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番外編  殺し屋フレジエVSMCテリヤキ~ラッパーの彼女連続殺人事件~(B面)

「あ、もう死ぬ覚悟できたのね? うん、ノーラの事件を解明するには、まずヴィヴィアンの事件から説明しないとね」フレジエは指を鳴らした。「はい、どーん」


 幕に新しい画像が投映された。白と黒で構成された人型の影が映っている。死亡時画像診断の結果である。

「これはヴィヴィアンの遺体のCT画像よ」フレジエは声を張り上げた。「これは肺。えーと、この中にこれ読める人いる? 医療畑の人?」

「肺に水があまり入ってない」客席から声が飛んだ。「溺死にしては少ないような?」

「ありがとう!」声がした方をまっすぐ指さす。「そうだよね! 溺れると、肺の中は水浸しになって、それが白い影になって映るはず。でもこの画像はそうじゃない。なんでだかわかるかな? 答え。ヴィヴィアンは、プールに入る前にすでに瀕死だったから」


 テリヤキは少し顔色を変えたようだ。――ま、仮に無実でも、変えとかなきゃいけない場面だしね。


「テリヤキのSNS、海水浴とかバーベキューの場面で、よく出てくるものがあるよね。このブルーのクーラーボックス。これ、ほら、ヴィヴィアンの最期の投稿にもある」

 ヴィヴィアンの最期のSNS写真は、溺れて亡くなる数時間前の自撮りだ。背景のプールサイドに、クーラーボックスも写っている。

「これ、かなりおっきなクーラーボックスだよね。四人でアウトドアするならこんなものかな? どう?」

「なにが言いてえんだ?」

「たーっぷり入りそうだよね。ジュースとか……保冷剤とか」フレジエは足もとを蹴っ飛ばすふりをする。「そう、今日のイベントも使われてる、スモーク。これ、ドライアイスだよね。テリヤキは演出でよく使うよね? ヴィヴィアンが亡くなった前日のステージでも使ってる。このときのスタッフに聞いたけど、ドライアイスの購入量と使用量が合わないんだって。おかしいね?」


 背後で、MCテリヤキ公式イベントの動画が流れる。テリヤキの登場と共に、白い煙が舞台に景気よくあふれ出す。


「ヴィヴィアンを殺すのに、テリヤキは近くにいる必要はなかった。クーラーボックスにドライアイスをいっぱいつめて、プールサイドに置いていけばいい。ひと泳ぎしたヴィヴィアンが、いつもみたいに、いつものところから飲み物を取ろうとして、クーラーボックスを開けるよね? ボックスの中には高濃度の二酸化炭素が充満してる。ヴィヴィアンは二酸化炭素中毒死だったんだよ」


 死者が横たわる棺に顔を近づけすぎて、遺族が亡くなるという事故がある。原因は棺桶に敷き詰められたドライアイスによるものだ。


「テリヤキは、ヴィヴィアンが動かなくなった頃合いを見計らって、プールに出て行って、死体を水面に投げ込むだけ。Web会議も、トイレ休憩くらいのちょっとの離席で済む。 一から殺すより楽ちんでしょ? プールサイドにカメラでも設置していればより確実。あとは、好きなタイミングで第一発見者になればいい」

「それがもし、万が一、本当だとして」テリヤキは余裕を取り繕った表情だ。「ノーラの件はどう説明するんだ?」

「ノーラの方はずっと簡単。テリヤキファミリーの中で、お酒を飲むのはテリヤキとノーラだけ。だから、ふたりにだけ、晩酌の習慣がある。ま、証拠として出すまでもなく、さっき自分でも言ってたけどね。つまり、殺すチャンスはいくらでもある」


 赤ワインの入ったふたつのグラスと、つまみのクラッカーの写真が観客に見せられる。昨年の春の投稿だ。


「ノーラのグラスに睡眠薬を混ぜて、彼女が昏倒したところを、風呂場に運び、ナイフを握らせて、自分で手首を切ったように見せかける。手首はバスタブにためた水につけておく。はい終わり。自分はベッドに戻って眠ればいい。ノーラは夜の間に失血死して、朝になればメイドさんが見つけてくれる」フレジエはDJ卓に寄り掛かり、さりげなくナオミとテリヤキの間に入る。「ちなみに睡眠薬は、昔テリヤキ自身に処方されたもの。ノーラが眠れないときに、ちょくちょく分けてあげてたんだって? 自殺のストーリーが疑われない下地が、すでにできてたってわけ」


 テリヤキは立ち上がっていた。「なんでおまえがそんなこと知って……ナオミ?」

「だって」とナオミが声を震わせる。「なんでふたりが死んだのか、知りたいじゃない! わたしにできることならなんだって……」

 少しのあいだナオミに強いまなざしを向けた後で、彼はフレジエに視線を戻した。「おれが酒に薬を盛ったとか、そんな証拠はどこにもない。それに何度も言うが、おれには動機がない」

「あるでしょ?」フレジエは言い放つ。「ヴィヴィアンを殺したのは、ノーラ殺しがバレそうになったから。ノーラを殺したのは、これが理由でしょ」


 ノーラの遺書が再び投影される。

「この紙切れ、変だよね。ねえレジェンド、この紙って、なに?」

「ああ?」

「コピー用紙みたいだけど、小さすぎる。メモ帳のメモにしては、縦横比が変な感じ。でもこれ、横幅がA4用紙とぴったり合うんだよね。つまり、ノーラの手紙はA4用紙に書いてあった。そして、遺書として読める部分だけを残して、上の方を誰かが切った。ま、あんたね」


 テリヤキの方に歩み寄り、下から睨め上げる。

「ノーラの手紙には、本当は何が書いてあったの? わたしの予想を言うね」テリヤキが声を上げようとするのを遮って言った。「別れの手紙だったんじゃない?」

 テリヤキの顔から血の気が引いたようだ。





 仮にもステージで、こんなに長い間なにもせずたたずみ続けるというのは、アーティストにとって異常事態だ。エンターテイナーが聞いてあきれる。フレジエはトントンと足で床を叩いた。ほら、何人かの向こう見ずなファンが、「テリヤキー!」「どうなんだよー!」って叫び出してる。なんか言いなさいよ、とせっつこうとしたとき、テリヤキが口を開いた。


「おれは施設出身でよぉ」

「はぁ?」

「チビの頃は苦労したけどよ。養父母に引き取られた後は、なに不自由なく生活させてもらったよ。本当のパパとママじゃないってアタマはいつもあったけどな。親もどっか一線引いてるような感じでよ。本当の両親だと思ってね、ってんじゃなくて、かわいそうなガキを支援してる、ってなスタンスだった。だけど、ノーラと出会って、ヴィヴィアンとナオミが来てくれてよ。……彼女たちといると、心からリラックスできたんだ。うちでテレビ見たり、一緒にメシ食ったりしてよ。施設の玄関前に置き去りにされてたおれがだぜ。愛ってよ、ほんとになんでもねえ時間なんだよな。ああ、こういうのが本当の家族だよなあって。だからさ、おれが言いたいのは」


 テリヤキは下駄の歯を鳴らして仁王立ちした。右手にはマイク、左手は客席に突き出す。薬指にはめた三つのリングが、照明を反射してキラリと光った。

「おれのものを、おれがどうしようと勝手だろ?! そうだろ(ナーミン)?!」





 イヤホンから弟のひとり言が聞こえた。「やっと本性を出したな」


「ノーラのやつ!」とテリヤキは唾を飛ばす。「おれと別れるなんて手紙を書いてやがったんだ! だから教えてやったんだよ! そんなことは絶対絶対絶対許可しねえってな! 最後に一杯飲もうって言ったら、なんにも疑わずに乗ってきたよ。そういうバカなところもかわいかったんだよなあああ!」

「ヴィヴィアンは!」声を上げたのはナオミだった。「なんで彼女まで殺したの!?」

「ヴィヴィアンはおれをうすうす疑ってたみたいだからな。おおかた、ノーラがなにか相談してたんじゃねえかな。おまえもなんか聞いてたのかぁ? ええ? ナオミ!」


 ナオミは自身をぎゅっと抱きしめている。大きな目から今にも涙があふれそうだ。


 彼女、自分に依頼しに来たときもこんな感じだったな、とフレジエは思い出していた。涙と共にこぼれた言葉の奔流。ノーラは絶対自殺しない、カナダで就職が決まっていたことをヴィヴィアンが教えてくれた、そのヴィヴィアンが死んだ、自分もきっと殺される。


「キャシディ! コリー・ミラー! スヌープ・ドッグ!」ステージを横断しながら、テリヤキは朗々と問いかけた。「おれが偉大なる先人たちと肩を並べて悪いか? なあみんな! おれはもうこっち側だ――最高に! イカした! DOPEな! ワイルドサイドを歩いてんのよ! みんな! 喜んでくれるだろ! なあ!」


 返事はない。固唾を飲んだ沈黙だけだ。

「ファンの顔も見えなくなっちゃったのね」

 フレジエはつぶやくと、左腕をまっすぐ伸ばし、テリヤキに向けた。


 散弾が彼の身体を貫く。MCテリヤキは数歩後ずさり、彼愛用のアウトドアチェアにどさりと座り込んで、絶命した。額から血がひとすじ流れ出ていなければ、ライブ中の休憩姿そのままに見えたことだろう。


「依頼完了。おつかれ」と弟。

 フレジエは左手から上がる細い煙をふっと吹き消した。依頼があろうがなかろうが、女の子とファンを泣かす男は、死んでいい。





 客が去った客席へ、ステージから降りようとすると、ナオミに呼び止められた。

「ありがとう」遺影を抱えてまた涙を流す。「ノーラとヴィヴィアンの仇を取ってくれて。わたしひとりだったら、きっと、できなかった……」


 週刊誌には、「富豪ラッパーの正妻を狙う女たちの骨肉の争い」などと書かれていたけれど――ナオミの肩に手を置いて、フレジエは思った。彼女たちはきっと、真に家族になれたのね。







「よく考えたら、わたしが受ける依頼じゃなかったかも」

 車の助手席でぼやくフレジエに、カシスは言葉を返した。「なにさ、急に」

「わたし、どっちかと言えば……」フレジエはそれを認めるのに五秒ほど要した。「……テリヤキ側の人間」

「そうだね。曲作ってるし、身内殺してるし、冷酷残忍だし。いってぇ」

 フレジエは無言で弟の脇腹にパンチする。車体が揺れた。


「……でも、ステージの上でテリヤキを殺してあげるなんて、優しいじゃん」

「まあ、依頼がそうだったし」


 ライブ中に死んだラッパー。結果的にこれが、故MCテリヤキの名声を上げることになるのかもしれない――もしくはDJナオミの。それが思わぬ結果なのか、依頼人の狙い通りなのか、雇われ殺し屋のフレジエは気にせずともいい話だ。


「それにしてもだよ。シカトして大西洋に放り込んでもよかった」

「……そうねー」

 ぼんやりと窓の外へ目を向けるフレジエに、カシスはそれ以上言葉を継がず、アクセルをほんの少し強く踏み込んだ。


 空が白み始める。行く手には、まっすぐな道路に凡庸な街路樹が延々と続いている。カシスがあくびを連発し始めたところで、フレジエは音楽をかけた。カーステレオから軽快なメロディが流れ出す。キレのあるリリックに、力強い声。


「あいつ」フレジエは頬杖をついたまま言った。「人間はクズだけど、音楽は悪くないのよね」

「ああ……」カシスは窓を開けた。

 明け方の空の下、車は北へと向かって行った。



(番外編 おわり)

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