プロローグ
兵士達の足音が慌ただしい。
捜索が思うように運ばず、二週間もまともに休んでいないと疲労が蓄積するのは当然だ。数名の指揮官や王族関係者の間では、行方不明者の捜索を打ち切るか否か毎日議論がされている。これ以上人人員と時間を無駄に使ってまでたった一人の人間を見つけ出すことに、意味を見い出せないという声が出始めていた。
「お前らの任務の結果報告は聞き飽きた!いつになれば連れてこれるんだ?」
上司の机を叩く音にデニスは肩をびくつかせた。
「お言葉ですが、懸命に捜索しても手掛かりが無い上に状況も今後変わる見込みはありません。兵士達も限界に達しておりますから、もうこの任務は早く打ち切った方が賢明かと…」
「役立たずが偉そうに何を言う!?手掛かりが無いのはお前らの怠慢だ!探してるのは子供一人だけだろう?さっさと現場に戻りやがれ!」
会議室から弾き出され、背後で扉が大きく音をたててぴしゃりと閉じられた。
デニスは小声で悪態をついた。破壊衝動に駆られそうになったが、他の軍人が回廊を往来していたので、代わりに溜息を吐いてその場を離れた。
大国を統べ、他国支配を長く行ってきた一族が小国連合の反乱により捕らえられた。その王族と血縁者、重臣達は次々に捕らえられて処刑された。その後すぐに残った大国側の軍勢が力を盛り返し、反乱軍の鎮圧に成功した。
捕らえられていない姫君が一人未だ発見されていないことが分かった。大国再建のため彼女の存在が不可欠だが、必死の捜索も虚しく、貴族達の努力が報われる気配が一向にない。
「一層のこと王政復権せずに新たな政権を築けば良いものを…。」
上の者達の思惑を理解できずにいるデニスは、自室でぼそぼそと独り言を吐いた。上司に激しく叱責された後、捜索任務から自ら離れ、今は邸の自室に籠もっていた。
乱暴に注いだワインが一気に喉に流し込まれた。
「私は信心深くない。小娘一人が何だと言う?迷って飢えてとっくに死んでるはずだ。」
部屋の扉の僅かな隙間から、少年が父親のやさぐれた様子を見ていた。
淀んだ顔で不味そうにワインを注いでは飲み干すの繰り返し。
少年は用事を忘れたことにして、デニスを一人にするべきだと考えた。父親のあのような姿を目にするのは初めてだった。あの独り言も、聞こえなかったことにしたかった。
聞いてはならないことだったのだと、少年にはよく分かっていたからだ。