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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(後編)⑦

 ある当番の日の朝、羽生は集合時刻までマスタードと倉庫の外で時間を潰していた。これはすでに習慣になっていた。朝起きると、窓の外から散歩しているマスタードが見えるので、なんとなく早く出てきてしまうのだ。

 巡回している二体のフィデス3と行き会ったので、声をかける。「おはよう、342、343。しっかり警備しろよ」

 フィデスたちは頭を回して羽生とマスタードを見たが、特に応答せず仕事に戻った。

「……違ったか?」

「違いません」とマスタード。「ネッド班長以外に個体を判別できる方がいるとは思いませんでした」

「毎日見てりゃわかるよ。頭に小さい傷があるのが342、左手を振る時ちょっと軋む音がするのが343」羽生は遠くにいるフィデス3たちを順番に指さした。「門のそばにいるのは351、今角を曲がってったのは348だ」

「すべて正解です」

 そのとき、「だれか!」と大声で叫ぶ声が聞こえた。


 ふたりが声のする方へ駆けつけると、第四倉庫の前でコック長が立ち尽くしていた。羽生たちを見ると、「やられたよ」と言って倉庫の中を指さした。

 第四倉庫は食糧庫だった。火星作の穀物が詰まった袋が、いくつか破られて、中身が床にばらまかれている。

「マスタード、ファッジを呼んで来てくれ。至急の用件だと言え」

「了解しました」

 マスタードが行ってしまうと、コック長は肩を落とした。「とうとううちもやられちまうとは。被害は……小麦粉、大豆……菜種油もか。ちくしょう。指令が怒り狂うかもな」

 羽生は倉庫内を見回した。「どこから入ったんだ?」

「わからん。来たとき入り口は開いてた」コック長は自信がなさそうだ。「ドアを閉め忘れてたか……」

「柵もあるのに」

「どこかに隙間があるのかもしれん。ああ、くそ、火星人め」

 ファッジはその日の当番員の半分を割いて、侵入ルートの特定にあたった。柵の一部に電流が流れていないことが発覚した。フィデス3の記録には侵入者は映っておらず、巡回ルートの見直しが行われた。電気柵の不具合はネッドが修理した。





 厨房からの手伝い要請に応じた非番の兵士たちは、豆のさやをむきながら駄弁に興じていた。こういうときに協力をすると、コックたちの態度が良くなる――具体的には、「なにかメニューのリクエストはあるか?」とか、「もうちょっとおかわりしていいですよ」などと言ってくれることを、これまでの生活で学んでいた。


「コック長が今日いないの、例の件だろ?」フィギーが水を向けた。

「第六基地と情報交換するらしいぜ」顔の広いクリスが手持ちの情報を明かした。

「また近いうちに大規模作戦をやんのかね」ヘンリーが自分の考えを述べる。

 羽生は豆の新しいひと山に手を付けた。

「コック長、めずらしく意気消沈してたな」とフィギー。

「鍵のひとつやふたつ、うっかりかけ忘れることあるだろ」とクリス。「まわりに柵があるんだし。おれなら面倒になっちゃって、あえてかけないかも」

「被害が出た以上は、今後管理も厳しくなるだろうね」マクルーダが薄皮を払いながら言った。「コンスタンティノープルだって、鍵のかけ忘れで陥落したんだしさ」

「陥落しちゃったのか。鍵かけるの忘れたやつ、すごくつらいだろうな」

「おれたちの食糧庫は陥落しないでほしい」

「その対策会議に行ってるわけか」


 話題を変えようという試みがいくつか行われた。

「おれさ」フィギーが言った。「ジェラルド先生とクレア先生はデキてると思う」

「ほう」クリスが目を丸くした。「して、ガブリエリ軍曹、その根拠は?」

「毎日話してる」

「おいおいおい」何人かが声を上げた。「待て待て待て、その理屈だとおれたちはみんな……?」

「アホどもめ! 地球と火星の距離だぜ? 超超超遠距離だよ。家族とだって毎日電話するか? 七万キロの距離をクレア先生がロマンチックだって思う可能性は十分ある」

「ふたりは日勤だし、仕事上どうしたってそうなるのでは」

 マクルーダの冷静な意見に、「いや、あれは互いに好意があるね」とフィギーは言い切ってみせた。「ふたりが休み時間にトークしてるとこ見たことある? かなりいい雰囲気だ。羽生、見たことない?」

「どうだったかな」羽生は医務室の様子を思い出しつつ答えた。「アルスに訊いてみればいいんじゃないか?」


 羽生にとって思いもよらなかったが、笑いの渦が巻き起こった。

「なるほど、確かに?」フィギーは目尻の涙を拭った。「言ってみりゃ、アルスも同僚みたいなもんだしね?」

「やっこさんなら、こ、恋の病の診察もできるかもなァ」ヘンリーの語尾がやや震える。

「『ヘイ、アルス! 最近胸が苦しいの。この気持ちはなぁに?』」

「『恋愛感情でございます。対症療法・愛の言葉を実行してください』」

 ふたりが哄笑し、テーブルの振動で豆の殻がいくつか落ちた。

「だとすると、アルスに訊いても医者の守秘義務で答えられないだろう」クリスがまじめくさって言った。「ここは我らが通信指令殿に探りを入れるしかないのでは?」

 ちょうどそのとき、入り口にファッジが現れたので、一同はどよめいた。

「だれか、手が空いてるか?」

「どうした?」

「またポストが一本派手にぶっ倒れた。修繕に行けるやついる?」

「あ、おれ行きますよ」クリスが席を立った。

「クリス、この前も行っただろ? ロスにでもやらせとけって」

「いいのいいの」椅子の背から上着を取ると、クリスはニッと笑った。「働いた分だけ、ビールがうまくなるってもんだ!」


 クリスは帰ってこなかった。


 捜索が続いた。三ソル後、とあるポイントで、岩の上におびただしい量の血痕が見つかった。鑑定でクリス・ピーターソンのものと判明した。

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