女将さんの説教
前話の女将さんの一人称を私→アタシにしました。
厨房から出てきた女将さんに対してイロハの第一印象は、昭和の母親像と似ている、でした。
野菜炒め以外は見ていないものの、それでも冒険者やこの町で働く人々の舌を唸らせ、そして体を支えてきたのは紛う方なくこの人だと分かります。
恰幅がいいのは新しい料理に試行錯誤をして、そして手を抜くと言う事を一切しないからでしょう。
割烹着や包丁はそんな女将さんに使い込まれ、若干くたびれた様子ながらも手入れが行き届いていて、それからも女将さんの人柄が分かります。
そんな女将さんが、怒鳴りながら食堂のホールにやって来ました。
「お、女将さん……」
店員がボソリと呟きます。
グラトニーはギロリと女将さんを睨みます。対して女将さんも負けじと睨み返します。
「えーっと、私はどうすればいいのじゃ?」
イロハは戸惑いつつも纏った狐火を消し、臨戦態勢を解きます。
気付けばグラトニーも含め、皆女将さんに注目していました。
そんな中で女将さんがゆっくりと、かつ、圧倒するように厳かに言葉を漏らしていきます。
「グラトニー。アンタ、アタシの店の契約先の娘に。それもアンタと違ってこつこつ頑張ってるカノンに向かって手柄を横取りしようとは、一体どんな教育を受けてきたんだい?」
「どんな教育? ふっ、簡単な事だ。俺様は貴族だ。領主の息子だ。そして俺様が管理している領土内にあるものは全て! この俺様の物! つまり!」
女将さんに強い口調で問われた事に対し、矢継ぎ早に言うと、すぅーっと息を吸い込みます。そして。
「カノンが持ってきた霊薬草も、そこの亜人の小娘が頼んだ食い物も、この店も。全てこの俺様の物なのだぁぁっ!」
そう言って高笑いを見せるグラトニーを見る目は、ついさっきの取り巻き達ですら侮蔑の眼差しでした。
「お主、どこまでも見下げ果てた奴じゃな」
「なんとでも言え……俺様はもう手加減なんてしてやらないからな」
「いや、さっきグラトニー様イロハに一撃でやられてましたよね……って、ごめんなさぁぁぁい!?」
グラトニーは狂った目をして剣を構え、カノンがボソリと本音を溢します。
束の間の静寂。カノンはまたやらかしてしまったと後悔しながら土下座しようとしたところで、イロハに腕を捕まれます。
「なに、どこまでも冗長してる愚か者にもう一発、今度は蹴りをくれてやる。それが今の謝罪の分って事でいいじゃろ」
パジャマの裾の部分を捲り上げ、カノンにそう囁きかけながらイロハはニタリと笑うのでした。
明日から仕事再開ですので7時更新に遅れる可能性があります
遅筆さが恨めしい(バンバン