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望まぬ転生ー3

眷族となった次の日

「ハヤトー……。眷族ー……。きなさいよぉ」


 女神とはとても思えないけだるそうな声で、俺は呼び出された。


「はいはい、なんでしょう」


「ちょっと、これ、見てこれ、この書類の山!」


 ドスン!と鳴らすように彼女は書類を机にたたきつけたが、そこまで大きな音はならなかったし、そもそも書類の量が言うほど多くなかった。


「ひどいと思わない?」


「はぁ、というか、何の書類なんだそれは」


 それが気になる。女神が事務仕事など想像がつかない。


 空想はあまり描いてこなかった俺だが、女神の仕事といえばもっとこう、なんというか、人智を超えた力を駆使して、人を救ったり、悩める信者を優しく諭したりするものだと、そのくらは想像していた。


「これは投書よ。そうね、この神殿にきた悩める信者さん達がこうして相談事を残していくわけよ」


「君が直接答えるのか」


 なるほど、結構マジメな女神さまじゃないか。彼女のことだから、神官やら司祭やらに丸投げしているのかと思っていた。


「直接答えるのは私じゃないんだけどね。この手紙への返事をお告げとして示すのよ。それを神官サマが伝えてくれるってわけ」


 なかなかいい仕組みではないか?俺のいた世界では神を実感できることはなかったし、俺は気にかけもしていなかったが、これならば信者も神という存在を確かめることができるわけだ。


「で、なんのために俺を呼んだんだ?」


 そこの言葉を待っていましたとでも言うように、目つきが鋭くなった。


「あんた、これの返事考えて」


「……感心して損したよ」


「ちょっとそれどういう意味よ!」


 呆れた女神だ。本当に損をした気分だ。心の中で褒めた俺すら許せない。


「はぁ……俺は眷族だ、やりにくい仕事の代行はしてやろう。……雑用なら、ゴミ捨てや買い出しもしてやる。だがそれは君宛ての手紙だ。俺が答えるのは差出人に失礼というものだ」


 そう言うと彼女は押し黙った。ぐうの音も出ないようだ。全く、どうやってこの女神は第四神級まで昇級できたのか、謎は深い。


 諦めたのか、手紙を睨みつけて唸り始めた。暫く睨んでいるものの、一向に返事を書き始めることはかった。というか、書き始められていなかった。


 

ここまでくると、逆にこちらがもどかしくなってきてしまう。


「……まぁ、内容ぐらいは聞くとしよう」


「本当に!?」


「あぁ、聞くだけだぞ」


 これも眷族として補佐の仕事だと割り切る。あまりに行き詰まっているようだったので、少しだけ手を貸すことにした。


「はい!じゃあまずはこれね」


 先程まで睨んでいた手紙を読み上げる。


「最近、小さな怪我が連続して起こっています。何かに憑かれているのでしょうか。ですって、そうね……」


 彼女は少し溜めると、ニヤリとしてこう言い放った。


「疲れているのよ」


「つまらんぞ」


 自信ありげにしていた割には、驚くほど面白くない。それに、真面目に答える気はあるのだろうか。


「あんたにセンスがないだけよ。……次、行くわよ」


「……まさかお前、それを返事にするつもりか?」


 俺がそう言うと、彼女はキョトンとした。


「当たり前じゃない。これ以上いい返事なんてないわよ」


 ──駄女神だ…!


 少しは協力しようと決めた矢先にこれだ。本当にもう眷族を辞めたい。


「もういい……君の好きにしてくれ……」


「……ちゃんと答えればいいんでしょ!……そうね。」


 そう言って筆を取り直すと、投書の裏に返事を書き始めた。


「女神アイラの名の下に、汝の身の安寧と幸福を約束す──と」


 ふぅ、と彼女は一息ついた。


「これでいいでしょ。こういう投書は大抵具体的な解決は求めてないのよね」


「……できるなら最初からやってくれ」


 やはり、この女神はポンコツなのかそうでないのか分からない。駄目駄目だと思ったら、急に真面目に仕事をこなす。感情から行動まで、振れ幅が大きすぎるのだ。


 俺のそんな悩みを無視して、次の投書が読み上げられる。


「なになにー?……神アイラよ、悪夢を見ました。黒い影が娘を攫っていく夢でした。どうか、御加護を下さい」


 なるほど、どうやら身の回りに起きた不幸を女神に告白し、安堵を欲する者が多いらしい。


「正夢か。ありえるのか?そんなこと」


「ありえるわね、この世界じゃ。心配だし、祈りを込めておきましょ。」


 筆にインクをつけて、今度は返事と一緒に不思議な模様も一緒に書いていた。


「その模様は何だ?」


「あぁ、これは私の力をこの紙に込めるための模様よ。……効果のほどはわからないけど、気休めにはなるはず」


「君が民の事を思っていることが分かって何よりだ」


 俺がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうして、そっぽを向いてこういった。


「ほめたって何も出ないわよ、それに、しっかり仕事しないと上位神様にしかられちゃうわ」


 その後も、順調に投書への返事をこなして行った。正直、やる気を出した彼女の仕事ぶりは確かに女神らしい様で、俺がどうして呼ばれる必要があったのか分からない程であった。


「──ふー。終わったわ!」


 彼女がぐいーっと体を伸ばすころには、日も傾いた夕暮れ時だった。……いつもこの調子でやっているとしたら、まぁまぁな苦労なのだろう。最初は少ないと思った投書も、いざ一つ一つ返事をするとなると、大変なものであった。


「……君は、いつもこうして過ごしているのか?」


「いえ?いつもこんなにたくさんの投書があるわけではないし、たまには休める日だってあるわよ?」


 そう答える彼女は、少し機嫌が悪いようだった。


「……実は、最後にもう一枚、投書があるわ」


 しかし、その機嫌とは裏腹に、若干照れくさそうに口を開いた。珍しいこともあるものだ。


 すっと、彼女は立ち上がった。そして、大きな、夕日の差し込む窓の方へ歩いて行く。


 夕日の眩しさで、目を細める。逆光のせいで、女神は黒い影になった。


「私には眷族がいます。そして、私には名前があるのに、眷族はお前、とか、君、とかばかりで、名前で呼んでくれません。どうすればいいでしょうか?」


 やけに早口で言われたその言葉は、彼女の照れ隠しのせいなのだろう。今回はすぐにわかった。窓の方に立って、逆光で自分の顔を見えないようにしたのもそうだ。


 いったい、名前で呼んで欲しいということの何が恥ずかしいのか分からないが。


 まぁ、女神さまのいうことだ。従ってやろう。……今日は、はじめはともかくしっかり働いていたしな。


「わかったよ、アイラ。これからはそう呼ぼう」


「最初っからそうしてればよかったのよ!」


 さっそく、名前で呼んでやると、顔は見えなかったが、心底嬉しそうに声は笑っていた。

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