披露する日がこの年にも巡ってきた。もう馬の手配は完了している。私について参れ。」
淡々とそれだけ言うと、大隊長は外に出るようにと首の仕草で促した。それに従って団員達は列を成して退室した。
クロードは大隊長と目が合うと、大隊長はさり気なく彼の肩を軽く叩き「力を抜いて良い」と囁いた。クロードは目で頷き、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「大隊長はお前を誇りに思ってるよ。親子でパレード参加はめったに無いかもしれないからな。」
ジャンは自分のことのように喜んでそう言った。
「有難う。君の言葉を励みにこれからより一層頑張るよ。」
紅潮する頬を誤魔化そうと、言いながらクロードは憲兵仕様の軍帽を被った。