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第12話 疑いの報酬⑥

【2033年9月】

 メルバの名前を大声で叫びながら研究室に入ってきたウィークエンドは、デスクのあたりを引っかきまわして目当ての物をつかみ上げるなり、またドアから出て行こうとした。「着いてこい! 遅れるな!」

 メルバはあたふたと自分の荷物を持って後を追った。「教授? なにかあったんですか?」

「おまえにぴったりの仕事がある!」


 ウィークエンドが大股で歩くので、メルバはほとんど走るようにして従った。校門のところに黒い車が一台待機しており、ウィークエンドは当然のように後部座席に乗り込んだ。運転手の男が「その子供は?」と胡散臭げに訊いてくると、「弟子だ」と返し、急発進に備えてシートに背中を押し付けた。

「どちらに?」車が走り出すと、メルバは最優先の質問だけを口にした。

「公の仕事だ。いや、まだ公ではないか」ウィークエンドは早口で説明をはじめた。「一か月前にブルックリンを破壊した、真っ黒なでかいやつを覚えているか? 私はあれの研究に呼ばれた」

「知っています」

「きみもやれ」

 言葉を発せずにいると、ウィークエンドは何を勘違いしたのか「以上だ」と付け加えた。謎の危険生物が捕らえられている政府管理の場所に着くまでに、メルバはどうにかしてもっと情報を引き出そうと苦闘した。ウィークエンドはもともと国の仕事に縁が深い。昆虫学者として火星開発に協力しており、テラフォーミングへの虫の活用、火星環境下での虫の生態調査、食用虫の提供・研究開発などを手掛けている。その伝手で政府に招聘されたようだ。八月一日のあの事件は「悪夢の四十六分間」と呼ばれるようになっていたが、あれからさらに四件の“ビター・モンスター事件”が発生している。


「メルバ。生物とはなんだ?」

 メルバは受験生のようにおとなしく回答した。「細胞からできていて、代謝を行い、自己複製するものです」

「なら、やつは生物の可能性が高い。細胞と自己複製は確認できたからな。しかし、しかしだメルバ、何千光年も離れた星に行って、きみが現地で初めて見るものが生物かどうか、判別できる自信があるか? 三つの条件をそろえない『生物』がいたらどうする? ふむ、細胞があるということは生物だろう。だが、異星ではこいつははたして“生物”なのだろうか? こいつは生まれ故郷では生き物などではなく、単なる自然現象や、あるいは道端のベンチみたいな存在なのかもしれない。地球の生物学を、異星に当てはめることが、ナンセンスになる時代がいつか来るかもな」最後の方はひとりごとのようにつぶやいていた。

「火星人はどうなんですか?」

「あれは別の話だ」


 車は複雑な道順を進み、とあるビルの地下駐車場に潜っていき、ロータリーでふたりを下ろしたが、そこが例の施設だった。入り口を武装した人間が固めている。

「なぜぼくを連れてきたんです?」身体検査に応じながら、メルバは尋ねた。

「つまらんことを訊くな! “悪夢の四十六分間”のビター・モンスターがどうなったか知っているか?」

「え……ここに捕らえられているんですよね?」

「間違いではない。では、“ビター”の名付け親のことは知っているかね?」

 短い廊下に出る。棚にある防護服を着るように言われ、メルバはまず髪を覆う帽子を手に取った。ウィークエンドは慣れた手つきで身に着けていく。

「ビターの中に取り込まれていて、苦い味がしたと感想を言っていた人ですよね? さあ、そちらは……」

「なんで苦いとわかったんだろう?」

 教授はどうやらぼくの質問に答えてくれる気がなさそうだぞとメルバは思った。「口に入った、と」

「なぜ口に入ったんだと思う?」

「なぜって、なにかの拍子に、では」

「まあそういうこともあるかもしれないが、それは真実ではない。メルバ、その人間は、ビター・モンスターを喰ったんだ」ひときわ厳重な扉の前で、ウィークエンドはやっと振り返った。「喰ったんだよ。喰えば味がわかる。そりゃそうだ。今日はきみを、そのトチ狂った人物と話をしてもらうために連れてきた。わたしはそいつが気に入りそうな、若い学生をひとり選んだ。それがきみだ」教授は付け足した。「単位をやるぞ」


  ◇


「移動にぜひ、社用車を使ってね」と渡されたのは先日ハニーが売り、ポピーが買った水素バイクの鍵だった。最後に乗ったのはまだ足があったときだ。起動音が耳になじむ。バイクは前と同じように滑らかに道路を走った。こいつで長距離を旅行したこともあったのだ。こんなときだが、もう一度乗れてよかったと思った。


 連れ去りの現場に着くと、少し遅れて一台の車が後ろに止まり、二人の男が下りてきた。

 片方はグリーンだ。「リーダーから一緒に行くよう言われてな」

 もうひとりはグレイヴィーズ保険のメンバーだった。「うん。おれももう一度現場を確認したかった」エレベーターの中で名前を聞くと、テイラーといった。元警察官だという。

 昼間に一度来ている彼らの顔が効いたのか、ビルには簡単に入れた。貸し会議室を覗き、トイレまでのルートを確認する。

「短いな」とグリーン。「騒げばすぐわかる距離だ。ドアも防音じゃない。犯人がかなり迅速だったか、坊ちゃんが声を出す余裕もなかったか。あとは、偽ギモーヴ教授がどんなでたらめで坊ちゃんをおびき出したか、だな」

 三人は監視カメラの映像で見たメルバの足取りをたどって廊下を移動した。スタッフオンリーの札がかかったドアを躊躇なく開ける。掃除機やごみ袋が置いてある。ダストシュートもすぐ見つかった。ふたを開けてみる。通り道はかなり大きい。テイラーが手持ちのライトをかざすと、下のほうでビニール袋が反射して光った。ハニーはなにも言わずにふちに足をかけ、ぐいと体を持ち上げると中に飛び込んだ。「おい」と叫ぶグリーンの声が上方に消えた。

 ごみの山がハニーを優しく受け止めた。そこは大きなコンテナの中だった。自分の身長より深そうだが、今は半分ほど埋まっている。ごみ袋を踏みつけながらコンテナのふちまで行ったところで、なにか叫ぶ声がしたと思うと、グリーンが上から降ってきてどさっと着地した。「なにも正確無比に坊ちゃんのルートをたどることはないんじゃないか?」

 明かりがついた。テイラーがドアの横で、スイッチに手をかけていた。「ほんとにな」

 どこからか生暖かい風が吹いている。ここでのメルバの様子は記録されていないが、今のハニーのようにコンテナから這い出し、テイラーのようにドアから来た偽ギモーヴと合流して地上へ向かったと考えられる。

「つまり、少しだけ、パーシー様には誘拐犯に監視されていない時間があった。何か残すとしたらここだけか……」テイラーが待て、という仕草をした。装着したイヤホンで誰かと話している。「映像で確認したが、パーシー様の胸ポケットにペンがある。残しているとしたら書き置きだろう」

「この中に?」


 グリーンじゃなくても途方に暮れた声を出すだろう。コンテナいっぱいのごみ袋、そして広いコンテナ置き場を見回して、三人は目線を交わした。

「まあ、袋を開けたりはしていないだろう。書きやすそうなところを探すしかあるまい」

 テイラーは言い、自分のしわひとつないスーツに一瞥も落とすことなくコンテナに足を踏み入れた。

第12話の登場人物カンタンまとめ

【過去編】

・パーシー・メルバ(学生) ・ウィークエンド(教授) ・シュゼット(メルバのゼミの先輩)

【誘拐関係者】

・ゾーイ(拷問好き) ・アリス(囚われの少女)

【誘拐捜査班】

遊撃隊 ・ハニー(メルバ研究所の用心棒) ・テイラー(グレイヴィーズ保険) ・グリーン(メルバのボディガード)

本部待機班 ・ポピー(メルバの秘書) ・ホワイト(グレイヴィーズ保険)

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