第16話 グッド・バッド・ドロイド①
前回までのあらすじ:火星帰りの傭兵ハニーは、宇宙生物学研究所員のチョコレートミントのボディガードとして働きながら、自分の義足のもとになったアンドロイド、通称マスタードを直すためにパーツを探している。内戦で崩壊したウェルダ共和国製のマスタードの部品はなかなか見つからず、廃材アート作品の一部になっているのを見つけた他にこれと言った純正部品の収穫はないままであった。
「今日は大学に行くから」とチョコレートミントが伝えてきたのは十一月のある日のことだった。
「大学? わかった」ハニーはハンドグリップを握る手を休めずに言った。「何しに?」
「休学の関係でいろいろと相談したくて」
「休学?」だれの、と訊きかけさえする。「……おまえ、大学生なの?」
「言ってなかった?」ミントは携帯から顔を上げた。「なんでそんなに不思議そうな顔するのよ!」
「何の勉強をしてるんだ?」
「演劇。え、ほんとに言ってないっけ? 芸術学部演劇学科の三年生……になったところで休学したの」
「演劇学科ってなにをするんだ?」
「どしたの? 今日はずいぶん質問が多いじゃん」ミントはニヤッとして急に高飛車な口調になった。「わたくしに興味がおありですの?」
「興味があるのはおまえを迎え入れる奇特な学校のほうにだよ」
「あら、わたくしのお友達も先生も、変な人ばかりでしてよ」ミントは口調を戻した。「やってることはそうだね、演劇の理論とか、身体表現の方法とか、エンターテインメントの歴史とか。そういうの」
「俳優になりたいのか?」
「うん。いつかハリウッドに行きたいな」
すてきな夢だ。少しはにかみながら語るチョコレートミントの顔には、こいつの夢はたぶん叶うだろうと思わせる輝きがあった。たとえその夢への道行きで、今は立ち往生しているとしても。
「ハニーは?」
「え? 映画は観るだけだよ」
「ハリウッドじゃなくて学校の話。軍人が通う専門の学校があるんでしょ? そこに行ったの?」
「陸軍士官学校の話なら違う。おれは高卒で軍に入って基礎訓練やって、まあ、こうだよ」
「『こう』ってなに? 何年前の話なの? なんで軍やめたの? 火星はいつ行っていつ帰ってきたの?」
「今日はずいぶん質問が多いな」
「興味があるのはあなたを放り出した職場のほうにだけど?」
「いいよ、おれの話は」ハニーはいつの間にか止まっていた握力のトレーニングを再開した。
「教えてよ」ミントはクッションを抱えてソファに座った。「よく考えたらあたし、ハニーのことまだ全然知らないし」
「よく知らない人間に用心棒を頼むな」
「ねえ! あたしだって休学のこと教えたじゃあん」
「ミント!」自室で着替えていたメルバが声を張り上げた。「ぼくらはそろそろ出発する。途中まで乗っていくんだろ?」
メルバ、というよりはポピーシードが近くまで車に乗せてきてくれたため、ふたりは大学までさほど歩かずにすむことになった。その少しの距離で、ミントはハニーを質問攻めにした。
「まあ……不祥事だな」
「不祥事? ってなに?」
「詳しくは言えない」
「ちょこっとでいいから! 絶対だれにも言わないから! ね?」
「……簡単に言うと、おれは不祥事の起きた現場を目撃して、監察に証言したけど、肝心の物証がなくて、当人は無罪放免になったってところか」
「なにそれ」
「そいつは結構えらいやつだったから、おれはそいつの力で狙撃班から会計課に異動になった」
「会計って左遷部署なの?」
「逆だよ! 軍の本部の会計課はエリート大卒しかいねえんだよ! そんなところにおれみたいなのが行って何をしろって話だよ、向こうもいい迷惑だっただろうな」
「それパワハラじゃん。訴えれば勝てたんじゃないの?」
「どうかな。相手は人事畑だったし、左遷の表向きの理由をちゃんと用意してたと思う。兵站部門の仕事を学んで戦地での行動に活かせとか」
「むう」
「それに、面倒だったんだよ。タイミングよくファッジが転職の話持ってきてくれたし。状況がややこしくなってきたら離脱に限る」
ミントは納得いかないという顔だ。「ギャフンと言わせてやればよかったのにー」
「基本的に、おれたちは階級が上のやつに逆らえない。上と揉めたって事実ができた時点で、もう“詰み”だった」不満げなミントを見る。「おまえも軍人になればわかるって」
「やだよぉ」ミントは四歳のように声をあげたあと、小声で付け足した。「でも、軍服はちょっと着てみたいかも」
「ミント少佐」
「んん。なんだね? ハニー軍曹」
などと話しながら校門を通りすぎたとき、そばを歩いていた女子学生が悲鳴を上げた。「えっ、うそ! ミーナじゃん!」
あっという間に学生たちが集まってくる。「久しぶり!」「元気だった?」「いつから復学するの?」「待ってたよ!」「今度は何の舞台に出るんですか?」「絶対見に行きます!」
わらわらと寄ってきた学生たちを追い払おうとするハニーを右腕をつかんで制し、チョコレートミントは瞬時に笑顔を作った。「ハァイ!」「元気だったよ、みんなは?」「ちょっとまだ先かなー」「その時は絶対知らせるね!」と集団を捌き切ると、学生課の棟に無事たどり着いた。
「なに、その顔」ミントは得意顔だ。「あたし、このあたりじゃちょっとしたスーパー美人人気女優なんだから」
「手をどけろ」
「あたしの学友に銃を向けないと約束してくれる?」
ハニーがしぶしぶ銃把から手を離すと、ミントもハニーの右腕から手を離した。この前護身術の一環で「押されると痛い腕のツボ」を教えたのだが、確実に身についているようだ。なにより。しびれる腕を振り、ハニーは仏頂面でミントに続いて階段を上がった。