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第2話 火星から来た男④

 夜中の宇宙生物研究所で、所長のメルバと助手のチョコレートミントは極秘の会議兼お菓子パーティーを開催していた。メルバ研究所ではよく行われているイベントのひとつだったが、新事務所ではこれが初開催であったので、チョコレートミントはとっておきのお菓子をいくつか用意していた。


「どう思う?」

「なんとも言えないな」メルバはゼリービーンズのびんに手を突っ込み、片手で持てるだけつかみだした。「まだネコをかぶってる可能性もあるし。長期的なスパイ活動を命じられているかもしれない。そしたら、まずぼくらの信頼を得る方向で動くだろ」

 チョコレートミントは当然のように手を差し出した。「そうじゃなくて、彼個人についてはどう思うの?」

 いやそうな顔をしながらもゼリービーンズを半分ばらばらと渡してやり、残りをほおばりながら、メルバはしばし意見をまとめるために沈黙した。


「……いけ好かないやつ」

「あらら」

「えらそうでさ。体育会系ってああだからいやだ」

「あたしはそんなに悪くない人だと思うけどなあ」チョコレートミントがのんきにそう言うのも無理はない、彼女はハニーから彼の根幹にかかる部分の本音を引き出しているからだ。ほかならない彼女自身が、それを自覚していなかった。


「ネルガル・ディフェンス・サービスは火星で物騒なことに関わっているらしいじゃないか」メルバは低い声で言った。「見ただろ? あいつはたぶんその気になればぼくらをブルーボトル片手に殺せるぞ」

「その気になればね。その気になるまでは味方でいてもらおうよ」

「お人よしなんだよ、きみは」

「ボス、人を採用したのってあたしが初めて?」

「え?」

「あたしは前にピザ屋でバイトリーダーをしてた時、採用面接もやったんだけどね」ミントは手の中のゼリービーンズを色ごとに分けながら言った。「店長が言うには、「この人と一緒に働きたいな』と思った人を雇うんだって。学歴とか資格とかで見るより、そうするとだいたいはうまくいくんだって」

「………」

「さて、あの人と同僚になるのはだーれだ」チョコレートミントは黄色、緑色、青色と次々にビーンズを口に放り込んだ。「このミントちゃんでしょ? ……大丈夫だって、あの人は案外単純な人だよ。わかる」


 メルバは目を細めた。「きみなにか隠してるな」

「えっ?」

「ぼくの知らない情報を持ってるだろ」

「さあね?」

「ごまかし方がへたくそだな」

「いやいや全然、そんなことないないない」

「もういいよ」メルバはポテトチップスの袋を開けた。何枚かが勢いで飛び散る。「大変なのはぼくじゃなくてきみだもんね。なにかあっても知らないよ」

「ありがと」チョコレートミントはにっこりして指先をちゅっとなめた。「そういえばさあ、ボスは大学の同級生と連絡取ったりしてんの?」

「え? なんでぼくがあいつらと自分から関わりを持たなきゃいけないの?」

「んー、なんとなく聞いてみただけ」言いつくろいながら、チョコレートミントはこっそりため息をついた。――先は長そうだね。





 ちょうどそのころ、ハニーはチェルシーのホテルに部屋を取り、アーモンドファッジと電話をしていた。

「うまく就職できたか?」

「なんとかな」

「だれでも連絡先を七人たどれば、大統領にたどり着く。おまえは最低三人で王手だぞ」

「簡単に言うよな」

「ガキひとりさっさと丸め込めよ」

「あんたのせいでこじれてるんだが」

「本当はマサムネには殺し屋になってほしいんだけどな」

「それは方便じゃなくて?」

「ほんとだよ。おれの手駒が足りなくて困ってる」アーモンドファッジの言葉選びに悪気はない。「そりゃエイリアン殺しはおまえの天職だけどさ」


 言われてみれば、結局前と同じようなことをするはめに陥っていることに気づき、いったいどうしてここに落ち着いてしまうのかとハニーは首をひねった。「天職とまでは言わねえけど」

「いやあ、天職さ。才能じゃなくてなんなんだ? 火星人をはじからぶっ殺す片手間、おまえはアンドロイドと睦言を交わしていた」

「てめえ、言い方ってもんがあるだろ」


 ひとしきり笑ってから、アーモンドファッジはふとまじめな声になった。

「本当にあのアンドロイドが大事なんだな」

「大事だね」ハニーは答えながらも訝った。「なんだ今さら」

「いや、ね、あんまり思いつめるなよ、と言いたい」

「は?」

「あれから一年経つんだぞ」

 ハニーはふーっと長く息を吐き出した。「そうだな」

「傷も癒えただろ」

「ああ」

「新しい足もある」

「うん」

「だからな、もし」

「わかったよ」ハニーは相手をそっと突き放した。「ありがとう」


 相手が不承不承電話を切るのを確認して、携帯をサイドテーブルの上に放った。ファッジは変なやつだな、と何十回目かもわからないことを思う。技術者探しに手を差し伸べるようなことをするかと思えば、さっきのように心配と忠告をミックスしたセリフを吐いたりもする。本当に変な男だ。それでも学生のときから交友が続いているのはファッジだけだし、今は彼の投げた細い糸が唯一の光明なのだ。


 友人関係に相互理解は必要ない。

 だが、現に、そのせいで、非常に困っている。


 ケートエレクトロニクスは小さな会社で、マスタードは出会った当時で十年物のアンドロイドで、そして、たいていの故障は自力で直していた。製造元のサポートのないまま、さまざまな部品の生産が終わりゆく中、マスタードは工場倒産からの七年間を生き延びてきたのだ。

 足が見つかったとき、どんなに驚いたか。


 マスタードがジャンクパーツのオークションでやっと脚部パーツを手に入れたのは知っていた。貨物輸送船でほかの物資と一緒に運ばれてきて、その日のうちに付け替えたのも見ていた。今ハニーが着けているのは古い方の足だ。マスタードは取り替える前の足をまるまる保管していたのだ。生産終了機の知恵と賢明さをもってして。


 絶対に無駄になどしない。ロケットの鎖に触れて誓う。中に、極小のメモリーチップが入っている。友人の残骸から奇跡的に見つかった、最後の希望。おまえの賢い頭脳を納める器を、完璧に用意してみせるから。


 ファッジが「もし」の先を言うのを止めたのは、今の幸運に水を差したくなかったからだ。金を得る手段が見つかり、技術者の伝手も手に入れられそうだ。協力者もいる……ちょっと頼りないが、彼女は信頼してもいい気がする。ああ、まただ、と頭をがしがしとかいた。なんで根拠もなくあの小娘を、とチョコレートミントの顔を思い浮かべて、少ししてから腑に落ちた。

 ――そういえば、おれには前にも決して眠らない知り合いがいたんだった。


 ひざにキスをして、今日もお疲れさまと言う。それから足を外しにかかった。明日から忙しくなりそうだ。



(第2話 おわり)

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