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番外編  殺し屋フレジエVSMCテリヤキ~ラッパーの彼女連続殺人事件~(A面)

「じゃあ、打ち合わせ通りに!」


 重い扉を両手で押し開けると、音の洪水がフレジエの全身を打った。

 クラブ・チチカカはブルックリンにある古いハコだ。今夜も盛況だった。レーザーライトが躍る人々の頭をなでていく。重く響く低音が、サイボーグであるフレジエの体にも伝わり、人工皮膚を貫き通して内臓なかみを震わせる。タイムテーブルによれば、今夜は明け方近くまでこのイベントが続くらしい。

 イベントのタイトルは、「女神たちへのレクイエム」だった。


「悪趣味じゃない? 『贖罪』とか、『懺悔』に書きかえてやろうかしら」

「そんな気はみじんもないから、『鎮魂歌レクイエム』なんだろ。まるで他人事だ」と、イヤホンから弟の声が流れてくる。「さ、今夜も圧倒しようぜ」

 どこかで見ている弟にひらひらと手を振る。「かしこまり」


 フレジエはステージに向かった。

 リズムに合わせて体を揺らす観客たちを押しのけていく。波濤を進む船のごとく、彼女が通った後には人込みの裂け目ができた。乱暴に押されて文句を言いかけた客が、フレジエの左腕を見て口を閉じる。今日は手のカバーをあえて外してきていた。銃口がのぞく黒鉄の手のひらが、鈍く光を反射するのを見たのだろう。フレジエの身体は大部分が義体化している。


 ステージでは、DJがテンポを落とした曲に切り替えていた。足元にスモークが漂い、雲海のように見える。天国の演出だろうか、とフレジエは眉をひそめた。

「今日はありがとう」とMCが言う。「まだまだ楽しんでくれ。――ふたりもそれを望んでる」


 煙を蹴散らすように、舞台に躍り上がる。フレジエはジャンパーのフードをサッと脱いだ。

 DJが手を止めてこちらを見る。

 MCは立ち上がった――彼が休憩用に持ち込んだ、お気に入りのアウトドアチェアにちょうど座ったところだった。


 これがラッパー・テリヤキ、とフレジエは視線を鋭くする。本名テリー・キング、三十代半ばの男性だ。コーンロウにした長い髪、東洋の不死鳥が描かれた黒いTシャツに、ゆったりしたボトムスを身に着けている。足元は下駄を履いていた。事前の情報とたがわない。


「ヘイ、ガール」と、そんなふうに声をかけてきた。「飛び入りは、今日はナシだぜ」

「そーお?」

 フレジエは舞台袖から駆け寄ってきたスタッフを裏拳で殴り倒した。どよめいていた客席が静まり返る。

「でも今日はわたし、あなたを殺しに来たの」フレジエは声を張った。「言うべきことを言ったら、すぐにあなたをあっち側に送ってあげる」

 あっち側、と指さしたのは、DJの卓に飾られたふたつの写真立てだった。それぞれに女性のスナップ写真が納まっている。片方はブロンドを肩で切りそろえた女、もう片方は豊かなブルネットの女。遺影だ。

「おれのステージで何を言うって?」

 テリヤキはマイクをつかんだ。阿吽の呼吸でDJがビートを紡ぎ出す。


(テリヤキ)

 おれが最強天才ラッパー 秒でわからすマザーファッカー 

 ブルックリン一のエンターテイナー 三度のメシはテリヤキバーガー  

 テリーa.k.a.MCテリヤキ おまえの魂に刻み付けていけ

 だれにも負けねえおれがレジェンド 無粋な闖入あんたは何者?


 最後のフレーズ以外は、彼が十二歳で作った自己紹介リリックだ。時代を経て細部は変われども、おおまかには同じ内容である。

 フレジエは放られたマイクを受け取った。いいわ、乗ってあげる。依頼人もそれをお望みのようだし。


(フレジエ)

 ごきげんよう自称レジェンド 渡してあげるここで引導

 殺し屋フレジエがあんたの先導 心臓ぶちこむ弾は無尽蔵

 ()()()()()()()()()()()() それはあんたとわたしは言うわ

 テリヤキ 死んだ鳥 地獄行き 殺人鬼 おひとり ご案内!


(テリヤキ)

 学校行ってるかJK なにを言ってっか意味不明

 だけど悪くねえこの緊張感 久々にってるおれはどうだい

 歌うぜ女神の鎮魂歌 称えな永遠のイイ女

 朝まで踊ってけイチゴちゃん ビビってないでかかってきな


(フレジエ)

 ビビってるのはあんたの方 目が泳いでるよめっちゃ雑魚

 レジェンド殺してリビングデッド 死体作るのわたしの十八番

 さあ言い残すことはもう充分? 死に場所ここで大丈夫そ?

 ふたりを殺した贖罪OK? 今はじめるわ公開処刑!



 ビートが終わる。野次と歓声と単なる興奮の叫び声の隙間から、「どういうことー?」という声が上がる。「奥さんたちは事故なんでしょー?」

 フレジエは思わずにっこりしてしまった。「あんたのファン、ピュアでかわいいね。あんたのおためごかしを信じてる」

「信じるもなにも、それが真実だ」テリヤキが応じる。「おれの妻ふたりは事故で死んだ」

「ねえ、みんなもそう思ってるのー?」フレジエは客に向かって呼びかけた。「この一年で、テリヤキの女がふたり、立て続けに死んだ。ほんとに事故だと思うー?」


“だって、ノーラは自殺だろ?”

“ヴィヴィアンは溺れたって……”


 ざわめく観客たちを見渡して、フレジエは言った。「んー。純粋なかわいこちゃんたちに免じて、最初っからふたつの事件を整理してみよっか?」


 ここで、「ふざけんなよ」と果敢にもブーイングが上がった。「帰れ! ブス! 躍らせろ!」

「そっか! じゃ、テリヤキのマイメンたちを、ひとりずつクラブ・チチカカの床のシミにしていくね」

 フレジエは、実際に観客たちの頭上に向けて散弾をいくらか発射したので、会場はちょっとしたパニックになった。

 テリヤキが「落ち着け」とアナウンスする。「おれなら平気だ! やってもらおうじゃないの」と再び椅子にどっかと座った。「これもエンターテイメントだ。そうだろ(ナーミン)?」





 弟がホリゾント幕に拡大した写真を写し出してくれる。遺影に写っていたふたりの女性の顔だ。

「テリヤキのプライベート、みんなは、ある程度知ってるよね? この男には三人の彼女がいた」フレジエはテリヤキを振り返って見た。「あんた的には『妻』なんだろうけど、州法に則って『彼女』としておきましょうか」

「ま、構わねえぜ」彼は肩をすくめた。「大事なのは自分の心の持ちようだからな」

「どうも」フレジエは慇懃に一礼した。「彼女、ひとり目はノーラ。一番付き合いの長い子だった。テリヤキが売れてない時代から支えてきたガールフレンドね」


 スクリーンにブロンドの彼女が大写しになる。明るく、愛嬌のある顔立ちだ。夏のフェス会場だろうか、バンドのロゴが羅列されたTシャツを着て笑っている。


「天使みたいな娘だった」テリヤキがうなずく。

 冷たい一瞥だけ投げ、フレジエは続けた。「去年の二月、自宅のお風呂場で遺体が発見された。左手首を切っての自殺と見られる」


 ノーラは、水の張られた浴槽に寄り掛かった状態で見つかった。テリヤキと契約したハウスメイドが第一発見者だ。傷がついた左手首を浴槽に漬け、右手はナイフを握ったままだった。体内からは睡眠薬の成分が出ている。

 という詳細を報じたネット記事がスクリーンに出たが、フレジエが「はい次」と言うと消え去った。


「初のアルバムを出したあたりでできた、二人目の彼女が、ヴィヴィアン」

 色気のある女のショットが出てきた。水着で、豊かなブルネットをかき上げ、カメラをしっかり見据えている。堂々としたスナップから、モデル業であることが伺えた。


「マジでホットな女だった」テリヤキがしみじみとつぶやく。

「半年前」フレジエはテリヤキの声にかぶせるように言った。「真夏のプールで死んでいた。状況から水難事故の疑いが濃厚」


 テリヤキの住む一軒家にはプールがついていた。ヴィヴィアンはそこで一人で泳いでいて、不慮の事故でおぼれたのだろうと見立てられている。プールに浮かんで動かない彼女を見つけたのはテリヤキだった。ヴィヴィアンが外出から戻り、プールに向かったのが十三時、テリヤキが彼女に合流しようとして遺体を見つけたのが十五時すぎ。なお、十時から十五時のあいだ、テリヤキは新作にまつわるWeb会議に出ていたという証言がある。


「――ああ、三人目の彼女はそこのナオミね」

 DJは急に自分に注目が集まったので、ややうろたえながらヘッドホンを外した。アフロの髪がふんわりと揺れる。先のふたりよりも若い女性だった。


「ナオミは新進気鋭のDJなんだよね。ライブでテリヤキと共演したことで急接近。一年くらい前からノーラ、ヴィヴィアンと一緒に、テリヤキんちのプール付き豪邸に住み始めた。そうよね?」

「ええ」ナオミは低い声で答えた。

「自分の他に彼女がふたりもいることについてはどう思ってた?」

「最初から知ってたし、別に……承知の上だから」

「へえ~!」フレジエは大げさに両手を口元に当てた。「ずいぶん物分かりがいいんだね! 正直、三人と同時に付き合うって、なかなかできないことだと思うけど。自分だけを見てほしいって思わなかった?」

「そんなことは」ナオミはヘッドホンを握りしめる。「ノーラもヴィヴィアンもすごく優しくて、新参のあたしにもよくしてくれて」

「おい! ナオミを疑ってんのか?」

 テリヤキが口をはさみ、フレジエはあきれ顔になった。

「犯人はあんただって言ってんじゃん。もう忘れちゃった? あんた以外にありえないんだって」

「証拠はあんのか?」テリヤキが節くれだった指を組む。「おれにはアリバイがあんだよ、ガール。警察だって最初はおれのことも調べてた。そのサツが事故って言ってんだ。何を根拠におれを犯人扱いするんだ?」

「アリバイねー」フレジエはつまらなそうに言った。「それってなんにも意味がないものだけど、ま、いいわ。参考までに、どんなの?」

「ヴィヴィアンの事故の時、おれは仕事の会議に出てた。たしかにあの日、おれは家の中にひとりでいたけど、Web会議を抜けて、彼女を裏のプールで溺死させて、平然と戻ってくるなんてことはしてないし、できない。そんなことできたらサイコパスだろ? そのとき会議に出てた全員から証言も取れてる」

「ふーん」――でも実際、あんたはそれをやったのよね。「ノーラのときは?」

「おれは……」テリヤキは辛そうにクッと眉根を寄せた。「寝ていて気づかなかった。前の晩にノーラと一杯やって、ベッドに入った。彼女の死を知ったのは、ハウスメイドのマギーさんが起こしに来たときだ」少しのあいだ目頭を押さえる。「もっと早く目が覚めていれば……いや、前日になにか異変に気づいてあげてりゃな……」

「ノーラのときはアリバイはないのね」フレジエは“興味がないポーズ”――髪の毛を指に絡めてくるくる回す仕草――を取りながら言った。

「寝てたからな。だが、彼女には遺書があった。悲しいが、どう見ても自殺だ」

「読んだことある。文言はたしか……」スクリーンに該当の資料が映し出された。「ありがと、兄弟マイブロ。えっと……」


 ノーラの遺書は細長い紙切れに書かれたものだった。丸文字の短い走り書きだ。ナオミが沈痛な表情でスクリーンから目をそらす。


 あたしは別の世界に行きます。さようなら。

 愛をこめて ノーラ


「遺書、ね。死を選ぶ理由はあったの?」

「実のところ、わからない。なにがそんなに彼女を苦しめていたのか……。だからと言って、おれが殺ったことにはならねえだろ? そもそもおれには動機がない」とテリヤキはうそぶく。

「夫婦仲はどうだったの?」フレジエはあえて訊く。

 彼は肩をすくめた。「そりゃもうばっちりさ。うまくやってた。なあみんな?」


 客席からはおおむね肯定の反応が返ってくる。フレジエはしゃがみこんで、一番前の列にいたファンに「そうなの?」とたずねた。

「うん」明らかに深夜出歩くべきではない年頃の女の子がたどたどしく証言する。「いつも仲良さそうだった。よくみんなで遊んだり、バカンスしてる写真がSNSにアップされてたし」


 数秒後、有能な弟によって幕にその投稿写真が次々上げられる。標的の資料として見たことがあるものだが、フレジエは振り返ってもう一度眺めた。バーベキューするテリーと妻たち、プールサイドでそろって寝転ぶ姿、楽屋で差し入れの花に埋もれる四人、ソファでくつろぐ彼女たち。ノーラも、ヴィヴィアンも、ナオミも、ついでにテリヤキも、その笑顔は自然だ。「ま、たしかに」とフレジエは言った。「家族みたいだね」

「『みたい』じゃねえ、家族なんだよ」テリヤキの声が怒気をはらむ。


 おや、ここで怒るの、とフレジエは意外に感じた。家族として大事に思ってたのに、殺しちゃったんだ。思ってたからこそ、殺したのか。口角が上がる。殺りがいのあるクソ外道。

「そろそろ教えてくれや。おれはどうやってふたりの女神を殺したんだ?」

(B面につづく)

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