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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(前編)⑧

 気絶していたのだろう。羽生が気づいたときには、あたりがやけに暗くなっていた。体を動かそうとしてみる。うまくできなかったが、それはどうやら、自分がバギーの下敷きになっているからだ。ぱた、ぱた、と小さな音がするが、バギーに雨粒が当たっている音のようだ。左手首が特に痛む。

 悪天候の中、野外で、身動きが取れない。瞬時に頭の中でチャートが組みあがる。火星の夜、および嵐、しからば遭難、そして死ぬ。

 左の手をどうにか動かし、袖に付いた端末を見る。すこぶる反応が悪いが、活動服に軽度のエラー表示が出ている。ヘルメットにヒビが入ったようだ。死んだ火星人に悪態をつきながら、画面の光で通信機を探そうとしたが、目の届く範囲には見つからなかった。帰還前に連絡を入れたから、基地はどこかの時点でおれが帰って来ないのに気づくはずだ。捜索隊が来るまで持ちこたえられるか? ここから基地まで優に二百キロはある。


 少し離れたところから、ざくりと地面を踏む足音がした。すわ火星人かと羽生は身をこわばらせたが、二本足の足音だとすぐに気づいた。MS-T4400に違いない。

 MS、と呼んでみるとすぐに返事があり、足音が近づいてくる。「はい、軍曹」

「無事か?」

 やや間があった。「損傷ありません」

「よし。おまえ、バギーを持ち上げられるか? ゆっくりだぞ」

 ちょうど目の前で、アンドロイドの指が車の端にかけられた。きしみながら持ち上がるバギーの下から、羽生はなんとか這い出した。「助かった、MS……」と顔を上げる。

 雨と埃と火星人の血にまみれたMS-T4400が立っていた。

 思わず凍りついた羽生の頭上で、すっと右足を上げた。

 よせ、と言うか言わないかのうちに、羽生の顔から数歩も行かない地面へ踵が叩きつけられる。

「いわゆる“火星ムカデ”です」アンドロイドが足を戻して言った。「毒があります。致死性ではありませんが、噛まれると数日は痛みを伴う腫れが引きません」

 ムカデの死骸を見とめ、羽生は詰めていた息を吐きだした。一瞬なにを考えてしまったのか。“カルミア事件”よりは、ファッジが妙な声色で言った“排除シマス”の方が近い。「ああ……ありがとう」

「もう少し身の回りに注意してください」

「なんなんだよおまえは……」

「わたしはケートエレクトロニクス社製歩兵型アンドロイドMS-T4400、シリアルナンバーは……」

「もういい! わかった」羽生はあちこち痛む体を起こし、やっとのことで近くの岩に寄り掛かった。「現状報告! 十分前から!」

「わたしたちの乗ったバギーは、火星人をはねて、岩に乗り上げ、谷に落ちました」


 確かに、見上げれば岩壁がある。さっきまでいたところから十メートルは下にいるようだ。谷底まで転げ落ちる際に、左手を地面に着いたらしい。出血はないが、手首は腫れてきている。

「わたしはここより二十メートルほど東に落下しました。軍曹と合流しにここまで来る途中で、火星人が二匹いたので殺しておきました。以上です」

 血まみれドロイドの真相はわかったが、状況はなにも変わらない。着任から一か月もしないうちに、車をひっくり返し、装備品をぶっ壊し、基地から遠いところで遭難しそうになっている。

「もうじき夜になります。このままではあなたは死にます。温暖化した火星とはいえ、夜の気温は摂氏零度を下回ります。早急に対策が必要です」

「わかってるよ」


 幸い近くには、バギーに乗せていたコンテナとその中身が散らばって落ちていた。おしゃかになった通信機も見つかった。断熱シートを探し出して肩に巻き付ける。どこかで雨風をしのがなければならない。完全な日没まであと二時間あるかどうか。バギーの陰で地図を広げ、現在地を割り出す。ポストの列に沿って走ってきたので、だいたいのところは簡単にわかった。ここはシルヴィア谷だ。

 決断を下した。動く前に、左手の応急処置をする。コンテナ補充品が入っていた段ボールの切れ端で手首を巻いて、古い救急セットの包帯を輪っかにして首から吊った。とりあえずの雑な手当だが、やらないよりましだ。「移動するぞ」

「どこへ?」

「第三次調査隊の調査拠点がこのあたりにあったはずだ。雨宿りくらいはできるだろ」

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