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第14話 火星のどこかで待ち合わせ(前編)②

 第七基地は火星で二番目に新しい基地だ。巻貝をななめにして、半分地面に埋めたような形をしている。火星のきびしい気候に耐え、効率的に室温を整えるのに適した建築なのだそうだ。近くに並ぶ角砂糖のような四角い建物は倉庫や浄水棟である。晴れた日には西に塔が見えるが、それがテラフォーミング施設だという。研究者とエンジニアが出入りするので、その道中の送迎と護衛もNDSの仕事だった。

 社員には個室が与えられていた。自分の部屋を確かめ、二十分で荷解きを済ませると、ファッジが施設内をくまなく案内してくれた。着任挨拶に立ち会ったのは非番の七人だった。名前と前職の階級、それだけ言って終わりにする。任期は二年間だ。羽生は前任者の関係でこのような半端な時期に来たが、秋になれば基地の三分の一の人間が入れ替わる。ぱらぱらとまばらな拍手で迎えた兵士たちのうち少なくとも二人とは、あと半年ほどでお別れだ。


 環境に身体を慣れさせるための訓練が五日間あり、そのあとに通信や戦闘の訓練、あらためて火星についての講義をひと通り受けた。往路の中でもさんざんやった火星人の生態――わかっていることだけ――の復習では、シモンズ隊長が顔を出した。

「あいつらはとにかくすばやいの」ルパート・シモンズ少佐は、たくましい腕を動かして映像の火星人の動きをなぞった。「実際に相対すると、シミュレーターよりも速く感じられるはず」映像が地図に切り替わり、標的を指す赤い点がじりじりと動いていく。「今最も第七基地に近いのはこの群れね。まだ十キロ西にいて、まっすぐ南に移動している」

「何からのデータです?」

「アナタにいずれやってもらう仕事のひとつだけど、群れの何匹かに打ち込んだ発信機ね。基地から遠くを行動範囲にしている群れは、当然把握できていないところもあるわ。まあ、このへんの群れはしばらく襲ってくることはないでしょう。まずは遠くから観察して、徐々に感覚を現実に合わせることね。どんなにシミュレーションしても、やっぱりファーストコンタクトが一番危険なのよ」

「調査隊がそうであったようにね」

「中尉」シモンズは指を一本立ててファッジに向けた。「『上手にとぼけてみせるのは、特殊な才能』だけどもね。黙って」


 ファッジはシモンズが退座するまで待ってその話題に触れた。「なんであんなしゃべり方だと思う?」

「さあ」

「大学でシェイクスピアの研究ゼミにいたんだと」

「あれ、何の引用?」

「『十二夜』だったかな? ま、悪くないボスだぜ。昔の評判はちょっとよくないけど、今じゃ想像もつかないくらい温厚な人だ。離婚で心境に変化があったらしいな。なんでも、火星にでも来ないと払えない額の養育費支払い義務があるんだってよ」

 ファッジは軽くそう説明してくれたが、正直なところ、どうでもよかった。二年間の火星生活に志願してくるやつの事情なんか、お互いどうだっていいはずだ。ちょっとはましな額の金が手に入って、しばらく地球に帰らなくていい、そんな仕事を選ぶやつの身の上話なんか、おもしろくもなんともない。





 当番の日がやってきた。初日の任務は哨戒と偵察だった。火星人の群れから小規模なグループがはぐれ、基地のほうへ近づいてきているという報告が入っていた。

「哨戒ロボットをつける。K10!」

 ゴロゴロと音を立てて倉庫の奥からロボットが一台現れた。羽生は洗ったタオルを室内で干すときに使う物干し台を思い出した。あれを太らせたものに車輪がついて動いているように見えた。電柱のようなボディにぐるりと銃砲とカメラがついている。

K10-5(ケイテンファイブ)だ。移動型軽砲台とでもいうかな」

「観測手はつかないのか」

「こいつが代わりだよ。このあいだまでは狙撃支援システムが入ってるのがあったんだけど、哨戒に出たっきり帰ってこなくなっちまった。たぶん出先で壊れたんだろうな」

「人間でも別にいいんだが」本日羽生に同行するはずの兵士は急遽、研究員の移動に付き従うことになっていた。

「すまん。でも、K10も悪くないロボだよ。通信指令はおれだ。なにかあったらすぐ報告してくれ。質問ある?」

「火星人と相対したらどうする?」

「基本的には駆除だが、群れを見つけたらまず報告をくれ。チームで対応しよう」

引用

シェイクスピア,小津次郎訳,1960,『十二夜』岩波書店.

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