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第17話 インタビュー・ウィズ・クリーチャー④

 ◇



 ハニーは試作品の弾の箱を受け取った。「使ってフィードバックを送る」

「う、うん、よろしく」

 さしあたって用件は終わりだった。時間も頃合いだ。面会室の扉の窓から看守の目が覗き、これ見よがしに腕を持ち上げて時計を見る。面会時間はあと五分を切っていた。

 ごそごそと机の上の資料群を片付けるキアヌに、何気なく問いを投げかけた。

「砂糖弾の威力を上げるのはメルバの意向なのか?」

「そう。またいつ“悪夢の四十六分間”みたいな、超巨大な個体が出ないとも限らないし。その対策は前から課題だった」資料の下端をとんとんと机に当ててそろえる。「チョコレートミントの状態だっていつまでああだか、わかったもんじゃないしね」

 かばんを持って立ち上がりかけていたハニーは、テーブルの向こうのキアヌを凝視した。「……なんでミントが出てくるんだ?」



 ◇



「まずひとつ、ビターは不定形で、人を襲うたびになにかの形を取る」

「うん。その形からコードネームをつけてるんだもんね。ヒトデ(スターフィッシュ)とか」

「擬態っていって、ほかの生き物の姿を真似る生物はよくいる。敵や獲物から見つからないように隠れるために、生き物が進化の過程で身につけたものなんだけど」

「ビターはなにかから隠れたいってこと? ううん、待って」ミントはしゃべっている途中でひらめき、言い直した。「ビターにとって敵がいるってこと?」

「それも考えた。でもビターって他の星から来た生物説が濃厚だろ? 宇宙の隕石にイソギンチャクやヒトデがいるとは思えない。やっぱり地球に来てから真似た姿だと思う。そもそもウミウシやイモムシの形になってなにが得なんだろう」

「じゃ、擬態じゃないってこと? ロウアー湾に落っこちて、そこで見た海の生き物がおもしろかったから、コスプレしてみた……みたいな?」

「その説も否定できないところだ」

 ミントは顔をしかめた。「言い方、ウィークエンド博士にそっくり。やめたほうがいいよ。おじさんぽい」

「ふつうの科学者の言い回しだろ」言い返し、メルバは話を戻した。「動画を見直したけど、見事にみんなバラバラの形をしてる。『なんのために形を変えるのか』は、今のところわからないな。引き続き研究を続ける。コスプレ説も含めて」

「やった」

「ふたつめ。なぜ被害者たちはビターに襲われたのか」

「なぜって? そこにいたから、でしょ?」

「それはそうだね。でもそのほかに……例えば、銀行にいたエイダン、ウォール街にいたエミリー、グラマシーのルナ。三人とも、周りに人がいっぱいいた。その中で、なぜ彼らが選ばれたんだろう? 無作為だと思う?」

「そんなのわかんないよ。たまたま近くにいたんじゃないの?」

「かもね」メルバはきびしい顔つきのまま、口の端についたスナックのかけらを払った。「ぼくが気になったのは、きみと羽生がふたりでビターに対峙するとき、ビターは羽生の方に行く、ということだ」

「え?」

「銀行とか、ワシントン・アーチの件みたいに、ほかにも人がいるときは違うけど。サルサ家の〈ブロウフィッシュ〉、アンゼリカの〈オクトパス〉がそうだ」

「たまたまじゃないの?」

「うんまあ、まだ『必ず』とは言えないね。サンプルが少なすぎて断言できない」メルバの眉尻が下がる。「だから、きみと羽生を机の端と端に立たせて、机の真ん中にビターの一部を置いて、どっちに動いていくかって実験をしようと思ってる」

「本気?」

「ビターを引き寄せる要素がなんなのかって話だよ。それが特定できれば」メルバが部屋の中を歩きだす。「ぼくは最初、ビターが病気の人間をより好むのかと思った。クラークとジェイコブは自覚がなかったけど病気だったし、カレンとルナは精神を病んでいる。でも、チャラ男は元気いっぱいだし、羽生も持病があるわけじゃない」メルバは目を上げてミントを見た。「あるいは、羽生に寄って行ってるんじゃなくて、きみを避けてるのかもしれない」

「なんでよ」

「一回ビターに呑まれた人間は、対象にならないとか」

「ああ、それはあるかもね」

「それか、きみにビビってる」

「どうして?」

「どうしてって」

 メルバは動画を再生した。インタビュー集の一番最初の映像が流れ出す。



ケース:〈ナイトメア〉

名前:ミーナ・チャットウィン

性別:女性

年齢:二十一歳

職業:大学生・女優

被害にあった場所と時間:ブルックリン、八月一日、十四時二分 

Q.なぜその場所にいたのですか?

「ないしょ」

Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?

「別に何も。海を見てたよ」

Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?

「食べてみたけど、すっごく苦かった。超まずい。おすすめしない」

Q.そのあとのことはどうですか?

「どうって。今、幸せいっぱいに見える?」



 椅子に座って、退屈そうに髪の先を指に巻きつけ、ウィークエンド博士の質問に答える過去のチョコレートミントがそこにいた。

「それは、きみが、“悪夢の四十六分間”のビターに呑まれた人間だから。ビターを食べて一睡もできなくなった、唯一のサンプルケースだから。ほかに理由ある?」



 ◇



 スリーゴーツ・ハウスを出て、バイクに試作弾丸を積み込むと、ハニーは帰路についた。ハドソン川の流れに沿って、曇り空を見ながら南下する。一時間も走れば研究所に戻れるはずだ。先ほどの面会のことを考えるのに、時間は有り余っている。





「なんでミントが出てくるんだ?」

「え……」キアヌは不安そうに瞬きした。「チョコレートミントって、まだ一睡もできないんだろ? それって、ビターに呑まれたせいだよね」

「そうなのか?」

 と訊きつつ、ふいに思い出した。ミントがいなくなった時のことだったか。メルバは、彼女は自分の研究に必要な人だと言って、無眠症が研究者の興味を引かないわけがないと続けて、“宇宙生物学となんの関係があるのか”というハニーの問いに、「というかさ」となにかを説明しかけた。

 その時はうやむやになってしまったけれども、「無眠症はそもそも、ビターに呑まれてから発症したものだから」というような回答が来るはずだったのではないか。だとするとひとつ疑問が浮かぶ。

「じゃあなんで、ビターに呑まれた他のやつらは、眠れなくなってないんだ?」

「謎だよね」キアヌはテーブルの上で両の手をぎゅっと握った。「ミントを呑んだビターが特別だったの、かも。だから、次にそういうのが出たとき、ボコボコにやっつけなきゃ、また一睡もしない人間が出来上がるってわけ。じゅ、重責」

「ちょっと待て、『そういうの』って……」

「わかるだろ。“悪夢の四十六分間”だよ」キアヌはないしょ話でもするように声をひそめた。「ついでに言うと、当のビター〈ナイトメア〉は回収できてない。高威力の弾を作るのはそういうこと。もしくは……」

 キアヌがその先を言う前に、看守がドアを開けて入ってきた。面会時間の終わりだった。キアヌは看守に促され、名残惜しそうに面会室を出て行った。





 もしくは。その先はハニーにも予想がついた。

“悪夢の四十六分間”、体長二十メートルの巨大ビター。ロウアー湾に隕石が落ちた三日後に現れた、最初のクリーチャー。そのことを説明するとき、ファッジはなんと言っていたか――襲われた人間が言った、「口に入ったとき苦かった」という感想から、ビター・モンスターの名がついた。

 チョコレートミントは〈ナイトメア〉に呑まれて、その日からずっと眠れない。

 つまり。

 特別なビターに襲われると、眠りにつけなくなる。

 もしくは、ビターを喰えば、だれでも無眠になる。





 怪物の名付け親に向けて、ハニーは思わずひとり言をつぶやいた。

「あいつ、喰ったのか」

 冷たい向かい風に、その声はすぐに溶けていった。



 ◇



 チョコレートミントはしばらく考え込んだ。

「……あたしの輝きに恐れをなしてる」

「真面目にやる気ある?」





(第十七話 おわり)

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