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第9話 グランドキルージョン②

 ファッジはハニーの疑いの目に気づいた。「なに?」

「おまえ一枚噛んでるだろ」

 ファッジは過度なドラマチックさできょとんとしてみせた。「噛んでないよ」

「うそつけよ。最初からわかってたな? なあ、ふつう、友達をデスゲームに連れてくるか?」

「知らなかったよ」

「アーニー」

「ほんとだよ」

「そろそろいいかげんにしろよ、おれはマスタードにこの足返すまで死ねないんだよ」

「噛んでないってマジで。それにマサムネなら平気だよ。死ななそうだし。ていうか、そんなこと考えてたのかぁ。おもしろいなあ」

「最初の脱落者はおまえになりそうだな」

「おいおい、怖いこと言うなよ。だいたいおれだって巻き込まれているんだぜ。殺し屋じゃないのに。どうしよう」

 おまえならやりかねないだろ、そういう言葉をぶつけようとすると、黒髪の青年がいきなり割って入ってきた。「失礼、きみもそうなのか? おれも殺し屋じゃないのに連れてこられてしまったんだ。運営側に抗議しよう」

「あんたは?」

「ニッキー・スペンス」

 葬式に行くような黒いスーツの男だ。アーモンドファッジと固い握手を交わす。

「ああ、まいったな。今日はある人物を追っていて……おれはただの探偵なんだよ。殺し屋じゃない」

「いやあ、あんたのこと知ってるけど、あんたバリバリ関係者だろ」横やりが入った。一位の殺し屋に会いたがっていた、長机に足をかけた男だ。だるそうな表情で腕を上げて彼を指さす。「こうもり傘のニッキーだ」

 その名前を受けて教室がざわついた。だみ声の男がぼそっとつぶやいた。「ああ……。番付で二十位まで上がったろ。二月くらいに」

「たまたまだ」ニッキーの困り顔に迷惑そうな表情が加わる。「依頼人を襲ってきたやつをしかたなく倒しただけ、正当防衛だよ。相手がランク上位の殺し屋だなんて思ってなかった」

「“正当防衛”は業界ルールの基本でしょ」前の席の女がくすくす笑う。「講義聞いてたぁ?」


 講義によれば――NYCCにうごめく殺し屋どもの大半が野放しなのはこの理屈が大きい。いわく、個人間の紛争解決において、殺し屋には殺し屋をというのが基本理念である。紛争に勝ったほうの殺し屋が殺人罪で逮捕されないのは、「正当防衛」と「銃を持つ権利」のせいだ。特に後者の拡大解釈、合衆国憲法修正第二条の延長線上に殺し屋はいる。理屈では。


「だったら」ニッキーが切り返す。「依頼人のいない殺し合いに意味はない。そうだろ?」

「なお、最後まで残ったひとりには豪華賞品が用意されています」アナウンスが涼しげにニッキー・スペンスの発言をぶった切る。「まず賞金三万ドル」

 口笛と歓声と野次。「おいおい、二十人殺してそれっぽっち?」

「ひとりで全員を相手する計算かよ、まぬけ!」と別の野次。

「それと、殺し屋番付サイト内の一か月間の広告費を無料とします」こちらの方が反応がよかった。殺し屋どもが明らかに目の色を変える。「例年の傾向では、この特典でランキングが最低でも百位ほどアップします。例えば、去年の優勝者のフレジエ、ワークショップ以前は名もなき二百位圏外の殺し屋でしたが、ワークショップ後は九十五位まで上がり、一年後の今朝は十二位です。年収もなんと十倍以上になったとか。そうそう、この“ディスカッション”の様子は各所に備え付けの監視カメラによって撮影され、サイトで生配信されています。活躍いかんによっては、将来の顧客に困らない、人気殺し屋になれるかも。さて、みなさんのモチベーションもあがったところで、会場の準備ができました。みなさん、外に出てください」


 放送が途切れた。殺し屋たちががたがたといすを鳴らして移動を始める。「強制もできるんですよ」とアナウンスが付け加えたので、ニッキー・スペンスもしぶしぶ腰を上げた。

 一同は外に出た。

 四角い大きな建物が並んでいる。倉庫だ。足元は道路だが、遠くに塀が見える。看板があり、色あせた字で「生産棟」「クリーンルーム」と書かれている。工場か。工場にいるようだ。くすんだ色の高く伸びたタンクやパイプの集まりが見える。廃工場、そうだ。自分たちが出てきたところは他の建物より小さく、休憩所のようなスペースであったようだ。


「舞台はここ、レッドベルベッド工場跡地です。五年前に閉鎖されてから取り壊しの目途も立たず、こうして荒れ放題になっているこちらですが、今回若い殺し屋育成の場としての役割がめぐってきました。工場内の備品などはなにをどうしてもかまいません」

 今にも「はい、始めて、どうぞ」と言われそうで、ハニーは自分以外の全員の正気を疑った。アーモンドファッジは相変わらず読みにくいとぼけた表情だし、ニッキーとかいう自称探偵の男は冗談じゃないという顔をしているが、その他のゴロツキ共はやる気満々に見える。そんなに番付の上位になりたいのか。あのフレジエが上位ランカーだったのを知って、なしくずし的に番付に登録されたハニーも順位の意味は理解したが、はい殺し合えと言われてもそうそうやる気になるものではない。

「ルールを説明します。工場の敷地から出たら失格。死亡したら失格。戦闘不能になったら失格、これは五分以上の気絶や動けないけがです。なお降参の意を表しても失格とします。さて、ポケットに鍵が入っていると思います。この工場の敷地内に、ひとりひとつとして、箱が隠されています。それはみなさんが日ごろ持つ武器が入った箱です。鍵はそれぞれ違うため、別の箱は開けられません。つまり、みなさんは、一刻も早く自分の武器が入った箱を見つけ出さなければなりません。目安として、半径二十メートル以内に入ると鍵が光り、距離が近づくにつれ点滅の感覚が短くなります。五メートル以内で箱から音が鳴ります」

「マジでやるのかよ」

 そこで声を上げた男がいた。自分の他にもまともなやつがいたらしい、とハニーは彼の主張を見守った。「新人研修恒例ドッキリかなにかだと思ったのに」と首を振る。「ふざけんじゃねえ、たいした金も出ねえのによ、おれは降りるぜ。降参だ、降参。こんなところで死んでられねえしな。もっと金になる殺しでビッグになるんだ」

 少しの間が空き、「参加者ナンバー六番、降参ですね」とアナウンス。「受理しました」

 揚々と歩き出した男を見て、降参もありなのかという雰囲気が殺し屋どものあいだにただよい始めた。ニッキーは狼狽した様子だ。ファッジを振り向いたが、彼は注意しなければわからないほどわずかに首を横に振った。そんなにうまくいくわけはないと言いたいのだとわかる。


 と、建物のかげから車が出てきた。無人運転のトラックだった。「お迎えかよ」とだみ声の男が言う。六番の男は口笛を吹くと道路まで出ていき、そのままスピードを上げて走ってきたトラックに轢かれた。

「は?」と足癖の悪い男が大声を上げた。

「あ……調査対象が……」ニッキーが口ごもる。

「今見えてたでしょ?」と前の席にいた女。「なんで?」

 はね飛ばされた殺し屋六番の体が道路の向こう側に落ちる。ぴくりとも動かなかった。「人形かなんかだろ」と見に行ったファッジが無言で首を振りながら帰ってきた。

 運営からのアナウンスは簡潔だった。「降参を宣言した参加者は、その場でしばらく待機していてください。工場内を周回しているトラックがお迎えに行きます」

 ――降参したら殺す。

「あの男が自殺志願者でないのなら」ファッジが低い声でつぶやいた。「おれらはまだ殺し屋ペカンの催眠術の支配下にあるということだな」

 アナウンスが声を張った。

「時間は無制限のバトルロイヤル、最後のひとりになるまで終わりません。二十一、いえ、二十人の新人のみなさん、よいディスカッションを。はい、始めてください」

 一瞬の静寂ののち、殺し屋どもはわっと動き出した。


 おおむね二種類の反応に分かれた。真っ先に武器を探しに走り出したやつと、その場でほかの参加者に襲いかかったやつだ。

 ハニーはファッジと同じ方向に向かった。殴りかかってくるやつを投げ飛ばしたファッジが手で合図を送ってくる。ひとまずは木立の中に逃げ込む。素手での小競り合いがどんどん後ろに遠ざかる。

 走りながら、Qフォンを起動した。

「IQ、ここはどこか教えてくれ」

「レッドベルベッド工場跡地だよ」Qグラスで地図を出そうとしてエラーになる。「ロングアイランドサフォーク群北部、ショアハムに位置する、レッドベルベッドフィルター社の工場だね」

「サフォーク?」ファッジがすっとんきょうな声をはさむ。「グリニッジビレッジにいたのに。思ったより移動してたんだな」

「地図は出せないのか?」

「インターネットに接続できないから無理ー。最後にわかった位置情報がさっき教えたやつだよ」

「接続できない?」

「妨害電波があるみたい。ごめんね」

「まいったな。じゃあ通信も?」

「ごめんね」IQの謝り方はのんびりとしたもので、あまり申し訳なさが伝わってこない。

 しばらく走ったあとで、「このへんで止まるか」と息が切れてきたファッジが言った。「広い工場だな、しかし」

 白く高い壁のそばに来ている。看板を見るに、第二生産棟の裏側にいるらしい。軽くひとまわりして他の殺し屋が潜んでいないか確認する。同じ方向に来たやつはいなかったはずだが、建物の角の向こうややぶの中を見ておく。工場の敷地内はけっこう自然が多い。もともと緑を意識して配置していたところが、閉鎖で手入れする人もいなくなり、半ば森のようになってしまったのだろう。茂みの影に、ふたりそろって身を隠す。障害物が多いのはありがたい。


「マサムネはまたAIの友達ができたのか」ファッジが呼吸を整えた後でまっさきに言ったことはそれだった。

「仕事のアシスタントだよ。優秀なんだ」

「IQ、おれはアーモンドファッジ。よろしく」

「覚えたよ。わたしはIQ/(ハー)。よろしくねー」

 ファッジはハニーを見てにやっとした。「かわいいな」

「美少女化すんなよ」

「思想の自由ってすばらしいよな。ところで、近くに箱はありそうか?」

 ふたりはそれぞれポケットを探し、銀色の鍵を確認した。移動の途中で入れられたものだろう。どちらの鍵も光らず、近くで音が鳴っていることもない。

「早いとこ武器を手に入れないとな」ファッジは額の汗をぬぐった。

「どこにあるか知ってるんじゃないのか」

「知ってたら案内するって」

「おまえの座右の銘は『敵をだますにはまず味方から』だって知ってるんだぞ」

「だてに長い付き合いじゃないよなぁ」

 ハニーは発言しようとしてやめ、目をふせてため息をついた。「……まあ、いい。ひとまず置いておく」

「恩に着ますよ」ひょうひょうと戦友は応じた。「で、どうする?」

「早く終わらせて帰りてえな」

 ファッジは目を見開いた。「……驚いた。存外乗り気だね」

「乗り気じゃねえよ。あまり時間がかかると本来の業務に差し障る。ワークショップのあとで研究所に寄る予定だったし」

「あ、そういうことね。だとしても同じことだぞ。最後のひとりになるまで終わらないんだから、どのみち殺していかないと」

「気絶させるのもオーケーだろ」

「それでもいいけど、五分以内に覚醒すればまだ失格じゃないから、そうなったら二度手間になるぞ。あと、自分が気絶させたやつが他のやつに殺されるってこともあるし。そうなると殺し屋としての信用が落ちる。見られてるのを忘れないようにな」ファッジは屋根の角についた監視カメラをちらっと見上げた。「殺し屋フレジエが人気になったのって、外見がかわいいのもあるけど、戦い方が見ててスカッとするっていうのも大きいと思うんだよな。きっと去年のこれで一躍有名になったんだろうな」

「別におれは有名にならなくていい。他の仕事を受ける気もない」

「だろうけど、ちょっと聞けって。おまえの殺し屋としての評価が上がれば上がるほど、チョコレートミントちゃんは安全だぞ」

「なんでだよ」

「なんでって、強い殺し屋に守られているやつにはなかなか手が出せないだろ」


 ハニーが強くなるとチョコレートミントが安全、チョコレートミントが安全だとメルバも安心、メルバが安心するとハニーの評価がアップ、みんなにっこり、という図式を地面に描いてまで説明するファッジに付き合ってやりながら、ハニーはほかにこいつにとって得なことがあるんだなと察した。仲介者には殺し屋番付からキャッシュバックがあるとか、紹介した人の名声も上がるとか。転んでもただでは起きないのがこの男だ。

「ま、そこそこ見返りがあるって話だよ」ファッジは絵をかくのに使った枝を投げ捨てながら言った。「わかった?」

「殺される側になるのはごめんだしな」ととりあえずは同意する。

「じゃ、そろそろ出発するか」

「武器はやみくもに探すしかないのかな」

 ハニーがそう言ったとき、一発の銃声が木立を抜けて聞こえてきた。

「もう箱を開けたやつがいるな」ファッジが中腰で動き出す。「急ごう」

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