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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(後編)⑥

「日本ってさあ」とクリスが訊いてきたのは、仕掛けた罠の見回りの時だった。「マジで神が八百万人もいるの?」

 羽生は成果のない罠のそばから立ち上がりつつ言った。「いるんじゃねえかな」


 次の罠へ移動する。移動は徒歩だ。少し先では、マスタードが周囲を警戒している。

「やべえな。NYCCの人口くらいいるじゃねえか。お祈りするときはどうすんの? 自分でこの神に頼むって決めた神がいるの?」

「それは時と場合による。受験の時は勉強の神様にお参りする、とか」

「へえ。勉強の神様」

「でも、普段想っている神はもっと概念的なものだ。なんというか……神様っていう大まかなくくり……に対して祈ってる、かな」

「へええ」

「日本人にとって、神様って天上にいるだけじゃなくて、そこらへんにもいる感じなんだよ」“そこらへん”で羽生は火星の地面を指した。

「火星にもいる?」

「いるだろうな」

「おお……」クリスは見えない神を探すかのように、目を凝らしてそのあたりを見た。「いるのか」

「自分でも、この感覚ってなんなんだろうと思う。もうアメリカの方が長いんだけどな」

「というと、日本で暮らしてた時期がある?」

「九歳まで日本にいたよ」

「宗教観って子供のうちに決まっちゃうのかもな。“ヒョウのヒョウ柄は変わらない”、と」

 次の箱罠も空だった。古くなった餌を新しいものに替え、次の場所へ向かう。

「サムと指令がこの前教えてくれた日本のアニメあるじゃん」

「観たのか」

「うん」


 とクリスが言うのは、羽生とファッジが学生の頃に見ていた日本の人気アニメだ。世界の危機に、神々を呼び出して助力を乞う神官の物語である。主人公はギリシャ神話や北欧神話の神々を味方にして天変地異に立ち向かう。原点は携帯ゲーム機のソフトだが、後々カードゲームやアニメに展開した。見たのはおそらくアニメ劇場版だろう。

「あれ観たら、ほんとに神に対するスタンスが全然違うんだなって、しみじみ思ったよ」

「ハワイだって多神教だろ?」

「おれの家だって移民だからなあ」クリスはふと、遠くの山嶺へ目を向けた。「つくづく、人間って分断されてるな。国境とか宗教だけじゃなくて、もっと小さな、考え方ひとつ取っても」

「真面目だなあ」

「変な感想だった?」

「新鮮ではあるな。おれたちの世代で知らないの、だいぶめずらしいぞ」

「そんなに流行ってた?」

「アニメもゲームもカードも大ブームだった。少なくともおれの周りでは。対戦が強いと人気者になれたもんだ」

 ヘルメットの奥でクリスがニヤッとした。「人気者だったのか?」

「そうでもない。負けるのもしょっちゅうだった。でもおれはファッジより強い」

 笑ってから、クリスは続けた。「ともかく、あれを観て育ったから、サムは神話が好きなんだ?」

「まあ、そうだな。ハワイの子供はなにで遊ぶんだよ?」

「どうだろう、おれは毎日海に行ってた」

 幼いクリスが放課後ビーチに直行する様は、容易に想像できる気がした。「だから海兵隊に入ったのか?」

「泳ぎには自信あったしな。ま、ろくに水もないようなところに来ちゃったけどさ」


 次に回った罠には痕跡があった。トラバサミが作動している。あたりの地面には暴れまわったような模様がついており、肉片と乾いた血の跡が見つかった。

 前足かな、とクリスが意見する。羽生は報告用にそれらの様子を写真に撮った。

 周辺を探索すると、だいぶ薄くなっているが足跡らしきものがあった。少し先には血痕のついた岩がある。たどっていくと、棚のような大きな石の陰で、息絶えている火星人を発見した。小さい個体だ。右前足の先がない。

「死んでる?」

「ああ」

「無駄に苦しませたな」クリスはつぶやいた。「悪いことをした」

 動かない火星人の横にしゃがみ、クリスは小さく十字を切る。羽生も少しのあいだ手を合わせた。

「火星の神様はさ」クリスはそのままの姿勢で言った。「ここまでやって来た人間おれたちをどう思ってるかな?」

「さあな。ある神は怒るかもしれないけど、ある神は喜ぶかもしれない……ヒトがすることなんか、どうでもいいかも」

「神それぞれってこと? ふうん……」


 マスタードが突然反応した。「ちょっと失礼」と言いおくと、サッと飛び出して行って、通りかかった火星人に蹴りを食らわせた。地面に沈む火星人の喉にナイフの刃を叩きこむ。

 火星人の痙攣を見ながらクリスはこぼした。「急に動くからびっくりするなあ」

 羽生は教えてやった。「ひとこと断るようになっただけましだぞ」

「マジかあ……。そういえば、だいぶ流暢にしゃべるようになったよなあ」

「毎日いろんなことを覚えてる」

「第七基地映画同好会の成果かな」クリスは言うと、バックパックに手を伸ばした。「罠の成果じゃないけど、あいつも研究室に持っていこう」

「ああ」 

 二枚目の死骸袋を広げるクリスを尻目に、羽生は戻ってきたマスタードに話しかけた。「足の調子は?」

「問題ありません。ところで、先ほどの話ですが」

「うん?」

「あなたがたの言う、『神様』とはなんですか?」

「難しい質問するなあ」と言ったものの、クリスは面倒がりもせずに答えた。「おれにとっては心のよすがだな。祈りの行く先、行動の指針……うん。そういう感じ」


 ――それは、もしかすると、マスタードたちにとっての「機能」みたいなものではないだろうか。

 そうは思ったものの、羽生は言わなかった。

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