第16話 グッド・バッド・ドロイド③
ファッジから呼び出されていたので、ハニーはチョコレートミントを家まで送り届けたあと、引き返して待ち合わせ場所へ向かった。殺し屋番付関係と聞いていたので警戒していた。
「また変なのに連れていかれるんじゃないだろうな」
「今日は違うって。三十分くらいで終わるだろうし。ほんとほんと」先を歩くファッジが言う。「当番みたいなものでさ」
「当番?」
「三日前に殺し屋がひとり殺されてね。現場を見てほしい」
「なんていうやつ?」
「ピスターシュ」顔写真を見せられる。「知ってる?」
「いや」
「ここ一か月で、殺し屋が立て続けに死んでる。こいつで三人目だ」
「そんなにおかしいことか?」
「仕事中に殺されているわけじゃないんだ。うち二人は直近で依頼を受けてもいない。三度も続けば偶然とは思えない」
「殺し屋ばかりを狙った連続殺人?」
「かもな」
「業務外の殺しは普通に殺人だろ?」
「そう。ピスターシュ個人は警備会社と契約していなかったから、捜査は全部警察がやる。でも、これが“殺し屋殺し”なら、この先さらに被害が出ないとも限らない。もし身内が犯人なら、“番付”の方で対処しないといけないしな」
業界ルールというやつだ。違反すると他の殺し屋に攻撃される。その当番に当たったのか、とげんなりする。
「お、あとのふたりももう来てるな」
待ち合わせ場所には先客がいた。サングラスをかけた長髪の男が振り向く。もうひとり、首にヘッドホンをかけた若い男が、ハニーとファッジを見て片目をひくつかせた。ファッジはてきぱきと互いを紹介した。
「そろったな。今日はよろしく。おれは監視員のアーモンドファッジ、こっちは殺し屋スモーキー、こっちはハニーマスタード、こっちはドリアン。もう知ってるよな」
「どうも」引きつった顔でドリアンが言った。「今日は頭撃たないでね」
「ナイフを投げつけてこなきゃな」
「なんだよ、知り合いなのか?」とスモーキーが言った。「オレっちも愉快な仲間に入れろよな。同期はほとんど残ってないんだが、その数少ないお友達がひとり減っちまってよ。ま、その現場を見てくれや」
犯行現場は道の反対側だった。建物と建物の間の、細く暗い道がそこらしい。
「あいつら、帰るみたいだな」警察官が立ち入り禁止のテープを片付けて撤収していくのを見てドリアンが言った。
「よし、行こう」
道を渡る途中、ハニーはファッジの脇腹をぷに、とつついた。「さっきの“監視員”って何?」
「殺番の運営スタッフ」
「監視してんのか」
「夏休みのプールのバイトみたいにな。殺し屋どうしの接触を逐一チェックして順位に反映させなくちゃいけないから、そう言われてる」
警察車両に乗り込む最後のひとりが、路地に入っていくハニーたちを見ていた。不自然にならない程度に見つめ返し、知った顔だな、と思う。あいつだ。前にビター退治で見かけた警察官……なんとか巡査。私服だから、刑事になったのかもしれない。複雑そうな表情だったが、仲間に促されて車に乗った。殺し屋が跋扈する治安維持業界に、いい感情は持っていないのだろう。
「でもよ」とドリアンが話している。「警察が調べ終わった後の現場なんて、見たってなんにも残ってないんじゃねえの?」
「現場百回って言うだろ?」スモーキーが答える。「と戯言はさておき、オレたちは治安維持業なので、情報提供を受けることができる。な? アーモンドファッジ」
「そう」とファッジが端末を操作して空中投映を始めた。「ま、この程度だけどね」
犯行現場の三次元マップが広がった。青い光の線が、ビルの角の輪郭とぴったり重なると、死体発見時の状況を記録した映像が焦点を結んだ。せまい道に横たわる被害者の薄い姿が浮かび上がる。近くのゴミ箱が横倒しになっているせいで、あたりにはゴミが散乱していた。
ドリアンが「すげえじゃん」と素直に感想を漏らした。
死体は、死因がはっきりしていた。首がねじ曲がってあらぬ方向を向いている。
「こいつがピスターシュ」
スモーキーが言い、顔のそばでしゃがみ込んだ。死体のうつろな目元に手を伸ばし、瞼を下ろすような仕草をしたが、当然、映像の男は以前目を開けたままだ。「あらら……そりゃそうだよな。ちょっとばかし居心地悪いけど、始めようぜ。死因はこれでいいんだよな?」
「まず間違いないね」とアーモンドファッジ。「首が致命傷だ」
「てことはよ、犯人は男だな」ドリアンがあごに手を当てた。
「で、ピスターシュより背が高い」とスモーキーが付け足した。
「なぜわかる?」
「見りゃわかるじゃねえか」スモーキーがこともなげに言う。「普通は右か左にひねって殺すよな? やっこさん、こう、首をななめ上にひねってる。低い身長の人間じゃ、こうはいかないだろ」
全員で死体の首を眺める。
「こいつ、けっこうデカいな。身長いくつだ?」
スモーキーが自分より少し上のあたりを手で示した。「このくらいだな」
「ということは、百九十センチメートルはあるじゃねえか。犯人はその上を取れる人物ってことだろ」
「二百二十センチくらいはあるってこと?」
ハニーはファッジに訊いた。「ほかの二人はどんな死に方を?」
「これと同じだよ。一人目のカスタードと二人目のココアはそんなに背が高くなかったから、犯人がここまでデカいとはわからなかったけど。となると、長身でマッチョな男かな。目立ちそうなものだが」
「昏倒させてから、首をねじって殺したってことはないのか?」何気ない様子でスモーキーが言った。「……いや、自分で言っておいてなんだが、たぶん、それはないな」
「どうして?」
「カスタードもココアも、外傷は首への一撃だけだった。昏倒させるには薬でも飲ませなきゃならないが、ふたりともそこそこやる殺し屋だ。黙って毒を飲まされるとは思えない」
「親しい相手なら別では?」
「カスタード、ココア、ピスターシュと顔見知りの殺し屋?」スモーキーはしばし考え込んだ。「……モカって子がいる。三人と親交あったはず」
「ああ!」ファッジが手を打った。「“ミス・アナコンダ”か」
「なにそれ、怖ぁいあだ名」とドリアン。
「殺し屋モカは、女性だがけっこう力持ちでな。まず標的に近づいて、仲良くなる。熱くハグする関係になったところで、首を絞めて殺す」
「もうそいつで決まりじゃん!」
「モカはココアと組んでたこともあるんだぜ?」スモーキーが反対意見を述べた。「かなり仲が良かった。別れも円満だったと思う。モカが彼女を殺すとは考えにくいが」
「手口が一致してる」
「首を絞めるのとねじ切るのじゃだいぶ違うぜ」
「絞めて殺せるならねじって殺す膂力もあるのでは?」
ううむ、と全員が無言になったところで、街角のバーの看板が点灯した。今日はこのへんにしておくかとアーモンドファッジが提案した。
「二メートルの巨漢か、お友達の女殺し屋ね。こんなに犯人像が二極化することあるか?」
「ま、当面は両方の可能性を調べてみますかね。スモーキーはモカの居場所を探してくれ。おれは男の線で調べてみる。ふたりは、なにかわかったら連絡するから、とりあえず待機で」
ファッジの采配に反対意見は出なかったので、そこで解散となった。
「つーかよ」歩道を歩きだしながらスモーキーが言った。「相対防衛関係にない殺し屋を殺せば、普通に殺人罪だろ。この殺しになんのメリットがあるんだろうな?」
「メリットねえ」とドリアン。「狂った世の中だぜ。殺しにメリットもなにもないだろ? 本来は」
帰宅したハニーはメールをチェックした。送った問い合わせのの返信が来ていた。
〈羽生様、お問い合わせありがとうございます。弊社の技術担当に確認しましたが、お尋ねの件はこちらでは手に負えないようです。ご期待に沿えず申し訳ございません。せめてもの代わりに、弊社の電子カタログを送付させていただきます。秋の新作アンドロイドを多数ご用意しておりますので、………〉
メールを閉じ、業者のリストに完了の印をつける。いちいちへこたれていられない。こんなに丁寧な返事が来るだけありがたいというものだ。昼間のことを思い出し、リストの最後に「ガニメデ」を付け加えた。