第19話 ショートケーキ・サーキット③
ファッションのフロアを巡りに巡って、チョコレートミントは季節を先取りした春服と、アクセサリーを数点買った。フレジエはほとんどなにも買わなかった。化粧品のフロアでは、タッチアップを遠慮した。かたくななほどに。
ランチはモール内のスペイン料理店で取った。ミントの注文した料理群がテーブルを埋め尽くし、その隙間で狭そうにちまちまコルタードをすするフレジエに思わず吹き出してしまった。
美術館に立ち寄った。アメリカの現代美術の展示の中を歩きながら、なにかひとつ持って帰れるとしたらどの作品にするか、という議題でふたりは大いに悩んだ。「お姉さまが本気で欲しいと思うなら」とフレジエは眼光を鋭くした。「わたし、やるわよ」
ソーホー、ノリータあたりをぶらぶらして、のどが渇いたのでレモネードを買った。「ね、次はわたしのおすすめに連れて行ってあげる」フレジエはミントの腕を取った。「まだ食べられるわよね? うふふ。デートっぽくなってきた」
皿に乗った半月型のパイのような食べ物は、スペイン料理らしい。ハニーがIQにミントの最新投稿を見せて意見を聞くと、エンパナーダという具入りのパンではないかとのことだった。ハイラインのショッピングモールにスペイン料理店が入っている。昼飯の時間か、とハニーは時計を見た。
弾薬の確認も、メルターのメンテナンスも、実銃の手入れも、ナイフを研ぐのも、データの整理も、ロボット掃除機の世話も、メルバの飼いアリの給餌も、やり終えていた。ビター発見システムも沈黙している。
完全食グミを口に放り込んで昼食を終え、ハニーはかばんを持って立ち上がった。
フレジエが案内したのは、小さなパティスリーだった。イートインスペースも二席しかない。必要以上にしゃべらない給仕が、ティーセットとケーキを運んできて、テーブルにすっと置いた。息を詰めて写真を撮る。
「月に一回、ここのショートケーキを食べに来るの」
人生でかなりの数のスイーツを食べてきたチョコレートミントだが、確かにこれはうならざるを得なかった。イチゴと生クリームのシンプルなショートケーキだった。スポンジはきめが細かい。クリームは甘すぎず、イチゴのうまみをよく引き立てている。きちんとまとまった、上品な味だった。――次の投稿を考える暇も省けたし。
「すっごく、おいしい……!」
「よかったあ。気に入ってもらえてうれしい」今回はフレジエもフォークを取った。とっておきの店に連れてきてくれたらしい。「イチゴの旬は今なのよ。今が一番、イチゴがおいしい時期なの。クリスマスじゃなくってね」
「そうなんだ」
「じゃあ次はわたしの家を案内するわね」
「えっ?」
ハニーがミントのBBを開くと、朝の三連パフェが再投稿されていた。理由がさっぱりわからなかったが、自分にはあずかり知れないSNS投稿の妙だろうと考えていると、間を置かず更新が入った。ショートケーキの写真が上がっている。
位置情報を確認すると、マンハッタンのほとんど南端のカフェにいる。離れたな、とマップをにらむ。ブルックリンまで行くつもりか? そろそろ合流しておきたい。
Qフォンが鳴りだした。「メルバ博士だよ」とIQが教えてくれる。
「羽生? 今どこ? ミントの投稿見たか?」焦り気味の声色だ。「あの、ぼくの勘違いならいいんだ。でも、きみの意見も聞いた方がいいって、ポピーも言うし」
「今上がった写真ですか?」
メルバの声を聞きながら、食べものばかりの投稿を思い返す。
「パフェ、チョコの缶、スペインのパイ、レモネード、ショートケーキ?」
「パフェは後に回ったでしょ?」
「というと……」
「正しい順番はこうじゃないかな。ヘーゼルナッツチョコ、エンパナーダ、レモネード、パフェ。頭文字をつなげるとHELPになる!」
「で、ショートケーキか」
「フランス語でフレジエ!」メルバは通話に入る風の音に気づいた。「もしかしてもう外にいるの?」
「すぐに合流します」
ハニーはハイラインの階段を小走りに降りていった。