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秋桜学園合唱部2019 ~萌~

作者: Singspieler

さくら学院の生徒さん達を思わせる女の子達が出てくるお話を書きたいなぁって、ずっと思っていたら、ポッと小さなお話が出来上がってしまいました。さくら学院の舞台作品に出てきた学校名を使ってますが、全然違うアナザーストーリーです。さくら学院の父兄さんなら楽しめるような遊びも盛り込んでますが、さくら学院を知らない人たちにも、この子達のひたむきさが伝わればいいなって思います。

リコりんの声が好きだった。

リコりんが、私の隣で歌う。一生懸命、真っ直ぐ前を向いて歌う。

そのアルトの声に合わせて、3度上のソプラノパートを歌うと、リコりんの声に自分の声が、ふわん、と包まれる感じがした。

そのまま、自分の声が、リコりんの声と一緒に、すうっと浮き上がる。

おなかにぐっと力をこめないと、なんだか立っていられない。

高く高く。青い空の向こう、雲の上に伸びる飛行機雲追いかけて、真っ直ぐ、高く、私の声が飛んでいく。リコりんの声に乗って。

そんな感覚、何度もあった。


卒業式の最後、毎年、卒業生全員で、校歌を歌う。

リコりんも含めて、卒業生全員が、泣きながら歌った。

私にはちゃんと聞こえた。

リコりんの声。

泣きながら、でもまっすぐ前を向いて、一生懸命歌ってる、リコりんの声。

その声と一緒に、3度上で、小さくハミングしてみた。

私の声が、講堂の天井を抜けて、空に向かって消えていった。

桜の花びらと一緒に、風に乗って空へ。


リコりん。

ゆり子先輩。

先輩の声、絶対忘れない。

どんなに沢山の人が、大声で喚いていたって、私は絶対、先輩の声聞き取れるから。

先輩の声は、私の翼。

だから私の声は、今はもう、空を飛べないんだよ。


********


「リコりん来てるね」って、ミナミがボソッと言うから、舞台袖で飛び上がりそうになった。落ち着け。予想できてたし、来ると思ってたじゃん。毎年四月の恒例のサプライズ。新入部員勧誘発表会。各部が、講堂に集められた新入中学一年生の前で、自分達をアピールするパフォーマンスを繰り広げる場。熾烈な新入部員争奪戦の始まりであり、新しい幹部学年が率いる初めての部としての活動でもある。

新入生の父兄も観覧するイベントで、卒業生も観覧できるとあって、必ず前の年の卒業生が何人か、前触れなしに来る。Lineでいくら、来てくれますか?って聞いても、さあねってはぐらかしながら、絶対誰かしら来るんだ。そして、リコりんみたいな律儀な人が、来ないわけないって、昨日もそう自分に言い聞かせたじゃん。

息を深く吸って、吐く。そう、全ては想定内。見えてる見えてる。私の踏み出すべき場所。言うべき言葉。みんな、私を頼りにしてる。私が道を指し示すのを待ってる。

「来てるに決まってんじゃん」そう言う。ミナミが私の横顔を見てる。そっちを見るのが怖い。心の中の波立ち見透かされそうで。

「続いて、合唱部による演奏です」放送部のアナウンス。まだ初々しいなぁ。さて、ここからの部の活動紹介は、渉外担当の私の役目だ。

役職引継ぎのミーティングの時、萌は渉外担当ってリコりんに言われて、泣いちゃったのは今でも悔しい。選曲担当になれなかったのが悔しいんじゃなくて、泣いちゃった自分が悔しい。自分で自分がちゃんとコントロールできなかったのが悔しい。私はいつも私のままでいて、何が起こっても動じちゃいけない。萌はどんな時でも、しっかり堂々と喋るもんねって、リコりんに言われた。それはあなたの才能だよ。声にならないみんなの声を、きちんと言葉にして人に伝える事ができる、それがあなたの武器。その武器を精一杯活かして欲しいんだって、リコりんはにっこり微笑んだ。目が三日月の形になる、リコりんの笑顔。あの笑顔を見ると、なんだか胸があったかくなる。こっちもなんだか、笑顔になっちゃう。泣きながら、私笑って、「頑張ります」って言った。だから、頑張らなきゃ。

袖に控えている仲間を振り返った。8人、16個の瞳が、私を見つめる。私も入れて、全部で9人。合唱部というには少なすぎるなぁ。今年は本当に、部員増やさないとやばいんだ。ここでガッツリ新入生のハート鷲掴みにしないと、まじ廃部もちらついてくる。16の瞳に軽く頷いて、舞台に向かって踏み出す。それを合図に、みんな舞台に向かって歩み出す。私は1人、上手に立てられたマイクスタンドの前に立つ。息を吸って、吐く。原稿を取り出して、さっと流し読み。オーケー、平常心。萌は全然大丈夫ですよ。

「私たち合唱部は」いいじゃん、落ち着いた声出た。見つめる沢山の一年生の視線。みんな子供みたいだなぁ。ついこの前まで小学生だったんだもんなぁ。この子達。2年前の自分もこんなだったなんて、信じられない。子供達に憧れてもらえる最高学年のお姉さんとして喋らなきゃ。笑顔のまま、続ける。

「2016年にできたばかりの、歴史の浅い部ですが、創部そうそう県大会で銀賞を獲得、その翌年も銀賞、そして昨年は、念願だった県大会金賞を勝ち取りました。ご覧の通り、合唱団としては少人数ですが、その分、一人一人の声の個性を大切に、思いっきり歌った声がガッツリハモった時の感動を追い求めて、日々努力しています。」

ちょっと息をつく。大丈夫かな。一年生には少し硬い文章だったかも。前列の子の目が眠そうだ。早く演奏に入った方がいいか。

「今日は、私たちが今練習している曲を二曲お送りします。皆さんもよくご存知のあの曲と、コンクールでもよく歌われる合唱の定番曲の組み合わせ。マジメな曲ばっかりじゃなくて、楽しい曲もやってますから、興味があったら是非、部室までいらしてみて下さい!指揮は、西野由美先生、ピアノは三年生の吉野紗綾香でお送りします。」

西野先生はもう譜面台の前に立ってる。ピアノの前のサヤが、メガネ越しに微笑む。残る7人がこっちを見てる。微笑みかけて、西野先生を振り返ると、こっちをみて、笑顔で頷いた。さすがねって、口が動く。任せてちょうだい。あたしゃ渉外担当、森山萌様だよ。

去年の渉外担当の綾ちゃん、強烈だったからなぁって、父兄席にいる先輩たちは思ってるかな。綾ちゃんは間違いなくスターだったから。綾ちゃんが喋ると、会場のみんなが一斉に綾ちゃんに注目した。そんな視線に、綾ちゃんが笑顔で応えると、みんな笑顔になる。綾ちゃんにはそんなカリスマ性があった。私にはそんなパワーはないけど、頭で勝負だよ。私の方が間違いなく、綾ちゃんよりお利口さんだからねー。学年テストの順位は常に上位なんだから。綾ちゃんには負けないよ。

リコりんだけじゃなくて、綾ちゃん先輩も来てるんだろうか。父兄席が怖くて視線投げられないっすよ。なるべく見ないように、客席の前方に座った一年生たちに笑顔振りまいて、自分の立ち位置に並ぶ。一曲目は、一年生の気持ちつかまえるための軽い曲ってことで、「となりのトトロ」から、「さんぽ」。選曲担当兼ピアノ伴奏のサヤのセンス。

サヤのピアノ伴奏が始まった途端、一年生がパッと笑顔になる。この瞬間が好き。やっぱり音楽っていいよね。ジブリは無敵だよ。でも、ちょっと凝ったアレンジの曲だから、聞く耳を持った子なら、私たちの実力を理解できると思うんだって、サヤは言った。やっぱりサヤが選曲担当で間違いない。分かってる。私にはちゃんと分かるよ。

でもね、リコりん、私、去年、リコりんと歌った、あの曲をもう一回、やりたかったんだ。それで、選曲担当になりたかった。あの曲のラスト、どこまでも高く上っていく私たちの声。リコりんの声と、私の声。

歌に合わせて、西野先生が客席を振り返って手拍子を促すと、一年生たちがおずおず手拍子を始めた。私たちも率先して手を叩く。いいぞ、どんどん客席に笑顔が増えていく。手拍子の音に負けないように元気に歌わないと。サヤのピアノが軽やかに間奏を奏でる。

そう、私には分かる。サヤだって、選曲担当になりたかったわけじゃない。サヤは部長になりたかったんだよね。

リコりんと、綾ちゃんと、麻里ちゃんで、すごく悩んだって、後から聞いた。曲もよく知ってて、音楽のセンスもあって、技術的にみんなを引っ張れるサヤと、カリスマ性があってリーダーシップの取れるカナと。結局、カナが部長で、サヤが選曲担当兼副部長ってことになったけど、サヤがそれを自分の中でちゃんと消化するのに、すごく苦労したこと、私は知ってる。ていうか、中三の4人、全員分かってる。練習調整担当っていう謎の新役職与えられたミナミが大混乱に陥ったのだって、みんなで必死にフォローした。色々ワガママ言ってくる部員の意見まとめて調整して練習計画を作る役目って言われて、結局、人間目安箱ってことかよってブツクサ言ってたミナミ。みんな、与えられた役職にそれぞれ向き合って、それぞれ悩んでる。

でも音楽は待ってくれない。トトロとメイちゃんが楽しくお散歩しているみたいに歌わなきゃ。音楽はどんどん進んでいく。時間みたいに。悩んでたって年は取る。一音一音、一瞬一瞬、大事に歌わなきゃ。

サヤのピアノが明るい後奏を奏でて、曲が終わる。手拍子がそのまま拍手になった。西野先生が、ピアノに向かう。サヤが私の隣に立つ。少人数だと、1人ピアノ伴奏に取られただけでキツイから、新入生が入るまでは、「さんぽ」みたいな軽い曲はともかく、本格的な合唱曲では、西野先生の伴奏で、指揮なしで歌わないと、声の厚みが足りなくなる。新入生欲しいなぁ。ピアノの弾ける子がいいなぁ。誰か入ってくれないかなぁ。

西野先生が、ピアノ越しに、一人一人の顔を覗き込むように、笑顔で視線を合わせてくれた。西野先生はいっつも笑顔だ。私たちの言うこと、やること、決して否定しない。まず、そうだねって頷いて、その後、こういうのも考えてみたらって、大人の目線の提案をくれる。西野先生みたいな大人になりたいな。

その西野先生の指が、ピアノの鍵盤に優しく触れると、涙がこぼれ落ちるような、優しい下降音階が流れ出す。新実徳英作曲、「聞こえる」。

世界で起こった様々な大きな事件を描きながら、その場に鳴り響く音に耳を傾けながら、自分に何が出来るだろうって一生懸命考えている若者の歌。すごく綺麗でドラマティックないい曲だけど、随分昔の名曲持ってきたねって、西野先生もちょっと笑ってた。サヤは何を考えてたんだろう。聞こえる。



鐘が鳴る 鳩が飛び立つ

広場を埋めた群集の叫びが聞こえる

歌を 歌をください



陽が落ちる 油泥ゆでいの渚

翼なくした海鳥のうめきが聞こえる

空を 空をください



歩み寄る手に手に花を

歳月こえて壁越しに「歓喜の歌」が聞こえる

夢を 夢をください



こだまして木々が倒れる

追われて消えた野の人の悲しい笛が聞こえる

森を 森をください



「ここで歌われる事件や戦争は、皆んなが産まれるずっと前に起こったことばかりだね」って、練習の時、西野先生は言った。「私が産まれる前の出来事もある。でも、今でも、同じような声や、叫びが世界には溢れているし、全然違うかもしれないけど、あなたたちの隣でも、声にならない悩みや叫びを心の中だけで響かせてる人がいるかもしれないよね。耳をすませてみる。何が聞こえるだろう。そしてそんな声に、何を答えてあげられるだろう。そんなことを考えながら歌えたら、いいね。」

耳を澄ます。何が聞こえるだろう。私の隣。私の隣では、サヤが歌っている。線の細い、透き通った声。綺麗なんだけど、麻里先輩みたいな大人っぽい響きがないんだよな。それは私の声もそうだ。ヘロヘロして、子供っぽい。綾ちゃんみたいな、ホール全体がブルンって震えるみたいな、あんなパワフルな声がない。

ミナミとカナの声、柔らかくって綺麗。でも、リコりんの優しい包み込むような温かさはない。後輩たちも頑張ってる、サナエも、ココも、ミサキもクルミもユナも、一生懸命だけど、あの3人が作り上げた太い、安心感のある心地よい響きには程遠い。高みへ飛ぶには、余りにも頼りない。

やだ、涙が出てきた。耳を澄ましても、私の耳に聞こえてくるのは、ないものばっかりだ。今ここにないもの、自分達に足りないものばっかり聞こえてくる。飛べない。私の声は失速する。リコりん、どこにいるの。一緒に歌ってよ。リコりんの声じゃないとダメなんだよ。私の声は墜落して地面で粉々に砕け散る。戦車に踏み潰される悲鳴。どす黒い油にまみれて窒息する涙。引き裂かれる夢。死にゆく森。

ふっと、右手が温かくなる。と思ったら、高音のフォルテの直前で、思いがけない強い力が、右手をぎゅっと握りしめた。思わず、ポン、と高音が響く。一瞬だけど、100点のフォルテ。

横目でチラ見したら、サヤの手がぎゅっと私の手を握ってる。頑張れって、サヤの心の声が流れ込んでくる。頑張ろう。一緒に。しっかり。私がいるから。一緒にいるから。

視界の端に、反対側のサヤの手が見えると、その手はカナの手を握っていた。見えないけど、カナもきっと、隣のミナミの手を握ってるんだろう。4人しかいない。でも、4人もいる。

自分に何ができる、という自問から、歌はフィナーレのテーマに続いていく。教会のコラールを思わせる合唱は、祈りだ。教えてください、私たちに何ができるのか。私たちには何一つできないかもしれない。でも祈ることはできる、歌うことはできる、と、確信を持って奏でられる歓喜のコラール。

カナの声。まだまだ幼いけど、去年に比べたら格段にパワフルになった声。ミナミの声。柔らかいのにしっかり芯が出来てきて、練習のたびに安定感が増している声。サヤの声。まだ細いけど、透明感があって真っ直ぐで、遠くまで届く綺麗な響きの声。

あの3人の声とは違う、この4人の声で、私たちは一緒に高く飛ぶんだ。何度失敗しても、何度墜落しても、私たちはこの声で、自分たちの声で飛ぶ。今私に聞こえているのは、私たちの未来の声だ。その未来の声が、空高く舞い上がっていくのを追いかけていく。この4人で、高く高く。

空の高みの光めがけて駆け上がっていく、未来の声。必死に追いかける4つの声が、響きあって絡まって、講堂の天井から、一瞬、空の高みにふわっと飛び立った…

と思った一瞬、曲が終わった。

客席から拍手が起こる。一年生の後方、父兄席からの拍手がひときわ大きく聞こえる。西野先生も拍手をしながら、私たちを手で指し示して、お辞儀をする。拍手が大きくなる。私たちもそれに合わせてお辞儀をする。退場しようとしてつんのめりそうになる。足の裏が舞台の床にくっついてるみたいだ。自分が何を歌ったのか、どう歌ったのか、あんまりよく覚えてない。お客様にはどう聞こえてたんだろう。

「あー緊張したっ」とカナが舞台袖に入った途端叫ぶ。サヤが慌ててカナの口を押さえたけどもう遅い。客席に聞こえたんだろう、失笑が聞こえる。

「みんなよく頑張った」西野先生が言った。「この人数で、このサイズのホールをあれだけ鳴らせる合唱部なんか、県下でも、そうそうないよ。みんな自信持っていいからね。」

みんな笑顔で頷く。やっぱり西野先生は優しいなぁ。中三の担任になってくれたら嬉しかったのに。また林先生が担任だなんてマジ最悪。

「やっぱりパワー不足だよね」講堂を退場しながら、サヤが言った。「途中で泣きそうになっちゃった。ここに麻里ちゃんがいてくれたらって」

「私も」答えて、なんだか胸が熱くなった。みんな思いは一緒だったんだ。「あの時、サヤ、手握ってくれたよね。」

「カナが握ってきたんだよ」サヤが微笑んで言った。「もう、手がブルブル震えててさ。これはいいなって思って、モエの手も握ったの」

なるほど。なんかにやけてきた。臆病者で、心配性で、でも素直で真っ直ぐなカナ。あんたはやっぱり、最高の部長だよ。

「なんかもう、全然ダメだよ!」講堂を出た途端、カナが喚いた。「みんな声ちっちゃい!もっとガツンと歌わなきゃ!でなきゃ、あと20人部員増やそう!」

途端に、講堂から、どっと笑い声が起きた。続く拍手。講堂の中がものすごく盛り上がっている。

「演劇部だね」ミナミがぼそっと言った。「今年も大ウケじゃん。」

「今年も、新入生持っていかれますかね」ココが言った。

「みんな暗くならない!」カナが怒鳴る。「演劇部なんか、林先生が脚本書いてるんだから、受けるに決まってるんだよ!大人の悪知恵使って、ズルいんだよ!そんな連中に負けるわけにはいかないんだよ!」

講堂がまた、ドッと沸いた。

「みんな、よかったよ~」声がする。やだ、声聞いただけで泣きそうになっちゃう。顔上げられない。

「リコりん先輩!」カナが叫ぶ。半分泣き声。カナはいいな。いつでも素直で。「綾ちゃん先輩も!」

「カッコよかったよ、『聞こえる』」綾ちゃん先輩の声。やめて。なんかもう、ほんとに泣いちゃう。

「特に後半がよかった。テンポが変わる直前に、みんなが手を握り合ってさ。ちょっとぐっと来ちゃった」綾ちゃん先輩が言う。

「あ、中二も手握ってたんだ」サヤが言う。

「だって、中三が前列で手を握ったから、そういうことかなって」サナエが言った。そういうつもりじゃなかったんだけど、と、中三四人で、顔を見合わせた。

「麻里は用事があって先に帰っちゃったんだけどさ」綾ちゃんが言う。「三人の感想です!」ゴホン、と、咳払い。

「昨年度に比べて、声は小さいです!みんなもっと声出そう!」

「はい!」と全員で返事しながら、チキショーって思う。悔しい。

「それか、もっと新入部員を増やそう!」

「はい!」

「でも、すごく声が揃ってた!みんなが一つになってる感じがした。特に、『聞こえる』の後半は、ほんとに声が一つになってて、よかったです!」

「はい!」

「あのね」遠慮がちに、リコりんの声がして、顔を上げたら、リコりんが真っ直ぐ私を見ていた。息が止まりそうになる。あの三日月の目の笑顔。やばい、泣く。

「声を飛ばすのは声量じゃないの。みんなの歌い方、歌詞への気持ち、音への感じ方がシンクロして、きれいにユニゾンすれば、声量はなくても、音と音が共鳴しあって、とっても遠くまできれいに響く声になる。みんなは、綾ちゃんとか麻里みたいに声量はないかもしれないけど、でも、響きをしっかり揃えれば、きっと遠くまで届く声になる。自分ひとりだけで歌うんじゃない。もっと他の人を頼っていいから。他の人の声にしっかり耳を澄ませて。そしたら、きっといい音が聞こえてくるから。サヤちゃんが、この曲を選んだのも、そういうことだと思うの。『聞こえる』。耳を澄ませるの。そうしたら、自分の歌うべき音が、聞こえてくるから。」

あの時、サヤが私の手を握ってくれた時。私、初めて、ちゃんと中三の他の三人の声を聴いたんだ。あの時、四人の声で、私の声は間違いなく、空高く飛ぼうとした。大丈夫、私の声は飛べる。この四人で声を合わせれば、いつか、きっと飛べる。

「泣くな、萌!」って、綾ちゃん先輩が言う。やだ、言われたらもっと泣いちゃう。リコりんが駆け寄って、ぎゅって抱きしめてくれて、なんか、カナがぎゃーって泣きながら私たちに飛びついてきて、サヤもミナミも泣き出して、なんだかわけが分からなくなって、その時の記憶、結構飛んでる。

部室に戻って、ちょっと落ち着いた時、サヤが、私の隣に来て、言った。「リコりん、すごいな。」

「すごいよね。」私も頷く。

「私の考えてること、全部読まれちゃった。なんで『聞こえる』選んだのかって。」

「参るよね。」二人、顔見合わせて、ふって笑った。

「それでさ」サヤが、ちょっと改まった口調になった。「秋のコンクールの自由曲なんだけどさ。」

そうか、そろそろ決めないとって、前にも四人で話したな。

「定番の合唱曲をこの人数でやっちゃうっていうのが、私たちの特徴だと思うの」サヤが言う。「定番曲を二十人三十人の合唱団でやるのじゃない、10人前後の小さいグループで、一人一人が思いっきり歌って、がっつりハモる。それで、定番曲の別の魅力を引き出す。それがうちの持ち味。」

「はぁ」私は生返事を返す。サヤの話の着地点が見えないぞ。

「『信じる』で行こうかなって。松下耕の。」

息が止まりそうになった。

「なんで?」かろうじて言う。

「去年の秋の学内演奏会でやって、それっきりじゃん。あそこである程度作りこんだから、旧メンバーは曲をよく分かってるし。これで勝負するのがいいと思うんだよね。全国大会に行けるほどの実力はないと思うけど、県大会で上位狙うなら、みんなが十分理解している曲がいいと思うんだ。それにさ。」サヤがちょっと言葉を探す。

「何?」

「萌も、この曲、好きでしょ?」

サヤ、やめてよ。また泣いちゃうじゃん。なんでそんなに、私のこと分かってるのさ。

「信じる」。私の声が、リコりんの声と一緒に、限りない高みに飛んだ曲。私が絶対もう一度やりたかった曲。この曲で、この四人で、また高みを目指すんだ。天空の彼方、まだ見たことのない、永遠の光にあふれた世界へ。

部室のドアを誰かがノックする音がする。カナが、「来た!」って叫んで、立ち上がる。「絶対新入部員だよ、間違いないよ!」なんて叫びながら、ドアに向かってダッシュする。

ごめん、私はそれどころじゃない。あふれる涙を拭いて、いつもの私に戻るのに、もうちょっと時間が必要。

「ようこそ、秋桜学園合唱部へ!」カナの元気良すぎる声が聞こえる。「え、あなた本当に中一なの?ちっちゃいねぇ!」

こら、いきなり失礼だろ、部長。私も立ち上がって、扉に向かった。

「ようこそ、秋桜学園合唱部へ!」



(了)

本当に自己満足の塊みたいな拙いお話、最後まで読んで下さってありがとうございました。

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