冒険者の街ー2
俺と受付嬢の話が終わると、囲っていた人々は散っていった。登録も済んだことだし、本来の目的である酒場に行こうとすると、行く手を塞がれた。
「初めまして。私はメア・シアール。グローリア騎士団に所属する幹部なのだけれど。……この後、時間をもらえたりしない?」
「あっ!おい!抜け駆けはズリィぞ!よう、俺は炎竜旅団所属、ウズル・シームってんだ。話なら俺もあるんだ。よろしく頼むぜ」
「ちょっと待ってください御二方!ボクも話したいんですよ!あ、森の守護団、クー・セレナです!よろしくお願いします!」
そう言って一斉に声をかけてきたのは三人の冒険者だった。
一人は薄い紫髪のサイドテール、濃い黒目の女性、おそらく俺と同じヒューマンだろう。いや、眷族の俺がヒューマンと呼ばれるのかは知らないが。
もう一人はヒューマンではない、耳の尖った赤い髪の男だった。
「サラマンダーね。火の妖精族よ。腕に火の様な刺青が入っているのわかる?」
ネックレスから通して見たのだろう。アイラが教えてくれた。丁度いいので、この街に来てから気になっていたことを聞くことにした。
「アイラ。妖精族とはそもそも何なんだ?」
「妖精族、って言うのは、太古の妖精が時が経つにつれて姿を変えて、ヒューマンに近づいた存在と言われる一族よ。」
「エルフやウンディーネといったものか」
「そうねー、まぁ仲が悪い妖精族同士もいれば、無駄にプライドが高いのもいるから、気をつけてね」
アイラが言い終わると、ネックレスから漏れる淡い光が消えた。
では、最後の一人は、エルフだろう(俺の乏しいファンタジー知識による見解だが)。尖った長めの耳、緑色の肩ぐらいでそろえられた髪、他の二人と比べて軽装の女の子だった。
「初めまして。タカミネハヤトです。それで、お話しとは何でしょうか」
初対面には礼儀正しく。うん、アイラの時はとてもそんな気が回らなかったし、彼女に礼儀なぞ払いたくないが、大事なことだ。
「あぁ、そういう堅苦しい感じじゃなくていいぜ。話ってのも、そこまで難しい話じゃねぇ」
おそらく、三人とも同じ要件なのだろう。そろって頷いている。
ウズルが堅苦しくなくていいというので、敬語を使うのはやめることにした。
「まぁ、難しい話じゃないと言うなら。時間にも余裕ある」
俺がそういうと、
「タカミネ君、アイリスクランに所属する気はないか?」
「ハヤト!是非とも炎竜旅団に参加してくれ!」
「ハヤトさん!森の守護団でどうでしょう!」
三人同時に俺を勧誘してきた。さらに、今度はその三人で俺を奪い合う言い争いまで始めた。
「はぁ、聖騎士がまとめる我が騎士団以外選択肢などないだろう?」
「バカ言ってんじゃねぇ!一番は炎竜旅団に決まってんだろ!?」
「森の守護団もすごいところなんですよー!御二方!」
なるほど。新しくこの街に現れたAランクの冒険者を自分たちの仲間に引き入れようというわけか。……俺としては構わないし、面白そうだ。
だが、俺は今女神の眷族。アイラが許してくれなければ無理だろうな、といったところだ。
「どう思うアイラ」
俺が呼びかけると、すぐに返事が来た。
「ダメよ!ゼーッタイダメ!冒険者になってもあんたはあくまでも私の眷族、小間使いよ!他のやつの下につくなんて許すわけないでしょ!」
だそうだ。仕方がない。俺が何処かの集団に入ることを前提として言い合っている彼らには悪いが無理なようだ。
「……あぁ、言い合っているところすまないが、俺はどこにも所属する気はないぞ」
俺がそう言うと、唯一クールそうな雰囲気のメアまでもが
「「「えぇーーーーーーっ!?」」」
と叫んだのだった。
「申し訳ないな。俺はしばらくはソロでやっていくつもりだ」
少しは団やクランに所属したり、パーティを組んで冒険に出ることに興味があったが、うちのわがままな女神さまの言うことに従っておこう。彼女の機嫌を損ねたら面倒くさそうだ。
「タカミネ君、あなたAランクなのよね?絶対にどこかに所属したほうがよりうまくやっていけるわよ?」
冷静さを取り戻したメアが諦めずに食いついてくる。
確かにプレイしていたオンラインゲームでも、俺はチームに所属していたし、ソロで試合に参加するよりも圧倒的に戦いやすかった。だがそれは、チーム内で連携が取れる状態、つまり、面倒な隠し事や、関係のしこりがないことが条件だ。
どこかに所属するとしても、自分が眷族であるということは隠さなければいけないだろう。万一のことを考えると、やめておいた方がいいと自分でも判断を下した。
「今は無理だ。諦めてくれ」
「じゃあ、いかは入ってもらいますね!」
「あぁ、いつかはな」
俺が絶対にどこにも所属しないと分かったのだろう。三人とも引き下がってくれたので、これからも縁があれば、と挨拶だけして別れた。
これでやっと酒場に行ける。本来の用事はこれだったのに、ギルドへの興味本位で受付に立ち寄ってしまった結果、こんな時間がかかってしまった。アイラも待って居ることだ。少し急ごう。
酒場のカウンターにつくと、いかにも酒場のおやっさん、といった風貌のマッチョな男が、やはり豪快に話しかけてきた。
「おぅ坊主ゥ!聞いちまったぜ?おまえさん一年でAランクだってなァ!最近の若いモンってのはわかんねェ!」
「ははは……」
あまりの勢いに押されてしまう。今までこんな豪快な人物と話したことはなかった。これからこの酒場を利用するとなれば、慣れるまで大変そうだ。
「あぁ、俺はアルゴってんだ!なんとでも呼んでくれ。ここの連中はだいたい、おやっさんなんて呼びやがる」
「じゃあ、アルゴさん、適当に二人分。お持ち帰りで」
「おう、二人前とはよく食うなァ!それなら1500アールになる!」
アールというのはお金の単位のようだ。これまた説明されずにぶら下げられていた革袋に硬貨が入っていたので、それで払う。
「あいよォ!オメェら、適当に二人前だ!」
「「「あいよォ!」」」
どうやら、豪快なのは店主だけでなく、店員全員のようだった。
「メシができるまで時間もある。話そうや坊主」
アルゴがそう言うので、カウンターに座って会話をすることになった。
「それにしても大変だなぁお前さん、いきなりこの街の三大冒険団に目ぇつけられちまった」
「三大冒険団……?」
「なんでぇ、知らねぇのか?」
アイラ……彼女もこの世界の女神なのだから、この街ぐらい十分に詳しいだろうに、何も説明せずに放り出したようだ。妖精族のことといい、俺のステータスのことといい、若干腹が立ってきた。
「三大冒険団ってのは、半分伝説みてぇなヤツらが作った冒険者の集団だ。だいぶ昔のことだから今は団長も代わっちまってるがな」
「なるほど。ありがとうございます。なにせ俺、別の街のさらに辺境の村から来たもので……」
「あぁ、いいって事よ!まぁ、この辺の話に関しちゃあ、俺より詳しいヤツに聞いた方がいいぜ」
アルゴと話していると、いつの間にか横にエルフの女性が立っていた。
「お客様、お待たせしました。お料理二人前です」
するとアルゴが丁度いい、とその女性に話を振った。
「スエル、おめぇ見送りながらこの街の冒険団について教えてやれ」
「はい、わかりました」
スエルと呼ばれた女性とギルドを出る。家は神殿の近くで借りていると伝え、神殿に向かう。
「……先程は姉がご迷惑をおかけしました」
「……ん?」
「失礼。まずは自己紹介を。私、クー・スエルと申します。セレナは私の姉です。」
「あぁ、そういうことですか!俺はタカミネハヤトと言います。今日この街に来ました」
「そうなのですね。……お客様に気を使っていく訳には行きません。いつもの口調でお願いします」
そうはいわれたものの、上品を形にしたような彼女に対して、いつもの口調を出す気にはならなかった。
「いえ、このままでいいですか?」
「タカミネ様がそうおっしゃるなら。ところで、この三大冒険団について、説明させていただきますね」
スエルさんのほうが、よほど女神らしかった。取り替えてほしい。
「そうですね……、だいたいはアルゴの話の通りです。伝説級の冒険者がそれぞれ創った冒険団。その意志を継いだものが代々団長となっています。そして、現団長ロンド・サヴァン、フィティス・サージュ、ベルトロ・インウォーカーの三人は、いずれもSSランクです」
「SSランク……?俺より、二つ上ですか」
「えぇ、ですが、ランクが高ければ高いほどその一つ一つの差は大きいと言われています。SSともなると、およそ人間とは思えないステータスとなるそうです」
女神から能力をもらった俺がAランク、SSランクとは、どれほどの力の持ち主なのか。
「中でも≪聖騎士≫と呼ばれるインウォーカー氏は、この三人の中でも実力が一番と言われています」
三大冒険団をまとめるSSランクの冒険者三人のなかでもトップ。つまりは最強というわけか?となるとSSSランクはどうなのだろうか。
「そして、SSSランクの冒険者は────いません」
「……いない?」
「はい。いません。伝説と言われる三人の冒険者を除いて、SSSランクは未だに現れていません。現状、インウォカー氏が最も近いとされてはいますが」
現在存在しないSSSランク。SSランクですらこの目で実力を見たことがないが、一体どれほどの高みなのだろう。しかしここで、俺のゲーマーとしての血が騒ぐ。上があるならばどれだけ上でも目指したい。そう思った。
「冒険者にも派閥やそれぞれの考えがあります。もちろん、同じく高みを目指し続ける三大冒険団にも、方針や気質が違うものです。たびたび衝突を起こしていた彼らですが、数十年前に条約を結び、現在は良好な関係を保っているようです」
「では、それ以外の冒険団は?」
「三大冒険団以外の冒険団も存在しますが、いずれも規模の小さいものです。他と違う独特な考えや、戦いを好まない冒険者たちが集まって結成されています」
「なるほど……。ありがとうございます。だいたいのことはわかりました」
分かりやすい説明だった。本当にアイラよりもこの街のことを知っているのではないだろうか?これからはわからないことがあったらスエルさんに聞いてみることにしよう。
「あぁ、冒険団についてではないですが。妖精族についてもある程度知識が必要ですね」
頼もしいことこの上ない。是非この機会に聞いておこう。いろいろ省くどこぞの女神と違ってしっかりと教えてくれそうだ。
「よろしくお願いします」
「太古の存在である妖精が、時代に適応し変化を繰り返した結果、人間に近づいた種族。それが妖精族です」
そこまでは知っている。しかし、その関係や種族の特徴については、割愛されてしまったので全く分かっていない。
「まず、エルフの特徴としては、尖った耳と緑系統の髪の色、男性含めあまり筋肉質でないことですね。だいたいのエルフが、ドワーフとは不仲です」
セレナやスエルさんを見ているので、エルフの特徴はもう掴んだ。ドワーフと不仲ということは押さえておこう。
「そしてドワーフは比較的背の小さい種族です。しかしながら、もともと山や洞窟に住んでいた彼らは身体能力が高く、非常に頑強です。また、彼らの打つ武器は、高性能であることで有名ですね」
「スエルさんはドワーフについてどう思っているんですか?」
そう聞くと、スエルさんは少し困りながらも、しっかりと答えてくれた。
「どう思っている……ですか。種族的に、面だって関わりはしませんが、実際私自身が嫌なことをされたことはないので、嫌っている、というわけではないですね」
改めて上品で良い人だと思う。種族まるごとの関係となると、小さいころからそう教えられているはず。それでもこうハッキリと言えるとは。
「次に、サラマンダーですが、彼らは火の妖精と言われています。耳は長く、鋭い爪を持っています。全員体のどこかに火の模様の刺青が入れている種族です」
他にも、水の妖精ウンディーネにはプライドが高い者が多いことや、猫の様な妖精、ケット・シーについても教えてもらうことができた。
結構話していたのだろう。いつの間にか神殿のほぼ手前にまで来ていた。
「ありがとうございました。ここまでで結構です。料理、いただきますね」
「こちらこそ、お話しできて楽しかったです。今後とも、どうぞごひいきに」
別れの挨拶を告げ、ある程度大通りから離れた後再度神殿に向かう。極力人目につかないように気をつけながら暗い夜道を歩く。大通りを外れると人気は一気になくなり、灯りも減った。不気味なまでに静かだ。
足早に神殿前の階段まで歩き、誰も見ていないことを確認して登っていく。
無事、誰にも会わずに神殿まで戻ることができた。
「アイラ、帰ったぞ。入れてくれ」
「はーい、わかったわー」
返事が返ってくると同時に、足元に魔方陣が浮かび、光と共に俺を転送した。