10/22 睡笑の夜、非睡の朝②
「…………それで?」
「……………………はい」
「要約すると、恋人とイチャつく夢を見てたら寝坊した、と」
「イチャつくってのが気になるけど……まぁ、おおむねその通りです」
場所は、大学の中央棟前。
2限目がもうすぐ終わるというこの時間。
人はほとんどいなくて、淡々としていて。
そこでは、よく見知った顔が、よく見知った表情で呆れていた。
……あの後、急いで家を飛び出したはいいものの、もう既にお昼の12時近かった。
残り10分というタイミングで講義室に入るのは、ものすごく気まずい。
なので、講義に出るのは諦めて、普通に歩いて大学までやって来た。
そして校舎のすぐ手前で、この知り合いに遭遇した、というわけだった。
「にしても、珍しいな。お前が寝坊するなんて」
「確か、高校3年通して皆勤賞じゃなかったか?」
「いや、高校だけじゃない」
「小中高あわせて12年間、一度も遅刻したことがなかったのが自慢だったのに……はぁ……」
「そんなに落ち込むなよ。たかが一度の遅刻だろ?」
「いや、落ち込むよ。何事もきっちりしないと気が済まないタイプなんだ」
「なんせ僕の座右の銘は用意周到、好きな言葉は——」
「いや、それはもう何回も聞いた」
再び、見慣れた呆れ顔。
……こう言うのも何だけど、こいつには呆れた表情が大変よく似合うと思う。
少し伏せられた睫毛から、半分だけ覗く翡翠色の瞳。
少しウェーブがかかった金髪。
クォーターらしい、整った顔立ち。
モデルのようにすらっとした手足。
少し甘いハスキーボイス。
一見乱暴なようで、どこか品のある仕種。
その全てがバランスよく合わさって『イケメン』を形作っている。
「(これで本当にイケ『メン』だったらなぁ……)」
そう。
彼女の名前は神庭衣典。
僕とは高校時代からの付き合いであり——
こう見えて、れっきとした女性である。
「というか、わざわざ学校に来なくてもよかったんじゃ?」
「今日は他に講義もないんだろ。一コマくらいサボっても怒られるわけじゃなし」
「うん、それも考えたんだけど……」
「けど?」
「……灯絵が心配する」
「一応メッセージは送ったけど、顔ぐらい出しておかないとさ」
「『けーくんが寝坊!? 今までそんなこと一度もなかったのに! 実は体調悪かったりしない? 気づかないうちに疲れがたまってることない?!』」
「……とか言って、家まで様子を見に来かねない」
「あー……」
心配のあまり思考を暴走させて、食材その他をもろもろ買い込んで部屋を訪ねてくる灯絵。
容易に想像できたのか、衣典は納得半分、呆れ半分といった表情で頷いた。
そして、肩をすくめて苦笑する。
「ああ見えて非常時にテンパりやすいからな、灯絵」
「そうそう。だから、少しでも早く安心させてあげたい」
「……とか言って、単に自分が灯絵に会いたかっただけじゃないのか?」
「もちろん、それもある」
「あるのかよ。冗談で聞いたっつーのに」
「いや、そりゃもちろん会いたいよ」
「あんなに可愛い彼女、会いたくならない方がおかしいだろ?」
「何でドヤ顔なんだよ。少しは恥じらえよ」
「誰かを愛おしく想うのに、遠慮する必要なんかないだろ?」
「……最近は、環境型セクハラって言葉もあるんだぞ?」
「大丈夫。衣典は環境じゃなくて、大事な友達だから」
「もうほぼ当事者みたいなものだし」
「いや、その理屈はおかしい」
「……というか、最近言うことが灯絵に似てきたな、お前」
「恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言う辺り、そっくりだ」
「そりゃ、3年も付き合ってれば、ちょっとは似てくるよ」
「はいはい、ご馳走様」
「相変わらず仲良いのな、お前ら」
もう何度も見てきた、衣典の呆れ顔。
だけど、その目はどこか見守るように優しくて。
しょうがないな、って笑っているように見える。
高校の頃から、こうなんだ。
ぶっきらぼうなのに、実は情に厚い。
粗雑なように見えて、細やかに気を配る。
こういうところが、彼女のモテる理由なんだろう。
……主に、女性に。
今回は、冒頭に出てきた衣典の回です。
次回、灯絵、襲来。