第17話 インタビュー・ウィズ・クリーチャー①
スリーゴーツ・ハウス――メルベイユ警備保障が運営する少年拘禁施設の一日が今日も始まった。十時きっかり、看守が囚人番号S10999の単独居室のドアを叩く。
「面会だぞ」
そわそわと待っていたS10999ことキアヌ・カーターは、ポップコーンがはじけるように立ち上がった。ビジネスパートナーのパーシー・メルバが会いに来てくれるこの日を、何日も前から楽しみにしてたんだ!
看守に着いて廊下を歩くキアヌを、ふたつ隣の房のボブが冷やかしてくる。「ヘイ、キアヌ! 間抜け面だな。ママに会えるのがそんなに嬉しいのか?」
「すっこんでろ」キアヌはすぐさまやり返した。「てめーのママのアレはさぞかしコレなんだろ?」
「やめろ」一応といった体で看守が両者を諫めた。
ここは比較的軽度の犯罪少年が暮らす施設だが、こういった諍いは絶えない。脊髄反射の罵り合いはあいさつみたいなものだ。言われっぱなしは、今後の生活の質に関わる。もっと言えば、キアヌにもボブにもママはいない。
看守と決まり事の確認をする。今日は仕事の打ち合わせなので、特例で一時間もの面会時間が取ってある。「一時間を超えたら終了だからな」の念押しにはいと答える。
面会室が開いた。
中にいた人物が顔を上げた。整ったサラサラの髪、理知的なペイルブルーの瞳、探求心と使命をその表情に秘めた十四歳の生物学者――メルバ宇宙生物研究所所長パーシバル・メルバ、ではなかった。
キアヌは凍りついた。
男が、席からゆっくりと立ち上がる。面会室が急にせまくなったような気がした。
「よう」と殺し屋ハニーマスタードが言った。「今日はよろしくな」
◇
チョコレートミントが給湯室から出てくると、メルバが壁の大モニターで動画を流しているところだった。あごに手を当てて、にらむように見ている。
「どしたの」
「ビターの被害者インタビューを見返そうと思って」
「文字起こししたのがあるじゃん」
「動画で見たいの」
インタビューが一件終わり、右下に表示された日付が四月になった。画面に若い男性が映る。チョコレートミントも自分のいすを持ってきて、メルバと並んで見ることにした。
〈1〉
ケース:〈デポジッター〉
名前:エイダン・グラント
性別:男性
年齢:二十八歳
職業:システム開発会社社員
被害にあった場所と時間:首都第一銀行セントラル支店、四月四日
備考:現場では銀行強盗事件が発生していた。
Q.なぜその場所にいたのですか?
「会社の用事です。待合席で、自分の番号が呼ばれるのを待っていました」
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
「銀行強盗が起きて……人質として、一か所に集められていました。銃口を向けられて……本当に怖かった。僕は……見てたと思いますけど、あの、パニック障害があるんです。発作が出るんじゃないかって不安になって、それで案の定……騒ぎを起こしたら殺されると思ったけど、どうしようもできなくて……。だんだん体が冷たくなって、目の前が真っ暗になって……そのあとのことはよく覚えていません」
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
「……やっぱり、思い出せません」
Q.そのあとのことはどうですか?
「僕が気がついたのは、救急車の中でした。命に別状もなく、病院に着いたその日には退院できました。後遺症みたいなものもないし、ビターにとりつかれていたなんて、あんまり実感がないのが本音です。でも、あなたが助けてくれたんですよね? 今日はお礼を言いたくて来たんです。ありがとう」
どういたしまして、というミントの声が入った。
「あったあった」チョコレートミントはうなずいた。「ハニーと初めて会ったときのビターだ。懐かしいな」
「きみも大概、引きが強いよな」
「うーん、あたしって運命の女神が味方についてるよね!」
「最初は羽生に殺されそうになってたよね?」
「ていうか、なに、預金者って? なんでこれだけ、こんなコードネームなの?」
「仕方ないだろ」メルバは横のモニターに、当時の動画を出した。首都第一銀行セントラル支店の監視カメラからもらってきた映像だ。天井まで届かんばかりの大きなビターが揺れている。「これ、なにに見える? たいした特徴もなくて、名前のつけようがなかったんだよ」
「うーん、〈巨人〉?」
「もっと大きいビターを見ちゃってるからなあ。ビター第一号とか」
「はいはい、預金者でいいよ」
バツンと音を立てて、チョコレートミントはコーンスナックの大袋を開けた。
〈2〉
ケース:〈アースウォーム〉
名前:エミリー・ファーマー
性別:女性
年齢:四十七歳
職業:証券会社社員
被害にあった場所と時間:ウォール街、四月十八日
Q.なぜその場所にいたのですか?
「出張から会社へ戻る途中だったわ」
Q.ビターに吞まれる直前はなにをしていましたか?
「なにって……歩いてたわ。ほんとにそれだけよ。そうね、考え事をしながら漠然と歩いてた。あの時は仕事の問題が山積みで、考えることが山ほどあったから」
Q.ビターに吞まれているあいだ、なにを感じましたか?
「……特になにも……。いえ、周りの音がぼんやり聞こえてたわね。わたし、倒れたのかしら、って思ったの覚えてるわ。でも、それだけよ」
Q.そのあとのことはどうですか?
「気がついたら道端で介抱されてたわ。念のために病院に行ったけど、なにもなかった。映像も見たけど、あの大きなクリーチャーの中にわたしがいたなんて、ぞっとするわ。あの、けが人が出たらしいけど、これ、わたしのせいにならないわよね?」
Q.大丈夫ですよ。本日は以上です。お忙しいところ、ありがとうございました。
「ああ、実は、お忙しくないのよ。会社をやめて、今フリーなの。自由な時間が増えてよかったわ。だから今日も来られたってわけ」
「ミントがひとりで仕留め切った大物だね」
「そ! 体が長くって、どこを撃っても当たって、助かったよー」
ミントの言い草に、メルバはやれやれと天井を仰いだ。
「このときはたしか、道が歩行者でいっぱいで、逃げるとき何人も転んじゃったんだよね」
「けが人十六人の大半はそれだ。被害人数だけ見るとトップクラスだけど」
「この日はハニーと戦ったりして忙しかったなあ」
戦ってたっけ? という疑問をメルバは口に出す寸前で留め、代わりにミントが持つ袋からスナックを一つ頂戴した。