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第19話 ショートケーキ・サーキット②

 ハニーは出張中のメルバに告げ口の電話をかけた。


「もしもし? なにかあったの?」

「おはようございますボス、今日おれは休暇なんですか?」

「待って」とワシントンからメルバはうめいた。「言わないで! 嫌な予感がする!」


 事の次第を話すと、電話口から「はあー……」という深いため息が聞こえてきた。「普通に働いて普通に休めばいいのに、どうしてホイホイ失踪するのかなあ」


 エイリアンを砂糖で倒す仕事はどう見ても普通ではないだろうと混ぜ返すのはやめる。


「……たまに行方不明になりたいんでしょう」

 メルバは「フン!」と鼻を鳴らした。

「気持ちはわかる気がする」


 なだめたつもりだったが、「ふうーん」とメルバは露骨に不機嫌になった。「ま、休暇取得の手続き的にはなんの問題もないんだよな。幸い居場所はわかるし」

「どこですか?」

「今はリッキィズ・ハイラインっていうカフェにいる。BBにもおっきなパフェの写真が上がってるよ。はあー……」とメルバは再びため息をついた。「この際、きみもどこかで羽を伸ばしたら?」


 そう言われてもな、とハニーは頭上にそびえ立つエンパイアステートビルを見上げた。もう出勤してしまった。





 空になったフルーツパフェのグラスが下げられ、入れ替わりにチョコレートパフェが到着した。


 店員に紅茶を頼むと、「お相伴できなくてごめんなさい」とフレジエは眉尻を下げた。

「や、なんか、あたしだけ食べてごめんね」

「お姉さまの休日だもの。お姉さまが食べたいものを食べたらいいの」フレジエは、改めてミントの前にそびえたつパフェをしげしげと見た。「お姉さまって、健啖家なのね」

 写真を撮り、ミントはパフェに手を付けた。「すぐお腹すいちゃうんだよね」

「いっぱい食べる人はすてきよ」

「そう? ありがとう」

「甘いものが好きなの?」

「うん。えっと──」

「フレジエって呼んで」手のひらにあごを乗せて、彼女は甘い声でささやいた。

「フレジエ……ちゃんは」ミントは言い直した。「甘いものは嫌い?」

「好きだけど、あまり量を食べられないの」と目を細める。「お姉さまが食べているところを見るだけで、けっこう満足」


 よくわからないけど、とチョコレートミントはスプーンを口に入れた。なんだか気に入られてるみたい。彼女はやや目尻を下げ、おだやかな微笑でこちらを見つめている。表情を観察してみても、害意は見当たらないし、演技という雰囲気でもない。


 チョコレートミントはこれまでに出会ってきた殺し屋たちを思い返した。街中で襲ってきた輩、爆発物を送ってきたアンゼリカ、ハニー共々薬物中毒死させようとしてきた男、顔は見ていないがパーティーに紛れていたアイスピック使い……あと数人いたような気もするが、とにかく彼らはどこにでも現れ、問答無用で殺しにかかってきたものだ。が、今のフレジエはそのような、標的を見つけ次第仕事にかかるといった構えはまるでない。「今日はプライベート」というのもあながち嘘ではなさそうだ。なぜここまで好意的に接してくるのか心当たりがないけれど、ひょっとしたら、話せばわかる人だったりする?


「このあとはどこに行くの?」

「んー、服でも見ようかな」

「いいわね!」

 キャラメルとりんごのパフェが届き、ミントは写真を撮ってSNSに上げた。





 BBに上がっている三連続のパフェ写真に、ハニーは目を疑った。なんてデタラメな食生活だ。以前、「一日中起きているから、常人の二倍お腹が減るの」とそれらしく言い訳していたことがあるが、さすがにカロリーオーバーだろう。なぜだか既視感がある。羊羹を買っていったら、「おっ、ありがとう、これ好きだぜ」と頭からかじりついた上司がいたっけな。


 せっかく来たので、研究所に顔を出していた。ポピーも当然メルバのお供をしているので、研究所は無人だったが、普通に仕事をする。まずミントの居場所を確認した。大きなモニターに、存在を示す点が光っている。カフェから移動しつつあるようだ。GPSに加えて、ミントのSNSが更新されたら通知がくるようにQフォンを設定しておく。せめて行動を追えるようにしておこう。





 ショッピングモールに入り、殺し屋と服を見て回る。それ自体は、割とあることだ。でも今日の殺し屋は、「かわいい」「これお姉さまに似合う」「こっちの色も捨てがたい」「買っちゃえば?」とポジティブな合いの手を入れてくる──「そろそろ移動するぞ」「それ前に買ったのと同じじゃないか?」「昨日買っただろ」「先週も靴買ったよな?」「足何本あるんだ?」などではなく。新鮮なことだった。しばらく女友達と買い物をしていないことに気がつく。


 試着室を出てから、ミントはハッとした。ここならフレジエに気づかれず、ハニーと連絡が取れたのでは? でも……。ご機嫌なフレジエの横顔を盗み見る。彼女の方は行動を起こす気はないようだし、そんなに危険ではないのかも。でも、なにかあったらすぐ連絡、ってハニーにもメルバにも言われてるし。でも、あんなメモまで残してお休みにしてきたのに、やっぱり来てというのもなんだか格好悪い。でも……。


「どうしたの?」とフレジエが顔をのぞきこんでくる。「なにか悩み事?」

 ミントはあわててかぶりを振った。


 階を降りると、食料品のフロアに出た。新規オープンしたばかりのパティスリーが、通路に出てヘーゼルナッツのチョコレートを売り出している。「キラキラの缶でSNS映えしますよ」と店員が力説する。


「買うの? お姉さま」フレジエがミントの手元を興味深げに見ている。





 通知が来た。ミントが上げたのは、キラキラしたお菓子の缶の写真だ。ヘーゼルナッツチョコレートと書いてある。「まさか今喰うのか?」とハニーは危ぶんだ。あのパフェ大行進のあとで?


 何気なくスクロールして、あれ、と思った。先ほどの三パフェの写真が消えている。投稿を消したようだ。なにか都合が悪かったのだろうか。特に気に留めず、ハニーは砂糖弾の在庫確認に取り掛かった。

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