第16話 グッド・バッド・ドロイド④
休日の朝、ハニーはさっそく行動を開始した。朝の支度と日課の鍛錬を済ませると、問い合わせリストの中から実店舗のところをピックアップして、回る順番を考える。ニュージャージーで三件、ニューヨークで二件は回れるだろう。時間があれば例のロシア製パーツ屋にも寄る。
時間は有り余った。一件はつぶれていて、二件は空振りで、二件は休日なのか倒産したのか判然としなかった。空振りのうちの片方の店員からは、「こんな骨董品どこも扱いませんよ」とほぼ門前払いされ、もう片方からは「わかんないなあ。これどこの? ウェルダ? マジ? マジで言ってる?」と執拗に確認された。「あそこって砂漠と廃墟しかないと思ってた!」
というわけで、百九丁目に着いたときはかなり心を逆なでされた状態だった。廃墟の骨董品? 古い機械になんにも思わないなら、ジャンクパーツ屋なんてやめちまえ!
イカした店名のその店はなかなか見つからず、同じ通りを行ったり来たりしたあげくに、やっと地面すれすれに出ている小さな看板を見つけた。
古ぼけたドアを開けようとした矢先、「ミスター!」と声がした。「さっそく来てくれたのね!」
振り返ると、驚いたことにアナ・パノーフが駆け寄ってくるところだった。ガトーも後からしっかりついてきている。
「二人も買い物を?」
「いえ、ミスターがうちの前を通るのが見えたから」
ガニメデの二軒となりが、アナの勤めている花屋だったのだ。仕事の途中のようで、緑のエプロンを着けていた。
「会えてよかったわ! 店主に紹介するわね」
「仕事中じゃないのか? 抜けていいのか」
ドアノブに手をかけ、アナは振り返ってほほえんだ。「気にしないで。ガトーの恩人だもの! ちょっとサボるくらい問題ないわ」
店内はせまく、壁はすべて棚になっており、機械部品がぎっしりと置かれていた。ドアの開いた音を聞いて、一番奥のカウンターから老人が顔をのぞかせた。白くなった眉毛が長く垂れ下がり、両眼をほとんど隠している。ガニメデはギリシア神話に登場する不老不死の美少年の名だが、不老はともかく不死なのではないかと思わせる風格があった。軽く見積もって九十歳は超えていそうだ。
「アナちゃんの知り合いかい」老人がボソボソと言った。
「ええ!」アナは明るく返した。「この前ガトーを助けてくれた人なの。うーんとサービスしてあげて。お願いね」
彼が店主のようだ。ハニーはさっそく切り出した。「ケートエレクトロニクスのMS-T4400の部品を探してる」
「ああ……ウェルダの戦闘支援機か……そいつはまた……あったか、なかったか……」店主は棚という棚に視線を巡らせたあげく、カウンターの前のワゴンを指した。「あるとすれば、そこのワゴンの中だな」
午前中の成果を思えば、神託にも等しい言葉だ。ハニーはワゴンに近づいた。値下げされたジャンクパーツがぎっしり入っている。「見せてもらう」
「ご自由に……ちなみに、どの部分が要り様で?」
「全部」
「裏口の前にももう一台ワゴンあるわよ」アナが口をはさんだ。「掘り出し物が見つかるといいわね!」
閉店時間まで粘ったが、ワゴンの半分しか確認できなかった。店主の手書きラベルの解読にやっと慣れてきたところで、外がとっぷり暮れていることに気づいたのだ。店主の爺さんがこれまた手書きの在庫管理表とにらめっこした限りでは、背部の板状部品と自律メンテナンスパックがたしかにあるはずとのことで、今日の収穫はゼロだったにも関わらずハニーは「腕」以来の手ごたえを感じた。またすぐ来るから絶対に他のやつに売るなと言い置いてガニメデを出た。自律メンテナンスパック。マスタードがガワをどこかでなくして、帆布のバックパックを代わりにしていたやつだ。純正部品があれば喜んでくれるだろうか。
シャッターを閉めた花屋の前で、アナとガトーが立っていた。アナはエプロンを外しており、ガトーはバケツを手に提げている。売れ残りと思しき切り花が何束か入っていた。
「ミスター、どうだった?」
「時間切れだ。ふたつ目のワゴンまで見られなかった」
「ガニメデのワゴンは宇宙だから」アナは肩をすくめた。「また見に来るといいわ――ねえ、大通りまで送ってくださらない?」
承諾した。
道すがら、アナにガトーのことを訊くと、笑顔を交えていろいろと教えてくれた。
「小さいころから一緒なの。わたし、子供の頃は体が弱くて。父が介助用に用意したものなの。だから、もう十年以上になるのね」
「十年。すごいな。メーカーサポートはどうしてるんだ?」
「父の自作だから……もう亡くなったから、細かい修理はわたしが自分でやってるの。ベースがロシア製のマシンだから、その説明書を参考にすることが多いかな」
「ソフトウェアは?」
「日常生活の補佐用の物に、介護とか、力仕事のオプションをつけたもの。元は市販のだけど、これも父のカスタムが入ってる。こう見えて結構器用よ。キャッチボールだってできるの」
へえ、とガトーを見上げるハニーに、アナがくすくす笑い出した。「よっぽど機械が好きなのね! よかったら今度、ガトーに合わなかったジャンクパーツを持ってきましょうか。あなたの欲しいものかはわからないけど」
「いいのか?」
「もちろん!」交差点に出た。「あっ、ここまででいいわ。ありがとう」
アナは、ガトーが持つバケツから紫色の花を一本取り上げた。
「これをあげます。うん、ぴったり!」
ハニーの胸ポケットに勝手に差して満足気だ。
「それはトルコギキョウという花です! 今日の良き日に!」
では、と会釈をして、アナとガトーは去っていった。ハニーは紫の花を見て、なにが「ぴったり」なのだろうと考えたが、さっぱりわからなかった。