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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(前編)⑩

 ヘルメットをひっつかむ。MSの姿が見えない。が、開かなかったはずの丸窓の扉が開いている。「あの野郎」

 ばん、と外から壁を叩く音がした。二回、三回と続く。異常な事態を感じ取り、羽生はドアの向こうへ駆け込んだ。廊下が奥へ伸びているが、その手前に階段がある。二階には、一階と同じように大きな部屋がひとつと小さな部屋がいくつかあるようだったが、MSの声はさらに上階から聞こえてきた。「こちらです」

「なに勝手に動いてんだよ!」

「緊急事態です」


 扉は開いていた。そこは屋上だった。まだ夜中だ。小降りになった雨粒が顔に降りかかり、羽生は急いでヘルメットを装着した。暗闇の中、MSのパーツが何か所かぼんやり光っている。光源はそれと、自分の持つライトだけだ。しかし、調査拠点の周りをなにかがうごめいているのはわかった。

 おびただしい数の火星人が、建物を取り囲んでいた。暗闇で見えにくいが、四、五十匹はいるだろうか。羽生が見た中で最大の群れだ。うろうろと動き回ったり、壁をひっかいたりと、気が立っているように見える。さっきの大きな音は、火星人が扉にぶつかった音だったのだ。

「なんでこんなに集まってる?」

「軍曹を食べようとしているものかと」

「そうか?」羽生は反論した。「おまえがさっきそのへんで連中の仲間を殺してきたからじゃないのか?」

「その可能性も否定はできません」MSは認めた。「火星人が、情緒的な生き物で、かつ追跡能力が高ければ、そうですね」

 火星人が別の個体の上に乗り上げて、前足を柵に伸ばしている。懐中電灯を向けると、目と牙と唾液がてらてらと反射した。明かりに興奮する様子で、そいつが引きつったような鳴き声を上げると、他の個体が呼応し、あたりはにわかに騒がしくなった。

「こういうの見たことある」羽生はこぼした。「まるでゾンビ映画だな」

「ゾンビ映画とは?」とMS。

「まずゾンビってのは……」壁をよじのぼってきた一匹が、今にも柵を乗り越えそうだ。「……あとで説明する」

「はい」

 羽生は拳銃でそいつを撃ち殺した。MSが当然のようにまたライフルを持っているのを、目の端で確認した。

「柵を越えたやつから撃て。おれは反対側を見張る」

「軍曹は室内にお戻りください」

「はあ?」

「中の方が安全です」

 MSが放った弾で、手すりにかじりついていた一匹が落ちた。

「だったらなんで呼んだんだよ?」

「簡潔な状況報告のためです。退避を」

「バカ、おれでもわかる、バラけたら死ぬぞ。一体じゃ、視界の外から来るやつに対処できない。だいたい室内に戻っても、ドアを突破されたらおしまいだろ」

「バリケードの設置を提案します」

「ここ、動かせる家具がなんにもねえだろ!」

 火星人が前足だけ残して吹き飛ぶ。暗闇に銃声が吸い込まれていく。

「一階の個室にそれぞれ一脚ずついすがあります。二階多目的室にも動かせる棚がありました」

「じゃあおまえが下りて作ってこいよ。ここはおれが持つ」

「軍曹が『視界の外から来るやつに対処できな』くなるのでは? それに、わたしは観測手です。狙撃手を守ることが任務です」

 柵の下へ手榴弾を投げると、爆炎であたりがぱあっと明るく照らし出された。「でもおまえ、『無事に基地へ帰りたい』んだろ?」

「はい、軍曹」


 躊躇も遠慮もない、それはある意味ではとても人間的な言葉だった。MSの自我の在り処を明確に感じさせると同時に、羽生が保留にしていたひとつの結論を導き出させた。こいつはカルミアとは違う。

「提案がある」

「なんでしょうか」

「入口を突破される前に、今ここで、ふたりで全員ぶっ殺す」

 弾倉を交換し、MS-T4400は同意した。「全面的に賛成です」





 戦闘は三十分ほどで終了し、その二十分後に雨が上がった。焚き火を作って火が着くまでに四十分、捜索隊が姿を現したのはその約八時間後のことだった。崖の上に何人かのシルエットが見える。その中のひとつ、クリスだろう大柄な人影が手を振っている。

 羽生は腰を上げた。隣には、燃える火星人の死骸の山がある。着火にかなり時間がかかったが、今ではもくもくと煙が立ち上り、夜明けの空に一筋の線を描いていた。毛と肉の焼ける匂いが、新品の活動服に染み込んでいるのがわかる。


 火の向こうから、MSが話しかけてきた。「軍曹は、わたしに自我があることを、どこで知ったのですか?」

「さっきだ」羽生は言い直した。「崖から落ちた直後」

「その時の会話の時点ではすでに知っていたように思えるのですが」

「ああ……。あやしいとは思ってたな」

「わたしはあやしい挙動をしているのでしょうか」

 なるほどそれが本題か、と羽生は思った。カルミア・インシデントを気にしているのは、きっと人間だけではないのだろう。

「あのなあ。世界のどこに、散歩する戦闘支援アンドロイドがいるんだよ」

「どういう意味ですか?」

「おまえが哨戒って言い張ってたあれ、散歩だろ」羽生は続けて言った。「ただ単に、基地の周りを散歩してただけなんだろ?」

 なにより、あの朝は、自分も同じことをするつもりだったのだ。旅先で、朝食の前にひと歩きするような感覚で。基地の周りくらいならいいだろう――なにしろ、せっかく火星に来たのだから。先を越されるとは思わなかったが。

「わたしは……」妙な間をおいて、MSは答えた。「『任務外哨戒』と称していました。散歩、というのですか」

「あれ、あの時、地面に何を見つけたんだ?」

 MSは振り向いた。シルヴィア谷にも朝の光が差してきていた。「火星アリの巣です」

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