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第16話 グッド・バッド・ドロイド②

 チョコレートミントが大学教授を訪ねている間、ハニーは外で待っていることになった。正確には、邪魔にならないよう人払いされたのだ。まあ、既知の間柄の教授との面談なら、銃が必要な場面もなさそうだ。

 ハニーはキャンパスを見て回った。ロビーに絵画学科の学生の絵が飾ってある。暗い教室をのぞくと、授業の最中だった。スクリーンに無声映画を流しながら、なにか解説している。掲示板に貼られたシラバスを眺め、中庭でデッサンする学生の後ろを通り、売店で売っている教科書を取り上げてぱらぱらめくってみたりした。そのうちミントからメッセージが入った。“友達とランチ食べてきていい?”

 了解の返事を送り、自分もどこかで昼食を取るべく行動を起こそうとしたときだった。まぶしい光が目を射た。頭の位置をずらし、太陽光の反射から逃れると、向かいの建物の入り口あたりにいるものがその原因だとわかった。銀色のアンドロイドだった。

 大きい。数人の学生に囲まれているが、頭ふたつほど抜けている。見ているうちに、学生のひとりがそいつを蹴った。

 売店を出た。


 近づくにつれて学生が言っていることが聞こえてきた。「ご主人様を待ってんのか? ん? なんかしゃべってみろよ」

 ほかのやつらが笑う。

「なんも言わねえな」ガキの手がアンドロイドを小突く。

「人間の命令は絶対なんだろ? なんか言えって。なあ。ガラクタか?」

 ハニーは学生たちのすぐそばに来た。「誰のだ?」と声色を抑えて聞いた。

「え? 知らないよ」

 と、笑って答えたその学生の肩を、ぐいとつかんで引っぱった。

「なんだよ!」尻もちをついたやつがそのままの姿勢で後ずさる。

 アンドロイドの前に立つ。「こいつに、構うな」

「警察呼ぶぞ!」

「呼べよ」と言い返す。「さっきこいつを蹴ったの、見てたぞ! おまえたちひとりひとりに、同じようにやってもいいんだ」


 学生たちが悪態をつきながら引き上げていくと、ハニーは大きく息を吐いた。銀のアンドロイドを見上げると、視線を感知したのか首を少し動かした。

 ずんぐりしたボディをしている。人間で言う胸板の部分がかなり厚い。頭部は丸く、半分肩に埋まったようなかたちだ。見たことがないアンドロイドだったが、ごついので、警備か工事関係の仕事ではないかと思った。ガキに蹴られたくらいではなんともないようだ。実際、首を動かす以外の反応を見せないので、今の騒ぎを意にも介していないのだろう。――よかった。ハニーは立ち去ろうとした。

「待って!」

 後ろから声がした。振り返ると、建物の入り口を出たばかりのところに女がいた。彼女は数歩歩くとアンドロイドの左腕をつかんだ。アンドロイドはすぐさま反応し、女の体を支えるような体勢を取った。

「お礼を言いたいの」と彼女が言った。





 学友が授業に行くのを見送ったあと、チョコレートミントは立ち上がってカフェテリア内をきょろきょろと見回した。先ほどハニーがいた気がする。屋内には見当たらなかったが、外のベンチで見つけた。なにか飲みながら、となりにいる女性と話をしている。二十歳前後くらい、北欧系の顔立ち、小柄な子だ。

 チョコレートミントは察した。が、好奇心に勝てなかった。死角になる方角からわざわざ回り込んで近づいていき、なるべく長く会話を聞き取ろうとした。


「……たしかにクイーンズまで行けばロボットパーツを扱うショップが複数あるけれど、百九丁目の『ガニメデ』というお店はおすすめよ。ロシア製機械のジャンクの扱いが多いの。わたしが前にガトーの肩回りのパーツを探していたとき、すごく力になってくれた」

「聞いたことない店だ」

「ネットには出てないかもね。小さいところだから。おじいちゃんがひとりでやってるの。覗いてみるといいわ」

「そこでウェルダ製の商品を見たことある?」

「うーん、わからないけど、取り扱っているかも。だって、ウェルダの技術者の何割かはロシアへ流出したっていう話でしょ?」

「内戦前からウェルダと国交があった国だからな」

「そうよね? ウェルダのロボット工学はまだロシアで生きてるかもしれないわね」


 チョコレートミントはいくぶんしらけた気持ちで声をかけた。「ハァイ」

「あ、もう終わったのか?」

「うん」

 ミントが見知らぬ女性に話しかける前に、「じゃあ、ここで」とハニーは立ち上がった。「コーヒーありがとう」

「こちらこそ」彼女は最後にハニーの手をぎゅっと握った。「ガトーを守ってくれて、本当に、本当にありがとう!」

 ベンチの後ろにあった大きな塊が動き出したのでミントは驚いた。塊がかがめた背を伸ばすようにすると、それは二メートルほどの高さのロボットになり、女性のとなりに収まった。女は小さく手を振ってハニーとミントを見送った。

 校門まで来たところで、ミントはさっそく訊いた。

「どちらさま?」

「アナ・パノーフ。花屋。ドロイドの方はガトー」

「花屋?」

「美術の授業で使う花の配達に来てるんだと」

「へえー。助けたって?」

「絡まれてたんだよ」

「それってロボットのほう?」

「そうだ」

「ふうん」

「なんだよ」

「仲良くなれた?」

「残念ながらガトーはしゃべらなかった」

「女の子のほうは?」

「しゃべれる」

 ミントは少し待ってから訊いた。「それで?」

「ガトーは彼女の父親からプレゼントされた自作アンドロイドで、介護AIを積んだ警備ロボットというのが近いようだが、基礎にロシア製の機械を使っているということだったから、よく使うパーツ屋があれば教えてほしいと頼んだ。ロシアはウェルダの難民が多く移り住んだ国で、技術の流入が……」

「そのへんは聞いてたよ」

「だから、マスタードの部品も流れてくるんじゃないかと思って、行きつけの店を訊いたら、教えてくれた。思わぬ収穫だ。今度行ってみる」

「ハニーってさ」

「なんだよ」

「アンドロイドの話になると早口になるね」

「………」

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