第16話 グッド・バッド・ドロイド⑤
うちに帰るため、大通りに出て歩き出したハニーは、だれかに呼び止められたような気がしてあたりを見回した。
「ハニマちゃん、ハニマちゃん! こんなとこにいたんだ! ちょっと、無視していく気?」
カフェのテラス席から声をかけてきたのは、殺し屋プラムだった。ベレー帽をかぶり、すその長いカーディガンに足首まで覆うスカートという暖かそうな恰好でお茶を飲んでいる。
「おれのことかそれは」
「ほかにだれがいるのよう」プラムは手首を返して向かいの席を指した。「座って?」
「絶対にお断りだ」
「つれないの」
「だれがおまえと同席なんぞするか」
かつてハニーを毒殺しかけたプラムは、薄く笑いながら「残念」とカップを上げた。「ここのハーブティー、オーガニックなのに。じゃあ、そのまま聞いて。あたしも“当番”に加わることになったから。まだ聞いてないよね?」
「なにを」
「“殺し屋殺し”の四件目の死体が出た」プラムは端末を操作して、三次元マップの画面を出した。「それを見てきた帰り。やっぱり座った方が良くなぁい?」
当番メンバー内で共有された「四件目」の死体は、頭部に傷があり、近くの建物の壁には血の跡がついていた。壁に頭を叩きつけられたのが致命傷になったと見えた。
「こうなると、無差別なのかな?」
「いや、今回の被害者も、モカと関係がある。元カレらしい」
「じゃあ、まだその線は消えないな」
「彼女の行方の手掛かりはなにかつかめたか?」
「三日前に百二十五番街で見かけたって話があるけど。やたら慌ててたとかなんとか」
という情報交換が現場では行われたらしい。ハニーが携帯を見ると、たしかにファッジから連続で着信が入っていた。ガニメデのワゴンに夢中でまったく気づかなかった。
「ちょっと待て。殺され方が違うだろ。なんでこれが同一犯になる?」
「現場をよく見て」プラムは画像を指さした。「ここ」
遺体のそばになにか赤いものが落ちている。プラムが拡大してみせると、それは二本の切り花だった。
「花?」
「カーネーションよ。他の現場も見てみて」
プラムは一件目、二件目、三件目の現場写真を次々に出した。最初に見た時は気がつかなかったが、どの遺体のそばにも、さりげなく二輪の赤い花が落ちていた。いや、置いてあるのかもしれなかった。
「ね? あたしは四件目の調査のチームに入るはずだったんだけど、このお花の共通点が判明したから、そっちと合流することになったの。ココアちゃんとは学生殺し屋仲間だったしね。犯人が突きとめられるといいけど」
こいつ学生なのか、とハニーは微々たる興味で彼女を見やった。脇に置かれたトートバッグにはテキストが何冊か入っているようだ。
「それで、どう思う?」
「どう思うって?」
「お花は、犯人からのメッセージかも……っていうのが、さっき現場で出た宿題。なにか思いついたらアーモンドファッジに一報入れてってさ。ハニマちゃんもちゃんと考えてったほうがいいよ」
赤いカーネーションと言えば……母の日? 感謝の気持ち?「殺人現場に置いていく花としては変じゃねえか?」
「だけど、四件も続くと、さすがに無視できないじゃない? 花言葉も『愛情』『魅惑・魅力』か。うーん」端末で調べながら、プラムは首を傾げた。「意味じゃなくって、自分のトレードマークとか、そういうものかも。あたしはそっち方面で調べてみよっかな。殺し屋が現場になにか残すのって、よっぽどの間抜けか自己主張以外にないじゃない?」
【おさらい登場人物紹介】ハニー:殺し屋。狙撃手/ファッジ:情報屋。元上司/ドリアン:殺し屋。ナイフ使い(初出第9話)/プラム:殺し屋。毒使い(初出第9話)
【新規登場人物】スモーキー:殺し屋。当番の長髪お兄さん/カスタード:殺し屋。1人目の犠牲者/ココア:殺し屋。2人目の犠牲者/ピスターシュ:殺し屋。3人目の犠牲者/モカ:殺し屋。首絞めて殺す/アナ:花屋。自作マシンに詳しい/ガトー:アナのロボ。でかくて銀色