桃太郎と三匹の家族
むかーし、むかーし。あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな大きな何かが流れてきました。どうやら大きな大きな桃のようです。大きさ約三尺ほどの。
お婆さんは長年鍛え上げられてきた筋肉を遺憾無く発揮して、川上から流れてきた桃を川から取り上げることに成功しました。
おばあさんは、早速この大きな桃を割りたい衝動にかられて手刀を大きく振り上げますが、おじいさんと2人で切りたての桃を頂こうと思い、手刀を緩め下ろします。
暫くすると、おじいさんが山から帰ってきました。背中には最早おばあさんが川で取り上げた桃より大きな大きな熊がぐったりと背負われていました。
「婆さんや。今日は芝刈りついでに熊ぁー狩って来たさ。夕刻も近うなってきたけぇ、熊鍋にでもして食べるさ」
「でや、上に頼みますだ」
お婆さんはそういうと包丁を構えます。その瞬間、空には大きな影が出来たかと思いきや、ドスッと音がなると共に辺りには熊の肉が綺麗に並べられていた。
「相変わらず婆さんは包丁捌きがお天道様のように美しいのぉ」
「爺さん。そげなこと言わなんでもええ。お天道様は包丁なんさ使わんさね」
という会話が繰り広げられている最中、最早おばあさんは桃のことなどとうに忘れています。
暫くしておばあさんとおじいさんが熊鍋を堪能した後、おばさんが桃の事を思い出したようです。
「爺さんや。昼方に洗濯しとったんさ。んだらこんな大きな桃さ流れて来ただ。爺さん桃大好きだら?」
「おお、これは立派な桃じゃぁのぉ。さすが婆さんじゃ。早々に切ってもらえんかぇ?桃は繊細じゃろうてゆっくりでいいじゃ」
そうおじいさんに言われて、お婆さんは振り上げた手刀をまた緩め下ろし、諦めて包丁を使うことにしました。
「熊ぁより柔いんだけぇ、手刀の方が楽ぅなんじょけんど」
と言いつつもおばあさんは桃を真ん中から真っ二つに切ったのです。勿論上の真ん中から下にパカっと綺麗に割れるようにです。
するとどうでしょうか。大きな大きな桃を切るのに使った包丁をよく見ると、少し赤い液体が付いています。
果汁でしょうか?おばあさん達は赤い果汁の桃だと思い、高速で切られて割れはしたもののパカっと開かない桃を両側から開きます。
「おぉ?どしたんね?坊ちゃん」
おじいさんは目の前に突如現れた子供に声をかけます。
そうです。桃の中には男の子のような顔立ちの子供が気を失っていました。股の方からは血がかなり出ています。しかもよく見ると血が出て数秒程の出血の仕方です。
「婆さんや。やっちまっただか。助かっかわがんねが、応急手当てさすっぞ」
そう言っておばあさんをおじいさんは急かします。
「んもう。こげぇ大きな桃さ中に隠れっからさこうなるだ」
「んだな。もう少しでおっ死んじまうとこだ。ワチの腕が良かなかったら、どうしよったか」
そんな冷たい言い方をしながらもおじいさんとおばあさんは股の傷を綺麗に縫合します。
どう見ても切れているところから何かが足りません。横に身体の一部のようなナニかが落ちているのです。そうナニかが。
おばあさんは、それを数秒程見ます。そして目の前の子供の股を見て言いました。
「おまぁは、女の子じゃのぉ?な?女の子じゃぁな?……排泄出来るようしてやるけの。胸も大きくなるけ、心配すんなさ。そういうことにしよさ」
おばあさんは、あろうことか目の前の子供の股を女の子に変えてしまいました。昔取った杵柄というやつだそうな。性転換手術界では最強と言われていたそうな。
「んで。婆さんや、このお子は坊ちゃんか?嬢ちゃんかいな?」
「爺さんや。今ぁわかんねが、数日して怪我ぁ治ったらわがんだ」
お婆さん、なんて白々しいのですか。貴女が坊ちゃんから嬢ちゃんに変えたのでしょう。
「んだば、名前さ決めんなといけんな。凛々しい顔立ちをしとるけ、桃太郎なんてんはいんじゃねぇだか?」
という一言でおばあさんは、思います。女子なのになぁ。と。
それでも、一家の長の申し出を断るのもいけないと思ったのか二つ返事で了承します。
それから数日が経った頃のこと。
「爺さんや。はよ起きんさ。ようやっと目ぇ覚ましたようだぁ?桃太郎が」
大量の血と、大事なナニかを失った桃太郎は出会ってから数日の間、意識を失っていました。麻酔もなしに大柄な事をした結果です。
「おぉ!ほんじゃ!ほんに目ぇ覚ましよったわ!あんだけぇ血だして……よう生きとった。よう生きとった」
おばあさんとおじいさんは涙ながらに抱き合います。生まれて7〜80年もの間、無駄な殺生や不用意に他者を傷つけるのを避けて来た2人にはやっとの安寧でした。 自衛の為に付けた筋力は常人のそれを優に超えているのだが、この2人は長らく山から降りないので自覚はない。
「んだばお爺さん。この子の怪我の具合を見ぃところ、女子じゃったけ、名を変えなくてもええがか?」
「こない凛々しい顔立ちをしていて、女子ってのけ。一度付けた名だ。桃太郎でええがぁ。呼ぶ時はモモて呼べばいいさよ」
こうした会話の中でも、当の本人桃太郎は2人を眺めます。どう見ても数日前の赤子のような状態から二足歩行も可能な程に成長しています。2人も桃から出てきた程の子なので成長の早さなど気にも留めません。
更に数日後。意識が覚醒してからというものの飲食もするようになってきて、食料庫の減りが早くなっていきます。
桃太郎ことモモは、喋ることや、薪割りなど簡単なことなら出来るほどに成長していきました。流石桃から産まれ出ただけのことはあります。
「お爺さん。お婆さん。今日こそは私も洗濯とか芝刈りとか手伝いたい!私いっぱい食べるからお婆さん達が遠慮して食べてるの分かってるから!」
この桃太郎。変な訛り方のおじいさんとおばあさんにつられず、変な訛りはなく成長しているようです。
勉強の才を持ち、即座に文字を覚え、言葉の本などを読むことが好きだった。というより、それ以外あまりやらせてもらえなかったため、言葉は達者なようです。
「じゃけぇ、山行っと熊ぁ出っかぁなぁ。川で婆さんの手伝ぁでもしてみっか?何が流れてくっかわがねぇけんど」
「うん!私、女の子だけど力はあると思うから!何が来ても大丈夫!」
数日の間に、桃太郎は家の周りの木を切る事を許してもらい、日に一本。日に三本。日に……と、木を切るペースが上がっていき、強くなって行ったのです。
「んだら、モモちゃんや?ついてきぃ。洗濯始めんさ」
おばあさんは桃太郎に手を差し出します。
山に行くおじいさんに手を振った勢いのまま、桃太郎はおばあさんの手を握ります。おばあさんの腕は凄い力こぶを作りながら、その勢いを殺します。
「ねぇ。ねぇ。お婆さん!お爺さんが川からは何が流れて来るか分からないって言ってたけど、何が流れて来たことがあるの?」
桃太郎は聞きます。「モモちゃんとがかの」とおばあさんは笑顔で答えます。大きな桃から産まれたことや、怪我をしていたことも含めてです。勿論性転換したことに関しては伏せています。
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃぁさ、お婆さんとお爺さんと私って血が繋がってないの?」
少し泣きそうになりながらな桃太郎は聞きます。というより、ほんのり泣いています。
「そだ。でんも、爺さんとワチは血は繋がっとらんけんど、夫婦だぁ。んだもんで血繋がって無けんけど、モモちゃんはワチ等の大事な娘なんじゃ」
おばあさんは桃太郎の頭を撫でながらそう答えました。桃太郎の涙は吹き飛び、笑顔満点になりました。
「さぁ。川に着いただ。モモちゃん。洗濯物出してくんろ」
「うん!ってお婆さん!?何が流れて来たよ!」
噂をすればなんとやら、すぐそこの川に着いた途端に川上から何かが流れて来ました。どうやらそれは大きな大きなブドウのようです。それも大きな粒が3つだけ。
「あ、あんな風に私も流れて来たのかな?!うわぁ。川流れしてて楽しそう!」
桃太郎は目を輝かせながらブドウを眺めています。
美味しそうだ。1つづつみんなで食べよう!と眺めています。
「ほんれ。モモちゃん。ワチは洗濯続けんから、あのブドウ取り上げてくんろ?お手伝いしんきたんね?」
「え?いいの?!だったら、袖捲りしてっと。行って来るね!」
桃太郎は勢い勇んでブドウの流れる川に足を入れます。
「冷た!でも大丈夫!」
それはそうです。ブドウが出来るほどですから、季節は秋もそこそこな時期で水温もあまり高くありません。
「でも、お婆さんはこんな冷たい水で毎日洗濯してくれてるんだもん!平気平気!大丈夫!」
それを聞いたお婆さんはいつもより嬉しそうに洗濯をしています。
「モモちゃんもエエこと言いよんねぇ。でんも、風邪ぇ引くといけんで、はやし(早足)で取り上げんな」
桃太郎は、急いでブドウの茎の部分をつまみ上げて川から出ます。そのまま大きなブドウの実を眺めます。
近くで見ると更に大きくて、大きさにして約直径1尺程の円形の実が三つついているようだ。
「やった!これだけ大きかったらジャム作っても暫く食べ放題!でも、太っちゃうかな?胸も膨らんで来たもん。どうしようかな」
「モモちゃん。大きなブドウやね。爺さんと三人で食べよね。さ。さ。ブドウは置いておいて洗濯を手伝ってくんろ」
「はーい……。あーあー。早く帰って食べたいなぁ。でも今はお手伝いに来たんだもん!お手伝いお手伝い!」
良くできた子です。
真っ直ぐ正直な女子に育ってお婆さんは少し誇らしげな表情です。
「さて、洗濯も終わっただがら帰るけ。家ぇ帰って、干すんさから、モモちゃんは先ぃ潰さんようにブドウ持って帰って洗濯物干す準備ばしてくんなさ」
おばあさんは桃太郎にブドウを預けてゆったり帰ることにします。勿論洗濯したものは自ら背負います。
「うーん。お婆さん一人で大丈夫?私、洗濯物も持って行こっか?」
「んにゃ。目と鼻の先だもんで大丈夫だぁ。そげに、だでに毎日やっとらんさね」
「そうだった!」
そうです。家と川は目と鼻の先程の距離なのです。目の前といっても過言ではありません。なのでゆったり帰ろうと、せいぜい一分かかるかかからないかの距離です。
「はい!ブドウも外の机に置いたし、物干し竿も干したよ!これでいい?」
完璧です。とても素晴らしい角度です。ですが、物干し竿を置いた桃太郎がおばあさんを見ると、
「!あいたただ!こ、腰が!」
腰を抑えるおばあさんの姿がそこにはありました。
「お、お婆さん!大丈夫!?すぐにお爺さん読んで来るから待ってて!」
桃太郎は走り出します。山へ入るのは初めてですが、持ち前の運動神経でサササッと登っていき、おじいさんを見つけます。
「お、お爺さん!お婆さんが腰を痛めて倒れちゃって!」
「なんじゃて!急いで山さ降りるべ!」
と言いつつもしっかり荷物を担いでおじいさんは桃太郎と一緒に山を駆け下ります。
流石というかなんというか数分もかからぬうちに家にたどり着きます。おばあさんはその場に座り込んでいました。結構元気に見える。
「おお、婆さんや!なんてこったよ。……そこさあるんはブドウけぇ?それ食べて元気なりぃさ!ふれ、撒いてやるけぇ……ありや?」
ブドウは剥けました。おじいさんがブドウに触れると、綺麗に剥けたのです。
しかし、中にはブドウの実ではなく、ネコが一匹。種類はわかりませんがネコです。
おじいさんは呆気にとられましたが、お婆さんのためにと、他の二つも剥いてみますがやはり中に実は無く、それぞれにカラスとヘビが入っていました。
しかも、三匹とも赤ちゃんでした。
おじいさんは、ガッカリしながらおばあさんの方を向き直し、
「あのブドウにゃ、実は無く、モモん時みてぇに果物から動物が産まれぇさ」
「あんれまぁ。モモちゃんと三人で食べんとしてたぁというになぁ。爺さん。この子らも育てようけの?」
腰痛は何処へやら。おばあさんは普通に歩いて、その三匹の下に歩いていました。おばあさんは桃太郎がブドウを食べたそうにしていたために嘘をついていたようです。
「ふふふ。二人とも騙されてからに。洗濯物干して、この子らと夕食にするがよ」
そうして、おじいさんとおばあさんと桃太郎とネコとカラスとヘビの同居生活が始まりました。
数日後、赤ちゃんだった三匹はやっぱりそれぞれ大きくなりました。
「ちょっとそこら辺散歩してくる」
「なんだか無性に誰かを馬鹿にしたい」
「んー。なんかこの近くに岩場とかって無いの?」
三者三様です。ネコ、カラス、ヘビ。それぞれ本能的に生きています。
勿論家族を襲うことはしませんが、ネコはネズミを狩り、カラスは光り物を探しに山を見渡しに行ったり。ヘビはカエル等の小動物を食べたりと、各々の生活を送れるようになっていました。おばあさん達もそれを朗らかに笑いながら毎日を過ごしていました。
三匹と出会ってから数週間が経った頃、いつものように三匹は各々の習慣をこなしに出かけましたが、夜になっても家に帰ってきません。
「お爺さん、お婆さん。みんなが帰ってこないんだけど、どうしたのかな」
「心配しやさんな。その内ひょこっと帰ってくんさぁ。のぉ婆さん」
「んだ」
「心配だよ……」
そして、三匹が居なくなってから一年の月日が経った頃。桃太郎は綺麗なお姉さんになっていました。
勿論インナーマッスルはムキムキのままです。
「ん、んー。今日はどうしよっかなぁ。山を駆け回るのも飽きたし、川からも最近は面白いものも流れてこないからつまらないし。……あの子達元気でやってるかな?」
おじいさんとおばあさんの手伝いをしながらも、明るく過ごしていた桃太郎ことモモでしたが、何か楽しいことは無いのかと日々嘆いていました。
そんな折です。川向こうの村から煙が出ているのをモモは見つけます。
「お婆さん!向こうの村から煙が上がってるよ!焦げ臭い気もする!どうしよう!あ、収まった……」
何かあったのでしょうか?モモはお婆さんに何か知らないか問いかけます。
「モモちゃんには黙っとんがええと思ぉて黙っとったんじゃけど、最近海の向こうの鬼ヶ島から鬼がやってきて村々を暴れまわっとる言うことなんじゃて」
それを聞いたモモこと桃太郎はお婆さんに向き直り言います。
「じゃぁ、お婆さん。私、鬼退治行ってくるよ。一人だと心配だから、鬼退治に行く仲間を探しながら鬼ヶ島に行くよ!」
「ならん!とは言わんけんど、行くんだら責任持って帰ってくんさよ」
おばあさんと話していた桃太郎は背にしていた玄関からの声に驚きました。
「お爺さん!行ってもいい……の?もちろん、絶対帰ってくるけど、いいんだね!?」
「モモならそう言うと思ぉとぉったからのぉ。ほれ、ここに"桃太郎"と書かれた旗とハチマキを作っとるけぇ、これつけて出発するがよ」
桃太郎は嬉しさの反面、少し顔を引きつらせていました。女の子が旅に出るのを物凄く応援しているのだから、何処か思うところがあるのでしょう。
「後は食料だのぉ。モモちゃん。お弁当はオニギリを山ほど作るけぇ。お仲間さぁ増やすのに差し出すもん有った方がええじゃろうに。何がええ?何でもええさよ」
「じゃあお婆さん。"きびだんご"を作って!動物が好んで食べるらしいんだ」
おばあさんはきびだんごと聞いて、首を傾げます。おじいさんも同じく首を傾げます。
「はて?きびだんごとな。一体それはどんな団子なんじゃろうて?」
「わかんないけど、家の中の書物には"きびだんご"はどんな動物とも友好関係を築くことの出来る団子だって書いてたよ」
「よくわがんねけんど、今すぐ作っからモモちゃん着替えて待ちんな」
言われて、桃太郎は木のツルで作った自作のヘアゴムで髪を後ろで束ね、動きやすく軽い格好に着替えました。
その間にもおばあさんのきびだんご作りは進んでいました。
どう見てもそれは団子ですが、十個程ある団子の色や大きさがバラバラです。赤だとか緑だとか。何か得体の知れない色をしているものもあります。
片栗粉がまぶしてあるのか、互いにくっつかずに袋に入れられていきます。
「ほれ。こんでいいがか?きびだんご言うんは多分これでええがよ。動物が好むもんで作ってあるさわ」
「……お婆さん。あ、ありがとう」
桃太郎は鼻をつまみたいのを抑え、きびだんごの入った袋を受け取り、腰につける。
「じゃ。お爺さん。お婆さん。鬼退治をするために鬼ヶ島に行ってきます!」
「いっこい。んだけど、約束はしっかりまもるんさよ。しっかり帰ってくんさよ」
「……帰りが遅いと、ワチまた腰ぃ痛めるかもしれんけぇ。出来るだけぇはよ帰るんやよ?」
おじいさんもおばあさんも少し涙ぐんでいる。自分達の子供として育ててきた桃太郎が旅立つのだ。それは泣きもするだろう。
得体の知れない団子を携えて、桃太郎は旅に出る。
鬼を退治しに。そして、家族を探すために。