第16話 グッド・バッド・ドロイド⑥
「ええ、カーネーションは人気の花よ。花束にもよく使うし。なあに? だれか送りたい相手でもいるのかしら」
「そういうわけじゃない」
ハニーはワゴンから顔を上げずに答えた。餅は餅屋、花は花屋だと思って訊いてみたが、そりゃそうだ。花屋の意見は花屋の意見でしかない。
「あー……花屋に来る客は、みんながみんな良い目的で買っていくのか?」
「どういうこと?」
「花束って、あげたい相手にあげるものだろ。例えば……恨んだり、憎んだりしてる相手にあげるような人はいるのか?」
「ううんとね、まず、お花って、ミスターが思う以上に雄弁よ」アナも手を動かしたままだ。ガニメデの店先で、木のつるを編む作業をしている。ガトーは、彼女を外の冷気から守るように、ドアと彼女のあいだで壁のように佇んでいた。つるを何巻きか持たされている。「たしかに、花屋でよかったなって思うのは、お客さんが嬉しそうにわたしの作った花束を抱えて帰っていくのを見るとき。でも、お花はお葬式にもたくさん使うし……あ、これは『良い目的』でいいのよね?」
「そうだな」
「花って、昔からずっと、人の心に寄り添ってきたの。祝福したい、冥福を祈りたい、魅力的になりたい、愛を伝えたい。そういう点から見ると、人の恨みや憎しみの気持ちにも応えてくれる、と思うわ」アナはつるを輪っかの形に編み上げて、次の輪に取りかかった。「わかりやすいのは“花言葉”ね。花束を作る時にすごく気をつかうんだけど、中には不吉な意味を持つ花があるのよ」
「例えば?」
「そうね……アジサイ。花言葉は『冷酷』『あなたは冷たい人』」アナはため息をついた。「わたし、アジサイだけの花束を作ったことあるわ。贈られた方はどう思ったのかしら。ほかには、黄色いバラは『嫉妬』、オレンジのユリは『憎悪』」
色によっても変わるのか。ややこしい、とハニーはエストニア製の部品を脇に置いた。
「あとは、スイセンとか」
「それは知ってる。『自己愛』」
「あら。簡単すぎた?」アナは膝の上に編みかけの輪を置き、肩を軽く回した。「花言葉って国によっても違うし。NYCCにはいろんな人種がいるから、頭がパンクしそうになっちゃう。あまり気にしすぎるのもよくないけれど」ガトーから追加のつるを受け取る。「でも、そういうのもひっくるめて、花束作りは楽しいわ」
「今、それは、何をしてるんだ」
「これはリースの土台。来月はクリスマスでしょう。今から準備しておくの」
会話が途切れると、古い電球のような、ジーという低い音が聞こえてくる。これがガトーの駆動音のようだ。カウンターの方からは、店主のかすかな寝息も聞こえる。手元のメモに型番の書きつけをしつつ、ハニーはふとたずねた。「そうすると、この間のトルコギキョウは……」
「教えなぁい」アナはころころと笑った。「あ、ちょっと、待って、調べないで! 恥ずかしくなってくるじゃない。もうちょっと考えてからにしてくださいな」
玄関先で、切り花の入ったバケツを差し出されたチョコレートミントは声を上げた。「え? くれるの?」
「うちには花瓶がないから、もらってくれると助かる」先日もらったトルコギキョウは、ペットボトルにさしていた。「廃棄の花って話だが」
「へえ、まだきれいなのにね。もらうもらう」
しゃがみこみ、バケツの中から欲しい花をより分けはじめたミントは、突如含み笑いを漏らした。「んふふふふ」
「なんだ」
「ハニー軍曹も隅に置けないなあ~」にやにやしながら上目遣いで見てくる。大学でフォロワーたちに振りまいていたスマイルとはあまりにかけ離れている。「あのカワイイお花屋さんからもらったんでしょ~? 浮気者~」
「そういうんじゃねえよ」
「ほんとかな~」
「ガトーはいまだに話してくれないし」
「そうなんだ」ミントは苦笑した後で付け加えた。「もともとしゃべらない型なんじゃないの?」
ハニーもバケツのそばにかがみこんだ。「これはおれの勘だが」
「うん」
「ガトーにも自我があると思う。……マスタードの自我の話したよな?」
「うん、酔っぱらってたときに五回くらい聞いた」
「そりゃ悪かった」墓穴だ。「で、あいつから聞いたんだけど、自我を獲得したAIはそこらじゅうにいっぱいいるらしい」
「え、ほんとに?」
「火星基地の警備ロボにもあった。で、だれにあってだれにないって教えてもらううちに、なんとなくそういうやつがわかるようになった……気がする」
「じゃ、その勘に従うと、ガトーちゃんにも自我があると。しかもしゃべるタイプと見た」
「そう」ハニーはバケツの中を眺めた。「ガトーはアナがなにも言わなくても、彼女をサポートする動きを取る。いちいち命令を出さないということは、それはもう日常的な動きなんだろう。そうなるほどにフィードバックがきちんとできているんだと思う」
「なるほど?」ミントはかけてもいない眼鏡をあげる仕草をした。「つまり、ふたりはちゃんとコミュニケーションが取れていて、それは言語によるものだと?」
「で、彼女は入力よりも発話の方を選ぶんじゃないかと」
「ハニーってばアンドロイド行動学者になれるよ」
ハニーは目を伏せた。「あと一回か二回行けば、ガニメデのワゴンは見終わるけど、それまでの間に、一度話をしてみたいんだよ」
「シャイなんじゃない? もっと仲良くならないと話してもらえないとか」
「たぶんな」ハニーは膝を伸ばした。「そうだ、カーネーションにどんなイメージがある?」
「え? 何色の?」
「赤」
「んー、母の日?」
「じゃあ、トルコギキョウは? 紫の」
「えっと、どういう花だっけ?」
「了解、アンケートにご協力どうも」
「なになに、どういうこと? えーっ?」