表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/131

第12話 疑いの報酬⑩

「身代金要求は?」メルバは続けた。

「しないわ。わたしたちは――」

 言いかけたアリスのあごに、ゾーイはするりと指をかけた。黙れと言うように唇に触れる。「()()()()

「なんですって?」

「しないわけないだろう。バカなのかな? あのメルベイユ警備保障の息子だよ! 払うだろうさ、当然! きみの望みなんかついでみたいなものさ!」

「バカはあなたでしょ!」アリスは激高した。「身代金の受け渡しで、絶対に足がつく! 冗談じゃない! 絶対ママに知られたくないって言ったよね?」

「もう知ってるよ」ゾーイはけろりとして言った。「きみの身代金も要求しているからさ」

 アリスの顔が蒼白になった。

「きみの立てたチープな計画を補完してあげたんだから、感謝してもらいたいくらいだよ。俳優くずれを使って標的の身近な人物に成りすます、自分も被害者だと思い込ませて話を聞く、まあいいんじゃないの。だけどね、そこまでして欲しいものが子供のお話だけなんてさあ、いくらなんでもうま味が少なすぎるんだよ。プロとしてはね、ここで利益を取らなきゃ。勉強になるだろう?」

 ゾーイが言葉を切った。遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきたのだ。「もういいかな? きみは目的を達成したものね。よかった。初めての犯罪計画は大成功だ! じゃあね、“アリス”。ご利用どうもありがとう。機会があれば、また」

 ゾーイは意味深にメルバへ目配せしてから、部屋を出て行った。


 叫び声を上げ、さっきまで座っていたいすを蹴飛ばし、罵詈雑言をまき散らすアリスを、メルバは黙ったまま目で追った。いすを床に叩きつけてすっかり壊してしまうと、彼女は荒い息に肩を上下させながら立ち尽くした。

「誰かが来るまで、ここにいたら?」おろおろと部屋をうろつきだす彼女に、メルバは助言した。「『被害者』として、ここにいるほうが都合がいいでしょ」

 彼女はぺたりとその場に座り込んだ。「……こんなはずじゃ……」

 殺し屋を舐めてかかるからだよ。メルバはそうは言わなかった。代わりに告げた。「シトロン・ウィークエンド教授はきみのお父さんだね」

「いつわかったの?」

「最初から」

「最初?」彼女はオウム返しに言った。「最初って?」

「ここに来る前――会議室の外で、ギモーヴ教授が写真を見せてきたときだ。彼はぼくにきみの写真を見せながら、この娘を監禁していると言ったんだ。顔を見てすぐわかった。教授はお嬢さんの写真をいつもデスクトップにしていたから。きみの名前はマイヤ・ウィークエンドだ」


 彼女はあっけにとられていたが、やがて乾いた声で笑い出した。

「じゃあなに? わたしを教授の娘と知っててかばっていたの? なんて滑稽なの! あなただってさぞ笑えたでしょうに! わたしの芝居は愉快だった? 付き合ってくれてどうもありがとう! とんでもなくバカみたいに見えたでしょ!」

「そんな余裕があるものか。なにか訳があるんだと思ったよ」メルバはマイヤの目が見られずに、膝のあたりを見つめた。「教授は離れていてもきみを思ってた。ずっと。でも、きみのほうはそうじゃなかった」

 マイヤははじかれたように立ち上がった。「適当なことを言わないで!」

 メルバは震える声で続けた。「いなくなって初めて、お父さんのことを考えたんだね。後悔したのかな。もっと知りたいと思ったのかな。でも教授は、立派な人だったけど、心の細い人だった。自分のせいかもしれないけれど、家族が離れていくことに耐えられなかった。マイヤ、お父さんのためにこんなことができたのなら、どうしてもっと早く……」

 彼女は足をどん、と踏み鳴らした。血にまみれた布を巻いた足を。「黙ってよ!」

「さっき、ぼくは一個嘘をついた。教授からひとつ受け取ったものがある。自分のクラウドサーバのURLとパスワードを付けたメールが一通だ。本文は『すまない』――これだけ。教授の失踪の理由が知りたいんだね。そんなものはないよ。教授はある日突然いなくなった。ビターの研究を続けるのが怖くなって、全部置き去りにして逃げた。それだけだ」

「あんたに――」マイヤはつかみかかってきた。「――パパの何が――」

 椅子ごと床に倒れながら、メルバは声を上げた。「()()()!」頬を指がかすめる。身をよじって抵抗するうちに、彼女は離れた。銃を帯びた物々しい恰好の人間が、彼女をメルバから引き離していた。彼らの着ているプロテクターにはNYCC警察のロゴがある。

「パーシーか?」

 ひとりが問いかけてきた。バイザーの奥に向かってうなずくと、彼は「対象発見!」と無線機に報告を入れ、メルバを抱え起こしながらひとつコメントした。「おれたち、さすがにそこまで外道じゃないですよ?」





 武装集団がラムレーズンのアジトに突入していくのを、ハニー、テイラー、グリーンの三人は離れたところから見ていた。

「あれはなんの部隊だ?」

「警察だよ」ハニーにテイラーが答えた。「マイヤ・ウィークエンドの捜索隊さ。母親が捜索願を出した」

「彼女のやったことは棚に上げて?」

「危険なのは変わりないしな。どうせおいおいわかることだし」

 パーシバル・メルバ、マイヤ・ウィークエンド両名の保護が確認されると、作戦本部が沸く声が通信越しに聞こえてきた。同時にゾーイ・ラムレイが逃走中の報も入る。

「さて」テイラーが言った。「おれは本部に戻るが、どうする?」

「一緒に行くよ」とグリーン。「おたくは?」

「ちょっと待ってくれ」ハニーのQフォンにポピーシードから電話が来ていた。少し離れてから応じる。「もしもし?」

「羽生さん、今の聞いていた?」

「はい。無事だそうですね」

「ええ。あなたのおかげよ。ありがとう」

「グレイヴィーズの指揮に従っただけですよ。これで疑いは晴らせましたか?」

「なんのこと?」ポピーシードはとぼけきった。


 誘拐事件はその九割が身内による犯行といわれる。

 ポピーシードは、メルバが消えたとき、だれかの裏切りを想定したに違いない。最近入ってきたボディガードなどその筆頭だ。ほかにも、常にそばにいて予定を把握できるブラックとグリーン、誘拐捜査を進行させるホワイトたちと、候補者は少なくない。が、ひときわあやしい立場にいるのはだれか。

 とがめる気はない。ハニーがポピーシードの立場でも同じように考えただろう。誘拐保険チームとハニーにつながりはない。もしどちらかがメルバを裏切っているなら、どちらかによってわかるはずだ。だからいっしょに行動させたのだ。ポピーシードのその胆力、その忠実さは称賛に値する。


「ところで、今どうしてるの?」

「現場の近くにいます。これから戻るところです」

「なら、頼みたいことがあるのだけれど」

 内容を聞いたハニーは「お受けします」と答え、通信を終えると、ひとりで帰る旨をテイラーたちに伝えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ