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第10話 ギャラリーに手を出すな③

 一件目はとある出版社の社長の抹殺の依頼だった。「『全員をヘッドショットで倒したところに好感が持てました。妻を寝取った憎きあいつの額もぶち抜いてくれることを期待します』だそうだ。報酬は九千二百ドル、前金で千二百ドル」

「なんだよそれ」

「依頼時のコメントだよ。選んだ決め手を書いてもらってる」

 それじゃあリクエストにこたえてやるかと、ハニーは狙撃道具一式を持って出版社の向かいのビルに来た。清掃作業員に扮して入り込み、トイレの前に清掃中の看板を置いて邪魔者が入らないようにする。銃身は窓枠に、銃床を肩に当てて固定する。三百六十メートルの狙撃、弱風、くもり、デブの標的、これ以上ない絶好のコンディション! 

 二階の廊下を歩く社長をとらえたと思いきや、その姿がひび割れた。正確には、廊下の窓ガラスが割れたのだ。ガラスを破って入ってきた殺し屋ジャンドゥーヤが空中で身をおどらせ、あんぐりと口を開ける社長の胸に短槍をぐさりと突き刺した。

 社長が絶命しているのがはっきりわかり、ハニーは銃から顔を離した。

 見ていると、ジャンドゥーヤは社長の秘書が取り出した拳銃を目にも留まらぬ速さで叩き落とし、身をひるがえすやいなや自分が割った窓からひらりと飛び降りた。歳の割にすごい身体能力だ。ゴミ収集車がタイミングよく走ってきて、その上に着地する。血にぬれた槍を見て薄い笑みを浮かべているのを見てしまう。去っていく彼は、そういえば復讐専門家と呼ばれていた。

 撤収に入りながら、なにはともあれファッジに連絡を取る。


「アーニー、標的を先に殺された」

「見てた」Qグラスから映像を飛ばしていたのだ。「くそ、セカンドを雇われたな」

「セカンド?」

「相手を確実に殺すために、予備で雇う殺し屋のことだ。一人目が失敗した場合に備えて、二人目を用意しておくんだ」考える間が空いた。「いや、こっちがセカンドだったのか?」

「報酬は?」

「前金しかもらえない」

「なめやがって」

「気持ちはわかるけど、しかたない。この界隈ではよくあることだ。前金があるだけましってなもんだ。でも腹は立つな! ワークショップ優勝者をセカンドに使うなんて!」

 ふだん冷静なファッジの憤りが意外で、ハニーはかえって気持ちが落ち着いた。「こういうとき、どうするんだ?」

「ムカつくけど、どうもしない。今回の依頼主を殺す依頼が巡ってきたとき、とびきり痛く殺してやるって誓うことくらいだな」

「わかった。覚えておこう。他の依頼を回してくれ」


 二件目は政敵を暗殺してほしいという政治家からの依頼だった。「『狙撃可能な殺し屋が手元にいないので、長く付きあえるスナイパーを探している』だそうだ。報酬は二万三千ドル、成功報酬」

「どういう意味だ?」

「成功すれば政治家お抱えの殺し屋になれるってこと。政治家はいいぞ、殺す相手に困らない、太い客だ。つかんどくに越したことはないぞ」

「よし」

 敵の政治家は殺し屋対策をしていた。四六時中ボディガードがぴったりくっついており、なかなかすきが見えずハニーはじれ、そんな自分をスナイパーの心得をもってなだめた――ひたすら待つこと。また、より良いポイントから狙えばいいだけのこと。それだけの腕をみがけばいいだけのことだ。

 実際には千二百五十メートルの狙撃だった。執務を終えた標的が、居宅の高級アパートメントの前で、車から降りてくるところを狙った。空間を切り裂いて飛んでいった銃弾は、当たらなかった。標的がボディガードに突き飛ばされ、急に大きく動いたのだ。

 ざわつく現場をしり目に、急いで場を離れる。相手の護衛がなぜか狙撃に気づいていた。居場所を特定されているかもしれない。非常階段を降り、途中でとなりのビルに飛び移る。さらにとなりへ。ここまでくれば大丈夫だろうと一階まで降り、道を歩き出したところで、立ち乗り二輪車に乗った男がすばやく行く手をふさいだ。

「よう」と男。「また会ったな!」

 ハニーはなんとなく見覚えのある目の前の男をどこで見たのか思い出そうとした。

「ワークショップで戦っただろうが!」

 西部劇みたいな恰好をしたふたり組の片割れだ。だみ声のほうのやつだった。民間警備上がりだとか言っていたような気がする。ハニーが実弾で撃った足はまだ完治していないらしい。立ち乗り二輪のハンドルを離せない様子だ。

「おれはソルト、ここからじゃ見えないけど、今“先生”のそばにいるのがヴィネガーだ。覚えておけ! さっきの狙撃、おまえだろ?」

 ハニーが答えずにいると、殺し屋ソルトは「おれの警備ドローンにちょっと映ってた」と種明かしをした。それどころか、「頭上にも気をつけとけよ。けっこう見られてるぜ」などとアドバイスをしてくる。「あせってたのか? まあ、前回おまえに『殺され』てるおれがなにを言ってもな」自分で口にしておいて恨みが再燃したのか、こんなことも言ってきた。「おい、おまえのせいで、あと二週間も歩けないんだぞ。歩けないってつらいんだぜ。わかるか?」

「よくわかるよ」ハニーは心から言った。

 皮肉と取ったらしくソルトは不愉快そうに鼻を鳴らした。「まあ、今回はおれたちの勝ちだ。雇い主に、先生の殺し屋はひと筋縄じゃいかないって伝えとけよ。じゃあな。次どこかでバッティングしたら容赦しないぞ」


 立ち乗り二輪でスマートにターンし、ソルトは去っていった。拳銃に手を伸ばしかけていたハニーは緊張を解いた。考えてみれば、相手には最初から()()気はなかったのだろう。今日の彼は、両手でハンドルを持つ必要上、銃が持てないのだ。

「残念」ファッジが通信してきた。「切り替えよう。次の依頼だ」

「なんでだよ」ハニーは低い声で言った。「次は仕留められる」

「ソルトに見つからなきゃそうできたけどな。依頼に失敗すると、つまり敵の殺し屋に防衛されると、同じ人物を半年間は狙えない。業界ルールだ。だから『殺し屋には殺し屋を』なんだよ」

「業界ルールね。へえ」

「待て待て、なにを考えてる? 違反すると新契約が一か月間できなくなるし、それが明ける前に業界連中にリンチされる。先週マレー・ヒルの側溝で見つかった死体のこと知ってるか? 目と足の指がまだ見つかってないらしい」

「わかった! 次行こう」


 三件目は親戚を皆殺しにしてほしいという変わり種の依頼だった。「『なんとしても祖父の遺産を手に入れたい。成功したら遺産の半分を差し上げます』だそうだ。報酬は、まだわからないが、四万ドル以上は確定。骨董品の鑑定がすめばおそらくもっと」

「必ず成功させると伝えろ」

「了解」

 惨劇の舞台となるはずの古い館へ行くにはバスで移動するしかなかったので、殺気と大きな荷物を隠せないハニーの周囲は常に人に避けられた空間があいた。

 最寄りのバス停(館まで五キロメートルの山道を登る必要がある)で降りるとさすがに冷静になった。裏山に分け入り、通ったあとを隠しながら館が見えるところまで近づく。狙撃位置の選定、待機場所の準備、罠と爆薬の設置、銃と弾薬の確認、実行計画の復習、それらすべてをやったところで、館へ向かう車が見えた。山道をまっすぐ進み、館の門の中へ入る。車回しで止まった黒塗りの車から、長い髪の女性が降りてきた。雇い主から聞いていた親族のひとりと特徴が一致する。傘を持った黒いスーツの男が付き従っていた。双眼鏡で顔を確認する前にふたりは館に入ってしまった。ひとり人数が多いが、特に問題はないだろう。雨が降り始めた。サンザシの木の下でハニーは防水パーカーのフードをかぶり、四時間後の作戦開始に備えた。


 三時間後に館の全員が表に出てきた。三時間十分後にはパトカーが到着し、館の人間をあらかた乗せていった。その中には雇い主も入っていた。

 最後まで残ったのはあの髪の長い女性とスーツの男だった。女性が頭を下げ、スーツの男が手を振る。ハニーは広げたものを全部片づけ、手早く下山の準備を始めた。作戦は中止なのは明白で、四万ドル以上の報酬が白紙になったのも確実だった。

 ふもとの道でスーツの男にはちあわせた。

「ああ、きみかあ」探偵ニッキー・スペンスはハニーを見ても特に動じず、傘をかしげてひとなつこそうにまばたきをした。「この前はどうも。なんだか、見逃してくれたようで」

「おれは今すごく後悔している」

「館のまわりが罠だらけだったの、まいったよ」とニッキーは言ったが、罠はひとつも作動していなかった。「思うに、下の妹に雇われたのかな?」

 罵声をぶつけたい欲求に、なにが起こったのかを知りたい気持ちが勝った。「おまえは長女か」

「いやいや、とんだ狐穴だったね、あの家。遺産相続人の八人中五人が殺人の準備をしていたよ。残る三人のうちのひとりがぼくの依頼主。晩餐会に招待されたんだ。食事の前に、これまでに起きたおかしなことをいくつか指摘しただけなんだけど、まあ、惨劇を防げてよかったよ。下の妹は自分でも毒物を用意していたから、警察がきみまでたどりつくことはないだろう。ええと、これで借りは返したかな?」


 ずぶぬれになって報酬ゼロ(どころか諸経費も自分持ち)という悲劇をうめき声と悪態と「金」という一語だけで表現したハニーの独白が終わると、電話の向こうでファッジは言った。「ツイてないなぁ」

「オークションまであと二週間しかないんだぞ! 確実に金を得られる仕事を回せ! 確実に!」

「じゃあもう、とりあえず、バイクを売ったらどうかな。少しは足しになるだろ」

「バイク?」

「いつ返そうかと思ってたんだけど、ちょうどいいや」

「だれに?」

「忘れたのか?」映像電話の向こうで、ファッジが片眉を動かした。「ほら、おまえが……ミニマリズムに目覚めたときに」

 ファッジがなにを言いたいのか理解した。両足をなくしたすぐあとの時期のことで、ハニーは持っていた靴を全部捨てていた。多くの服も、スキー板も、足を引っかけて使う腹筋マシンも処分した。運転免許証だってばらばらに切り刻んでゴミ箱行きにしたのだ。バイクを捨てていないわけがない。そういえばファッジに処分してもらうように頼んだはずだ。

「いや、おれはとりあえず預かるだけって言ったじゃん。あとから考え直すかもしれないし」

「じゃあ、まだ持ってんのか?」

 持っていた。

 ファッジがアパートメントの地下駐車場に引っ張ってきたバイクは、見た限りきちんと整備されていた。

「カヌマの水素バイクだぞ。状態も悪くないし、それなりに売れるとは思う」

「助かる」

 ハニーはシートに触れた。「長いあいだほったらかしにして悪かったな」

「売っちゃうの?」休憩の名目で出てきていたチョコレートミントが悲しげな声を出した。

「乗りたい?」

 チョコレートミントは自力でバイクを立たせておくこともできなかったので、買い手の候補から早々に外された。

「なんで手を上げた?」

「だってえ、乗れたらかっこいいなって思ってえ……免許はこれから取るからぁ」

 ハニーは話を進めた。「なるべく高く売ってくれよ」

「わかった」

「じゃあ」ミントは食い下がった。「ポピーさんに声かけてみてよ!」

「ポピーさん?」


 ポピーシードは買い物のついでに立ち寄ってくれた。あらあらまあまあと言いながらバイクをくまなく観察し、性能について二、三質問し、走行距離と整備についてたずね、駐車場の周りを試乗して帰ってくると、「買うわ」と宣言した。「おいくら?」

 激しく短い数字の応酬ののちに、アーモンドファッジとポピーシードは握手を交わした。

「小回り効くのが欲しかったのよね」とポピーシードは上機嫌で帰っていった。

「だれだ? 彼女は」とアーモンドファッジ。「すてきな女性だな」

「既婚者よ」鋭い声でチョコレートミントが牽制した。

 ふむ、とファッジが思案する。「へえ、人妻ね……そうか……。連絡先わかる? バイクのアフターサービスをだな……」

「もう帰りなさいよ!」

 帰り際にファッジは「やれることは全部やったよ。そうだろ?」と言いおいていったが、ハニーにはそうは思えなかった。


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