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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(前編)⑥

 カルミア。

 とあるアンドロイドの通称だ。軍事関係者ならだれもが知っていて、名を聞けば一様に表情を陰らせる。それは歴史上初めて、民間人の虐殺を行ったロボットであるからだ。


 カルミアたちはある紛争地帯に投入された。彼らは戦闘ドロイドではなかった。災害対策アンドロイドの分類にいて、民間人の避難誘導などを主な仕事としていた。投入初期では、「善なる手」だの「戦場の希望の花」だのキャッチコピーをつけられて、逃げ遅れた市民に避難経路を案内している写真と共に雑誌の記事になったものだ。

 それが、なぜか、民間人四十二人を殺した。一時避難場所となっていた集会所に火をつけて、身を寄せていた人々の命を奪ったのだ。

 この行動は「アンドロイドの狂気」として世界に広まった。同型機の打ち壊し事件や、アンドロイドメーカーの株価の急落などを招いた。肝心の真相究明は証言の少なさから難航した。現場では遺体のほかに、焼け焦げたカルミア自身の残骸が八機分見つかったことから、「アンドロイドの焼身自殺」という刺激的な見出しのついた与太記事も出たが、正式な検証では「“指示の混乱”の可能性が高い」という結論が出た。例えば、「火をおこせ」「近くの木材を使え」という指示を出されて、室内のテーブルに火をつけてしまった、その類のミスではないかと。無論、この例では民間人の遺体がすべて室内にあったこと、つまり人々が火をつけるアンドロイドを見てすぐに逃げられなかったことや、消火しろという命令を出せなかったことに説明がつかないのだが。

 カルミアの頭脳の中でどんな混乱が起きていたのか、もはや知るすべはない。だが、先ほどの例えで言えば、アンドロイドがライターを取り出してテーブルに近づけようとしたときに、行動を停止させることで防げる事故だ。アンドロイド自身が気づけなくても、ヒトが見れば異常な行動だとわかる。つまり、カルミア・インシデントの対策とは、「アンドロイドの挙動に注意を払うこと」にほかならない。普段と違う行動をしていないか、おかしな挙動を取っていないか、アンドロイド使用責任者には気を配る義務がある。もし異変を感じた場合は、すぐさまやめさせ、すみやかに整備に回す。挙動の具合によっては、廃棄処分の決定をする。


「うまくいかねえよなあ。未来ではロボットが人間の代わりに働いてくれるから、人間は仕事しなくてよくなる、って話だったよな? ところがどっこい、歩兵ドロイドができても歩兵はいなくなってないし、人間が目を光らせとけっていう面倒な新しい仕事が増える始末だよ」

 当番明け、羽生とファッジは食堂で朝食を取っていた。第七基地の食堂には二人の料理人がいる。食材は、基地内の温室菜園で採れる野菜と、地球から送られる長期保存食品、それとたまに農学の実験棟から回ってくる成果物だった。今日のプレートで言えば、それぞれ、スプラウト、缶詰のソーセージ、火星の土で育てたカブ、にあたる。

 朝食(ライ麦パンにガーデンサラダとグリルソーセージ、チャウダー添え)を吸い込むように食べながら、ファッジは「おれだってカルミア・インシデント対応なんて実際にやったことねえよ」と吐露した。

「通達には“普段と違う、異常な挙動”に注意しろってあるけど」

「読んだ? フワッとしてるよなあ。あれかな? やっぱり、目がブゥンって赤く光って、『排除シマス』って言ったりするのかな?」

「今日のところは光ってなかったし、言ってなかった」

 ファッジは少し残念そうな顔をした。「そっかあ」

「おれもまだ様子見でいいとは思うけど」羽生は話を戻した。「だいたい普段のMS-T4400の挙動ってどんなだか知らねえし。だから一応訊いてんだよ」

 しばし考えたあとで、ファッジはスプーンを置いた。

「まあ……使いやすいやつとは言えないな。まず単体だろ。歩兵ドロイドなのに。警戒にしても攻撃にしても、二十四体いるフィデス3の方を使う」

「もともとは複数セットだったのか?」

「おれが火星に来た時はもうあれしかいなかったな。次に能力だけど、単純に、使う場面がない。できることは斥候と見張り、近接戦闘、狙撃支援。見張りはフィデスでいいだろ。戦闘にはやっぱり単体で出さないし、狙撃支援は可能だけど、K10とか、そもそも人間の観測手もいる……いた。そうするともう斥候に出して、基地に急接近してきた火星人の群れを報告させたり、探査に引っかからない小さな巣を潰して回らせるっていうのが有用な使い方かな、って思ったわけ。眠らせとくよりはマシだろ」

「ひとり遊撃隊か」

「そうそう。ピーキーな性能してるゲームキャラって、出せる場所が限られるだろ。そんな感じだよ。最後に、なんていうのかなあ、ユーザーインターフェース? 昨日もそうだったけど、命令の小さな取り違えや、聞き間違いが多いんだよな。古いマシンだから仕方ないんだろうけど」

「じゃあやっぱり」羽生は先日の徘徊行動を槍玉に挙げた。「施設の警備なんて命じてないんじゃねえか」

「命じてないけど、禁止したわけでもないからな」

「屁理屈だろ。アンドロイドがそんな考え方するか?」

「そりゃ、これまでの学習次第なんじゃねえ? 古いドロイドだし、変なところがあるのは承知だよ。そもそも、なんでMSの行動がそんなに気になったの?」


 羽生が答えようとした時、「指令、お疲れさまです!」という声が上から降ってきた。

 トレーを持ったクリスが、羽生の隣の席を指していた。「サム、ここ空いてる?」

「おう」

「あ、パンは“デニー二号”であっためるとうまいぜ」

「なんだそれ」

「マクファーレンが作って置いてったトースターだよ。指令、教えてあげてないの?」

「え?」ファッジは驚いていた。「本当に改名したの?」

「妥協だ」羽生はクリスの方にドレッシングを押しやった。

 クリスは夜勤明けとは思えないほど朗らかに笑った。「活舌が悪くてすまん。指令は上手に発音するなあ」

「四音節は難しいよね……ああ」ファッジが膝を打つ。「“マ()()ネ”の真ん中のとこか。あっちでもこっちでも難儀なことで」

「あっちって?」

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