番外編 インサイド・ポピー
ポピーシードはパーシー・メルバの秘書である。
スケジュールを管理する。来客の確認をする。研究所のメールボックスを整理する。車の運転もする。未成年ではできない手続きを代理で行う。壊れた機械の修理の手配や、新しい実験器具の注文をする。お茶をいれる。モニターにかじりつくボスの注意をひいて、たまに立ち上がって歩いたり、窓の外を見るように促したりする。
朝、出勤してきた助手と用心棒にあいさつし、目を通すべき資料や、更新された捕獲器具のマニュアルを手渡す。朝礼を取り仕切る。今日のボスの予定と、場合によっては助手の予定を読み上げ、ボスが出かけるなら車を回したり、ボディガードと打ち合わせをしたりする。
出かけないときはまかないの準備をする。
――まかないランチ!
このことを考えるとき、ポピーの頭は普段より速く回り始める。ええと、今日パーシー様はご自宅からいらっしゃったから、朝食はごく簡単なものしか食べていないはず。なら、昼食はちょっと多めでもいいでしょう。成長期の子供はたくさん食べないと! 今日は……キャベツのラペ、カリフラワーのスープ、肝心のメインはなににするべき?
「そんなこと言って、またトマトのキッシュにするつもりでしょう」頭の中にポピーBが出てくる。「マンネリにもほどがなくって?」
「だって、あれパーシー様が好きですし」ポピーAは言い訳した。「今日は全員そろっているから、みんなで分けられるし、食卓映えするのだもの!」
「このところカロリーが高いランチが続いているのでは?」とポピーC。「昨日は外食もしたことだし、別のメニューを考えるべき」
「あなたは坊ちゃんのママじゃないのよ?」ポピーDが言った。「栄養状態を考えるのは実の親に任せればいいじゃないの!」
ポピーCは信じられないとばかりに腕を組んだ。「任せられる? マーサに? 卵を三十分もゆでようとした子に任せられるの?」
「それって、もうけっこう前の話ではなかったかしら」ポピーAはひとりごちた。「年取るとやあね」
「そもそも、坊ちゃんはもう自立して働いてるんだから、自分の健康だって自分で気をつけられるんじゃない?」
ポピーDの意見に、他のポピーから「それはないわ」「まだ未成年よ!」と口々に反対意見が上がる。
「これからの時代の経営者は、まず自身の健康に気を配れる人でなければならないと、ジョージ様も言っていたでしょう」ポピーDは声を張り上げた。「わたしたちの過保護さが、パーシー様の成長の機会を奪っているのではなくって?」
「一理あるかも」とポピーA。
「パーシー様に家庭科の基礎を教えたのはわたし自身だったわね」ポピーBが振り返る。
「街に出て既製品を買うのだって、経済感覚を養うことにつながるわ」ポピーCもしぶしぶ認めた。
「本日の昼食作りはパスして、たまには中華でもテイクアウトしましょうよ。角の店の天津飯なんかどう?」
「でも、作りたいじゃない! ランチ!」
「よしてよ、いつまでたっても結論が出ないじゃないの……」
デスクからメルバが呼んでいた。
「ねえポピー!」
「はい」ポピーはあわてて聞き返した。「なんでしょう?」
「今日のランチはなに?」
「ええっと、実はまだ考え中です」
「じゃああれがいいな、トマトのキッシュ」メルバは椅子をくるくる回した。「ぼくあれ大好き」
ポピーはにっこりした。ラウンド終了。その他のポピーたちは袖に引っ込んでいく。
「では、そうしましょうか。十二時には焼きあがるので、遅れないでくださいね?」
(番外編 おわり)