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第12話 疑いの報酬③

【2031年2月】

「あなたに憧れているんです」

 そう口にしたのは、半年後通うことになる大学のキャンパス、会場となった二階の教室で、相手はもちろんシトロン・ウィークエンド教授、大学の推薦の最終面接の場だった。最後に何か言うことはあるかって? なんでもいいの? なら、遠慮なく名指しさせてもらおう。「教授の論文、全部読みました。特に『火星北部における節足動物の生態と生息環境』、興味深いです。“火星ムカデ”がいずれ現地での有人活動における資源となる可能性があるなんて。すばらしいです! ウィークエンド先生のような研究者になりたいんです」

 面接官の席の一番左に座っていたウィークエンドは、顔を上げた。手元の資料に何を書き込むでもなく、右手でボールペンをもてあそんでいた。よく見れば、ボールペンの上をちっちゃなテントウムシが這っている。テントウムシがななめになったペンをよじ登っていき、飛び立つ寸前に逆側へ傾ける、そんな子供の遊びのようなことをやっている。無精ひげの浮かぶあごに所在なさげに触れ、ウィークエンドは言った。「すまない、もう一度?」


  ◇


 そのとき、教授の背後で面接の補助をしていた薄笑いの学生が、あのいまいましいクレイグ・シュゼットだったのだ。シュゼットはこの件に関わっているだろうかとメルバは考えた。

 足音が聞こえ、メルバは顔を上げた。そこはコンクリートの打ちっぱなしの小さな部屋だった。ドアが開くと、黒ずくめの服を着た男が現れ、こちらに向かって言った。

「待たせたね」





 室内では見知らぬ人たちが忙しく働いていた。真ん中に長い机が出されていて、持ち込まれた機材や銃器が乗っていた。ハニーがポピーシードに連れられて中に入ると、何人かが顔を上げ、そのひとりがブロンドのストレートヘアをなびかせて近づいてきた。

「グレイヴィーズ保険の誘拐対策チーム、主任のホワイトです」

 自分の肩書はなんだろう? チョコレートミントの用心棒――研究所専属ボディガードというのが近いだろうか? ハニーは、「羽生です」とだけ名乗って握手に応じた。たぶんポピーシードがうまく言ってくれているだろう。

 ホワイトはきりりと整った顔で射抜くようにハニーを見た。敵意を持っているわけではなくそういう顔つきのようだった。「会議に参加するのは構いませんが、それ以上のことはわたしが判断します」

「ええ」

「今度の作戦では支援に回ってもらいます。五分後にミーティングを始めます」


 グレイヴィーズ保険のメンバー四人は全員、部屋の中央に並べたパソコンで映像のチェックをしていた。監視カメラでメルバの足跡をたどろうとしているのだ。

 あたりを見回すと、壁際にメルバのボディガードふたりを見つけた。がっくりと肩を落としている。

「わからなかった」片方が暗い顔で言った。体が大きく、クマに似た男だ。「ビルの入り口で待機してたんだ。予定終了より早い時間にポピーさんから連絡が来て、パーシー坊ちゃんがいなくなったのを知った。くそ! 犯人を見たかもしれないのに!」

「坊ちゃんになにかあったら」もう片方が合わせた手に額をつけ、ため息をついた。クルーカットで、ハニーは元軍人ではないかと推察していた。

「どっちにせよおれらはおしまいだ」クマが付け加えた。

 初めて知ったが、クマ似の男はグリーン、クルーカットがブラックという名前だった。

「おしまいってことはないだろ」とハニーは言った。

「あんたはいいよ、実質ミント嬢のお付きだろ。おれらはメルバ社長から寄越された口だからさ。こいつらも」グリーンがグレイヴィーズ保険の面々を暗に指す。「そうだけど」

「犯人に心当たりは?」

「なんともな」とブラック。「誘拐事件の犯人は顔見知りが九割っていうけど……」

「わからんなぁ。メルベイユ警備保障は、シリアやニジェールにも展開したゴリゴリの戦争会社だぞ。そんなところの社長の息子に手を出すバカがいると思うか?」グリーンが頭を振った。「骨も残らねえだろ」


 ――それで、ビター関係のやつらはチョコレートミントを狙っていたのか。メルバ本人を殺せば確実に彼の研究はストップするのに、敵方がそれをしないのは、報復を恐れてのことだったのだ。

「だからどうにもきなくさいんだよな。おれらが職を失うくらいで済めばいいんだ。とにかく坊ちゃんが無事でいてくれさえいれば」

「身代金の要求は?」

「まだだ。でも、絶対あるはずだ……」グリーンがいっそう声を落とす。「遺体が見つからない以上はな。だって、パーシー坊ちゃんを殺さずさらう理由なんて……金目当てとしか考えられないだろ?」

 そこでホワイトが手を叩き、部屋中の人間の注目を引いた。作戦会議が始まろうとしていた。

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