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第8話 NYCCAI紀行④

 衝撃でしばらく動けなかった。マットの上とはいえ、二十メートル以上の高さから飛び降りたのだ。心臓がばくばくする。コルビーの腕から、泣きじゃくる女性が引き離されて、警察官に連れて行かれる。大丈夫か、と相勤者の顔が視界いっぱいに入る。だれかいた、とコルビーは口走る。

「彼女も無事だぞ。まったく、無茶するよな。立てるか?」

「だれかがいた」コルビーは訴えた。「撃ってきた! ビターはどこだ、どうなった!」

「けが人はいない。ビターは見えなくなった。屋上にまだいるんじゃないか?」


 いや、もういないだろうとコルビーは確信していた。事実、そうだった。





 研究所でふたりを出迎えたボスは上機嫌だった。チョコレートミントからボトルを受け取ると、さっそく明かりにすかすようにしてながめ、てきぱきと保存瓶に移してガムシロップ漬けにする。

 IQの使用感を訊いたのはそのあとになった。


「悪くないんだけど」ミントは乱れた髪を手ぐしで直した。「話し方、もうちょっとなんとかならないかなあ? 堅苦しくって」

「そんなに気になる?」うーんとうなってメルバはパソコンを操作した。「ああ、フレンドリーモードっていうのがあるね。試してみようか。……うん。IQ?」


 画面が光り、言った。「どうもー」

 一同のあいだに沈黙が流れた。

「わたしはIQ。よろしくねー」AIはかまわず続けた。「さっきのビターの詳細、みんなの手元で見られるようにしたよ。メルバはかせー、今回のデータを加えて修正した統計グラフを見る?」

「あ、ああ。頼む」

「はぁーい」

 間延びした声と共にグラフが表示された。

 メルバはあごをかいた。「両極端だなあ。もうちょっと真面目にやってほしいんだけど」

「ビジネスモードに戻すー?」とIQ。

「こっちのほうがずっといいよ」ミントが反対した。「ハニーはどう?」

「前よりいいんじゃないか。声に合ってる」と言ってからはっとする。しまった、メルバの味方をするべきだった。


 だがメルバは「そうか」とちょっと考え込んだ。「ならこのままでしばらく、やってみようか」

「了解ですー」IQがほがらかに言った。





 夕刻、道々の屋台が店じまいを始め、深まる宵闇に反比例してネオンサインがまぶしさを増すころ、ハニーとチョコレートミントは帰途についた。

「いやー働いた働いた」ミントが指を伸ばす。「明日何時がいいかな。射撃場行ってからでしょ? 九時くらいかな……」

「無理しなくてもいいぞ」

「ん?」

「銃が苦手なら、他のことをすればいい。今日みたいに」ハニーは言った。「撃つのはおれの担当でいい」

 足を止めたチョコレートミントに、ハニーも歩くのをやめる。

「どういう意味?」

「今日やってみてわかった。おれたちの仕事は分担できる。完全に。おれたちは互いに得意な方をやれる」

「どうして? あたし、そんなに見込みないかなあ?」

 ハニーは否定した。「でも、おまえ、まず実銃が好きじゃないだろ」

 チョコレートミントは肩をすぼめた。「……やっぱりそう思う?」

「わかるよ。外でも砂糖弾で練習できればいいんだけどな」

「ボスがだめって言いそう」

「おれとしては、自衛のためにも上手になってほしい。でも、どうしても苦手なら、ほかの手もあるだろう。それに、ビター退治のときは、銃を持つ必要はもうないんじゃないか。どうだ」


 彼女がなにかを逡巡しているのがわかった。自転車が二台ふたりを抜いていき、引きあげるフルーツジュースの屋台が角を曲がって見えなくなった。夕日はビルの後ろにすっぽりと姿を隠し、ヘルズキッチンに夜の訪れを知らせていた。


「話しておいたほうがいいよね」チョコレートミントは向き直った。「あのね、あたし、ビターに飲まれたことがあるの」


 ああ、とハニーは言った。なんとなく、そうではないかと思ってはいた。


「だから研究所にいるの」ミントは続けた。「最初はあたしもメルバ博士にデータを提供するだけの人だったけど、でも、ビターのこと、自分で知りたくなったの。自分で調べて……他にも飲まれた人を解放したいって思ったの。だから……だから、射撃もちゃんと教えてほしい。あたし、ほら、こんな感じだし、へたくそで、すぐやだとか、飽きたとか言っちゃうと思うけど、そこは、あの、根気強くお願いします」

「そこを他人任せにするのかよ」

「えへへ……」ミントは髪をかきあげた。「頼んでもいいでしょ?」

 無論だった。だから、翌日八時五十分に廊下で待ち合わせる約束をした。


 ドアを閉めながら、今日は悪くなかったとハニーは振り返った。成果を上げた。少しはいい印象で今日の仕事を終えられたはずだ。先日の失敗が少しは埋まっているとありがたいのだが。狙撃技術はおれの武器だ。唯一の。その武器で勝ち取っていけばいい。近づいているはず、一歩ずつ目標に。そう信じたい。


 突然、ポーンと聞き覚えのない音が鳴り、ハニーはその源を探した。

 Qフォンがちかちかと光っていた。新しい携帯に入ったメッセージはアーモンドファッジからのものだった。今度業界の集まりがあるから出席しておけよ、という内容だ。開催要項が添付してある。


〈警備・防衛・治安維持業者のためのワークショップ〉

 積極的防衛を含む警備業者のための講習会です。

 業界ランキング上位のボディガードも参加・講演予定。入場無料。新人の方歓迎。ぜひご出席ください。



(第8話 おわり)

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