第17話 インタビュー・ウィズ・クリーチャー③
◇
キアヌは銃のこととなると比較的すらすら話せるようになった。
「……と、いうわけで、メルターの方は改良を進めてる。ドラジェノフは、言われたとおりにライフリングを調整してみた。つ、次の配送でそっちにいくから、試してみて」
「了解」
「で……」キアヌが横に置いた荷物をごそごそと探った。「た、弾の方で新作を作ってみた」
「新作?」
銃弾がふたつ、テーブルに置かれる。
「こっちが琥珀弾、こっちが糖蜜弾」キアヌが両方を順番に指さす。「このふたつの銃弾は、従来の砂糖弾より、高い攻撃力をもたせるために開発した。まず琥珀弾。結晶化した砂糖を詰めてる。これは、ビターの体をあえて貫通するという用途で、考えたやつ。ビター被害者に酸欠の症状があるって聞いたので、えっと、これで呑まれた人の頭の近くを撃てれば、ゼリー体がざっくり裂けて、中の人がひとまず息ができるんじゃないかと。だから、ビター捕獲用というより、人質救出用、です」
「なるほど」
「ま、まだ試作だから」キアヌは念を押した。「ぼくは当然、ビター相手に試射なんかできないから、効果はそっちで確かめて」
「わかった」
「次に、糖蜜弾」左に置いた方の銃弾を、キアヌが指でとんとんと叩く。「こっちは、とろっとさせたシロップが入ってる。粉状の砂糖弾より、効果範囲は狭いけど、威力は上がるんじゃないかと思って作った。とにかくゼリー体を多く溶かして、足の速いビターの動きを一刻も早く止めることに特化させた……つもり」
殺し屋アンゼリカのときや、サルサ家のときにこういうのがあればな、とハニーは銃弾の資料を眺めた。たしかに、制圧力に不足を感じる場面はこれまでにいくつもあった。
「あと、今考えてるのは、散弾タイプ。こっちは銃の方から作らないとダメだけど」
ハニーは素直に所感を口にした。「すごいな」
「そ、そう?」
「メルバも喜ぶだろう」
キアヌは顔を赤らめた。「だといいな。うれしい」
◇
〈6〉
ケース:〈ブロウフィッシュ〉
名前:ビル・サルサ
性別:男性
年齢:二十一歳
職業:(当時)無職 (現在)体育館スタッフのアルバイト
被害にあった場所と時間:クイーンズ、サルサ宅、四月二十七日
備考:書面回答
Q.なぜその場所にいたのですか?
自宅
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
覚えてない
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
閉塞感。暗さ。呼吸が楽なような苦しいような、変な感じ。時間感覚の喪失。
Q.そのあとのことはどうですか?
出られてよかった
「これ地味にピンチだった」
「でも、システムが正確に動いてることがわかった一件だったな。さてと、ここまで四月か」
「ハニーが来てから、ビターが捕まる頻度が上がったね」
「その発言いいの? 研究所の先輩としてどうなの」
「しょうがないじゃん。事実だし。初期はシステムの精度もまだまだだったしさ」
「う。その通りだけども」
〈7〉
ケース:〈シーアネモネ〉
名前:カレン・スミス
性別:女性
年齢:二十四歳
職業:インテリアショップ店員
被害にあった場所と時間:エヴァン邸、五月十五日
Q.なぜその場所にいたのですか?
「……パーティーで、エヴァンに、会えると思ったから」
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
「ひどいことを……言われたわ。ううん、一番ひどかったのは……わたしだけど。拒絶されて……でも、優しいエヴァンがあんな、あんな顔するなんて思わなくって! 頭がなんだかぐらぐらして……それで」
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
「……なにも感じないわ。ほんとよ」
Q.そのあとのことはどうですか?
「一応今は……ちゃんとしてる、つもり。お店は移ったけど、仕事に戻ったし、カウンセリングにも通ってる。彼に会って謝りたいけど……ううん、そうしないほうがいいのは、わかってる」
「彼女はエヴァンのストーカーだったんだっけ?」
「そんな感じみたい。カレンはエヴァンのレストランに食器を提供してたショップ店員だったんだって」
「当時の映像より、インタビュー映像の方が顔色がいい気がする」
「前進してる証拠でしょ。失恋なんかさっさと忘れるに限るのよ」
「それって実体験?」
「うるさいなあ」
〈8〉
ケース:〈シースラッグ〉
名前:ダヴィ・ロドリゲス
性別:男性
年齢:二十歳
職業:クラブ店員
被害にあった場所と時間:コニーアイランドビーチ、五月二十二日
備考:ビター回収できず
Q.なぜその場所にいたのですか?
「彼女と海に来てました!」
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
「いやマジで最悪なんすけどぉ、急に彼女から別れようって言われて、うわマジかーってなってたとこで、マジ最悪っつーか、てかビーチで言うかフツー? そう思いません?」
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
「マジで無っすよ。あーでも? 母ちゃんのお腹の中ってこんな感じかな? って思ったりもして? 母ちゃんマジリスペクトっすよ。え、みんな言わないっすか? おれだけ? やべー」
Q.そのあとのことはどうですか?
「やっと失恋の痛みが癒えてきたっつーか? この経験がおれをさらにビッグな男にした、みたいな? あ、彼女は募集中っす! お姉さん、どう?」
Q.いや、恋愛じゃなくて、ビターの後遺症とか。
「あ、そっち? 別になんも? 元気バリバリっす! イエー」
ご機嫌なハンドサインを決める彼を見て、メルバはため息をついた。「何回見てもこのチャラさ。耐えられない」
「そう? まだマシな方のチャラ男だよ。母ちゃんリスペクトだし」
「ええ?」
現場の動画に少女がちらりと写り込む。
「そうそう、殺し屋フレジエと会ったときのビターだった」
「そろそろまた狙ってくるかもしれないな。注意しておかないと」
〈9〉
ケース:〈スターフィッシュ〉
名前:ルナ・コールマン
性別:女性
年齢:二十五歳
職業:無職
被害にあった場所と時間:グラマシー、六月五日
Q.なぜその場所にいたのですか?
「や、適当に歩いてたとこ」
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
「飛び降りるのにちょうどいいビルを探してた。……マジな話。仕事が見つかんなくって、あたしなんか社会にいらないんだー、って思って。でも、先を越したやつがいたから、どうすんだろって見てたら、なんか急に周りが真っ暗になって」
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
「それは、話したくない」
Q.そのあとのことはどうですか?
「相変わらず仕事は見つかんない。でも、このあと面接なんだ。正直、このインタビューに応じる気になったのは、面接の練習のつもりで……一回でも経験積もっかな、みたいなさ」
「あ、この人、この前メールで連絡くれたよ。このあとに行った面接に受かって、今働いてるって」
「それはよかった」
次の動画は始まらず、モニターは真っ暗になった。
「これで終わりだっけ?」
「うん。対面と書面のインタビューができたのは、ここまで」
メルバは腕を組んで黙り込んだ。
「ボス、なにか気になることがあったの?」
「ふたつ、あったんだ」